03

「花衣ちゃん」

模擬戦ブースのフロアまで来て。

そう端末が受信した数分後、太刀川さんにも同じように送ってから言われた通り足を運べばへらへら笑って手を振る迅さんを見つけた。

「あれ?1人ですか?」

電話で聞いた、お客さんとやらの姿が見えずに問えば、笑みを深くした迅さんが、ほらあそこって指さした方に視線を投げる。

3人は優に座れるソファーの、その一番端っこでガチガチになって座ってる見覚えのある顔。これでもかってぐらい背筋を伸ばして、だけど挙動不審な瞳はきょろきょろと忙しなく動いてて

なんだあの可愛い生き物は。

新居に越したばかりの、怯えながらに威嚇するしし丸の姿とふと被って破顔しそうになる。

「咲心ちゃん!」
「……望月さん!お久しぶりです」

あたしに気づいた彼女の緊張が僅かばかり解けたのか、安心したような表情でふにゃりと笑ったから、とうとう我慢できずに頬の筋肉がゆるゆるに緩んでしまった。

「え、でもなんで?なんで迅さんが咲心ちゃんと一緒にいるの?」
「おれが会いに行ったんだよ、この子に」
「ん?」
「あぁ、こないだの一件ね、太刀川さんからも聞いてたから」

イマイチよく分かってない、というか全く理解できてないあたしに迅さんがイチから説明してくれた。

出水くんや太刀川さんの後ろで薄い線がずっと視えてた。あたしが彼女を助けたのがきっかけで濃く映った未来とやらは、それでもまだ分岐が残ってた。

一つは最善、もう一つは最悪。

この人お得意の煙に巻く話し方はもう突っ込むのも面倒だから聞かなかったけど、最善の未来を確定するために咲心ちゃんのボーダー入りを加担しようと思ったって。

そこまで聞いて、あまりに自分のそれと酷似している境遇に眉根を寄せた。

「迅さん、」
「はは、そんな怖い顔しないでよ、分かってる。それにあの時ほどご大層なことじゃないから」
「それならいいですけど、もし何かあったら、その時は分かってますよね?」
「分かってるよ、めちゃくちゃ怒られて嫌いになられた挙句にしばきまわされるのが薄っすら視えてたし」

そっちの未来はもう消えたけどね。
引きつった顔でそう話す迅さんを睨み上げてから彼女に向き直った。

「咲心ちゃん、もしこの先この人に何かやな事言われたらあたしにすぐ相談してね」
「はい」
「大丈夫だって言ってんのに警戒しすぎでしょ」
「そりゃしますよ」

引き入れる理由がそんなのばかりじゃないんだろうけど、どうしたって重ねて見てしまえばキツかったその時を嫌でも思い出してしまうから。あたしの中でまだきちんと消化もできてなければ警戒するのも当然だ。

「早速だけど花衣ちゃんと太刀川さんに頼みがあるんだ」
「なんですか?」
「模擬戦やってくれない?咲心ちゃんに見てもらっておこうと思って」
「いいですよ、って太刀川さん何してんだろ。ちょっとまって今連絡し、……わ!」

最悪だ。
手に持ってた上着のポケットから取り出すはずだった端末が指をすり抜けて、あろうことか硬いフロアの床へと一直線に落下。

慌てて拾ったそれは運良く傷一つ付いてなかったけど、しゃがみ込んだあたしの頭上に影が落ちたのに気づいて顔を上げた。

そこには困ったように笑う迅さんが突っ立ったまま見下ろしてて、わけの分かってないあたしの腕を引き上げながら耳元に唇を寄せられれば、放った言葉に絶句した。

「どこででもかがんじゃダメだよ。胸元の痕見えてる」
「な、」
「おいおいお前ら、なーにイチャついてんだ?って、あれ?そいつ確か、」
「太刀川さんナイスタイミング。太刀川さんも知ってるよね?入隊予定の葉月咲心ちゃん」
「あれだろ?出水の彼女」
「彼女じゃないです友達です!」

ならあれか、今後彼女になる予定か。だから違いますって!まぁまぁ2人とも。言い合う太刀川さんと咲心ちゃんのやり取りにも反応できなかった。

あたしにしか聞こえない声で爆弾を放り込んだ迅さんは、そんな2人を宥めてる。

薄くなってきた首もとは髪とスカーフとコンシーラで消えてくれたから、見えない服の中は放置してた。だってまさかそんなところまで見えると思ってないし。

「花衣ちゃん?どした?」
「い、いえ、なんでもないです」
「こいつさっきからおかしんだよ、なんか悪いもんでも食ったんじゃね?」
「食ってませんから」

ニヤついて聞いてくる迅さんに確信した。
コイツ絶対わざとやったんだって。

くっそ腹立つ。
なんなんだこの人。
人の反応見て楽しんで悪趣味すぎる。

それに何より迅さんの思うがままの醜態を晒した自分にも腹が立つ。普段のポーカーフェイスどこ行ったんだ。

「さて、じゃあよろしくねお二人さん」
「模擬戦料取りますからね」
「焼肉行こうぜ、迅のおごりで」
「めちゃくちゃ高くつくじゃんそれ」

コーヒーで勘弁して。
苦笑しながらそう言った迅さんを尻目、歩き出す太刀川さんに次いでブースへ向けてた足をふと止める。

迅さんの隣で大型モニターを見上げる咲心ちゃんに近寄って声をかけると、気づいた彼女が不思議そうにあたしを見てた。

「怪我の具合は?どう?」
「はい!もうかなりいいです!」
「ほんとに?」
「ほんとです、よ…」

語尾が小さくなったのはきっとそういうことで、その強がりは心配かけないようにって彼女なりの気遣いなんだと思う。

にぃって笑って、怪我した箇所を目一杯動かしながら、ほら見て!とばかりに主張する彼女に、セクハラ親父の気持ちが少し分かった気がする。

あたしがおっさんならこんな可愛い子目の前にすれば秒で捕まるようなことしそうだ。

可愛い可愛いと抱きしめたい衝動を必死に堪えてれば、おい望月、いつまでちんたらやってんだ、早く来いって太刀川さんの声。

また後でね。
小さく手を振り背中を向けると、これまた小さな声で彼女に呼び止められた。

「こないだはありがとうございました。あの時ちゃんとお礼できなかったこと、すごい気になってたから」
「大丈夫、今もらった。それだけで嬉しい」
「わっ、え、望月さん?」

やっぱり我慢できなかった。
咄嗟に腕の中へ閉じ込めた彼女は体を強張らせてされるがまま。

あのとか、えっととかしどろもどろになる姿が強烈にあたしの母性本能を擽るんだから堪ったもんじゃない。

このまま家に持って帰りたい。
しし丸と並べてずっと愛でてたい。

思考がおかしな方向に行ってるのは自覚してる。
それでも可愛いんだから仕方ないじゃないかと、都合のいい解釈をした頃、いつかのように後ろからものすごい勢いで引っぺがされたあたしの体。見ればものすごい不機嫌な顔した太刀川さん。

またあなたですか。
分かるように溜息を吐いたのは些細な反抗だった。





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