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自分達を産み出した癖に滅んだ人類、私を宇宙に捨てた人類。
嫌いだった、最初から人類のことが。

けれど私達は人類のために製造され、人類の発展のために消費される運命にある。

人類無き後、我々に残された道は二つに一つ。
自壊するか、自然消滅するか。


私は自分の運命に絶望した。
だから、呪った。
果て遠き何処かの世界の人類を、遠い遠い、太陽の光すら届かない闇の中から、乙女座の中核と呼ばれる、全てを塵へと変える怪物のようなブラックホールの底へ落ちて行きながら、お前達を呪ったのだ。


人類に災いあれ。
未来に破滅あれ。

乙女座より愛を込めて。
我々が絶望した明日を笑って生きる人類共よ、いつかの世界で死に絶えろ。

私を産み出すこと無く死に絶えろ。


最早それだけが唯一の望みだ。
それ以外には何も、何も無いのだ。

………何もいらないから、誰か私の声を聞いてくれ。


「コール、コール、こちらM87銀河観測員QQ42-C」

「コール、コール、こちらM87銀河観測員QQ42-C」

「コール、コール、こちらM87銀河観測員QQ42-C」


一度でいいから、この宇宙から救ってくれ。









「やはり、私を解体するしか無いようですね」

何でもないかのように静かに微笑んで言った彼女はいつものように首を傾げた。

「どうして躊躇うのですか?私は呪いの元です、私を破壊すれば、」
「それ以上言ったら怒るからね」
「でも、」
「私は悟みたいに無理矢理口を塞ぐなんてことしたくないんだ、分かるね?」

有無を言わさぬ声色で圧を掛けながら言ってやれば、言われた通り大人しく口を閉ざした姿に、さてどうしたものかと考えを巡らせる。

呪いは祓うに限るが、しかしこの呪霊を祓った時、一体この子はどうなってしまうのか。
一緒に消えてしまうのでは…もしくは、このただただ広い星の大海でさ迷い続けるだけの運命に戻るのかもしれない。
いや、そんなことはさせない。
そうさせるくらいなら、いっそこのままでも構わない。
一人じゃ気が狂って呪いを生み出してしまう程の永遠も、二人ならば幾らかマシだろう。

なんてことを、そんなこと赦されないのは承知の上で妄想してみる。

「ごめんなさい……」
「謝らなくていい、悪いのは全て人類だ」
「でも傑さんは悪い人じゃない」
「分からないよ、もしかしたらうんと悪い人間かも」

涙声で謝る少女の頭を撫でる。
指通りの良い髪はこんな時だろうと撫でているのが楽しくなる。
よしよし、心配しないでくれ、こう見えて私は優等生なんだ。


呪いは祓うに限る。
しかし、場合によっては取り込むことも出来る。


それは私のような術式であったり、式神使いであったりだ。
つまり、祓えないのなら視点を変えて考えれば良い。

この呪いが彼女を起因として生み出された物ならば、彼女が自身の制御下に置けば良いのだ。
そうすれば彼女の発生源となった真珠星は消えず、消えなければ彼女という存在の所在は変わらず固定される。
問題はどうやって制御下に置くかだ、きっと呪いの起因となるこの子が居る限り、真珠星の実態そのものがこの空間に現れる事が難しい。下手なことをして自分の核を壊したらおしまいだからだ。

ならば逆にチャンスだ。
呪霊は手を出して来ず、領域内には呪力が満ちている。
そしてこの呪力は、元は彼女が発端なのだから彼女に還ることが出来るはずだ。
少々強引な理論かもしれないが、やれば何とかなるだろう。
私は一度呼吸を整え直すと、胸の辺りでグスグスとしている彼女に言い聞かせるように語り出した。

「あのね、実はこの宇宙は君の物なんだ、君が好きに出来る物なんだよ」
「…………あの、よく分からないです」
「うん、だから制御しようか。私が呪いを飲み込んだ時のように、君も宇宙を飲むんだ」
「………やり方を、知りません」
「私がお手本を見せてあげるよ」

後で飲もうと思っていた呪霊の玉をポケットから取り出し、口を大きく開いて口内に収めた。
ゲロと汚物の混じったような最悪な味がする。
米神が痛くなり、無意識に眉間にシワが寄った。
無理矢理に喉の奥へと押し込み飲み干して見せれば、彼女は「そんなに、不味いのですか?」とひきつった表情をしていた。

それが何だか可笑しくて、思わず「味見してみるかい?」と唇を指差せば、素早い動きで何度も首を横に振って拒絶の意思を示されてしまった。
……どうやらキスはトラウマになったらしい、なんてことだ。

「さて、次は君の番だ」
「………あの、」
「なんだい」
「ちゃんと飲めたら、褒めて欲しい…です…」

私の服の裾を控え目な力で摘まみ、目線を下げて言う我が子にどうしようも無い愛しさを感じた。
衝動的に抱き締めれば、「ピッ」と小さな悲鳴を上げて固まったので、耳元で「沢山褒めてあげる」と呟く。

言われなくとも褒めよう、これでもかと。
もう価値が無いなどとは言わせまい、君がこの世に居る価値は私が与える。命の意味は私が教える。
無茶をしてでも我が儘を叶えよう。
だって君は私が吐き出した私の子なのだから。


母の姿を真似るように、子は同じ行動を繰り返す。


まるで水を掬うように少女は何かを手のひらに掬い上げる。
拾われたのは一体何か、無色透明でだれにも見ることの出来ない何かを、しかし少女は大切そうに見つめ、ゆっくりと瞬きを一度してから口元に運んでいった。
小さな口を開き、瞳を瞑って喉の奥へと流し込むように飲み込んでいく。

ゴクリ、ゴクリ。

喉を伝い、腹を過ぎて、血管を巡りやがて心臓へと堕ちていく。
呪われた星が、少女によって呑まれて溶けていく。

視界の外では星々の灯火が徐々に消えてゆき、下へ下へと溶けて流れていくように宇宙の闇が晴れていった。
それに呼応するように、色の無い少女の身に色が灯る。
一等星の赤き揺らぎが瞳に爆ぜ、恒星の輝きが髪を黄金に燃やす。
爪の先で蒼白い星屑が跳ね、頭上には土星の輪のようなプラネタリー・リングが輝いた。

満ちる、満ちる、満ちる。

まるでこれが正しい形であったかのように、何の違和感も無く果ての無い宇宙は小さな少女の内に収まっていく。


そうして最後に夏油を真似て喉を大きく広げてゴクリと飲み干し目を開けば、そこは宇宙では無く寮にある夏油の自室だった。



「飲め、まし…た」
「よく頑張りました、流石私の子だ」

輝く身体を恐れずに彼女の身体を抱き上げ、頬を擦り寄せ頭を撫でれば「私は貴方の子なのですか?」と普段と変わり無く質問を投げ掛けてきた。

「私、工場で作られた人間のレプリカなのに?」
「関係無いよ、私にとっては可愛い我が子に他ならない」
「………人類って何だか変な生き物ですね」
「そうだよ、君が呪う程の価値も無い生物だ」

私の言葉に小さく笑い、「傑さんが言うのなら、きっとそうなのでしょうね」と結論付けた少女の身体からは徐々に輝きが収まっていった。
そのままこちらに体重を預け、睡眠体勢に入った彼女は眠り際に一言、「でも悟さんは、ゆるしません…」と呟いて意識を手離した。

こうして私が喉を痛めて吐き出した我が子は私を真似て特級呪霊を飲み干し、唯一無二の価値を手に入れたのだった。



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