01

その人のことは入学当初から知ってた。
みんなのヒーローみたいな存在で、かっこよくて女の子がいつも群がってた。

だけどあたしには知ってるってだけで興味もなければ自分の視界にすら入ってこない遠い存在だった。














「ねぇねぇ、君いま暇?俺らと一緒にお話ししない?」
「暇じゃないしお話しもしたくないです」
「えー、つれないなぁ。1人でメシ食っても美味くないでしょ?一緒に食べようよ」
「けっこうです。それに1人が好きなんで邪魔しないで下さい」

出会いと別れが一緒くたに訪れる季節。大学の食堂の、陽当たりのいい窓ぎわを陣取って、時折吹く突風が満開の桜の花弁を散らした。

新学期、新生活、それに新しい出会い。
そんなものに胸を躍らせて期待している子たちにはもってこいなナンパや勧誘も、あたしからすればただの迷惑にしかならないってのに。入学式から数日、今のこの状況はこれでもう3度目になる。

「そんなこと言わずにさ、ね?俺ら入ったばっかで友達いないから仲良くしてよ」
「……さわらないで」
「え、なに?」
「気安くさわらないでって言ってん、の!」
「うわ冷てっ!なんだよお前!」

あーもうさいあく。
ホント勘弁して。
両サイドに座った名前も知らない男の1人が肩に手を置いたまではいい、それだけならまだ許せる、我慢できる。

「お前ふざけんなよ!びしょびしょんなっただろ!」
「あなたも同じこと考えてたんでしょ?」
「はぁ?何言ってんだ?」
「うわーこの女うまそー、びしょびしょにして激しく犯してー、だっけ?」
「な、なにわけの分からないこと言ってんだよ!」
「なぁ、もう行こうぜ、なんかコイツ気味悪い」

我慢できなかったのはあたしの人と違う異質でヘンテコな能力が、慌てて椅子から立ち上がる男の声を拾ったからだ。ドロドロして気持ち悪くて欲望剥き出しな本音に、たった今食べてたものを危うくリバースする所だった。

咄嗟に自分のグラスに入ってた水をぶっかけたせいか、それとも大声で喚き散らした男のせいか、おかげで好奇の視線がそこかしこから現在進行形で飛んできてる。

友達なんていらないの、1人で十分なの。こんな注目、あたしには拷問と同じだった。



「おいおいおい、これまた派手にやっちまったな」
「………なんですかあなた」

鞄の中に入れてあるはずのタオルは、今朝洗濯機に投げ入れたままだったのを思い出して、こんな時に限って替えを入れ忘れるなんてとことんついてない。これまたついてないついでとばかりに掛けられた声は右隣の頭上から。視線を辿れば良く知ってる顔。だけど相手はあたしのことを到底認識なんてしてるはずのないこの大学の人気者だった。

「なんかされたのか?」
「別に。太刀川さんには関係ないです」
「あれ、俺のこと知ってんの?」
「天下のボーダー様でしょ。その中でも群を抜いて戦闘狂な太刀川慶さん」

メディアに取り上げられ出したのはここ数年。隊員募集も兼ねての売り込みは今やネットで専用のホームページまである。あたしはネットの画像しか見たことがなかったけど、以前高校のクラスメイトがカッコいいって、黄色い声を上げてたのを思い出した。

「そんな褒めるなよ、照れるだろ」
「褒めてないんで照れないで下さい、気持ち悪いです。……って、何してんですか」
「何ってお前、ここですることなんてメシ食う以外なんもないでしょ」
「そうじゃなくて!なんで隣で食べるの!?」
「席が空いてるから?」
「他も空いてるじゃないですか!」

どこ座ろうが俺の勝手だろって、トレイの上に乗ったうどんを豪快にすすり出すこの人は話を全く聞いちゃいない。

「お前も残り、さっさと食えば?」
「………言われなくても食べますよ」

勢いに任せて思わず立ち上がったあたしを無表情に見上げるこの人に、まんまと丸め込まれてるのは気のせいなんかじゃないと思う。
これ食っていい?立ち尽くしたままのあたしの皿から唐揚げを箸で摘んで、口に放り込むのを見たところで慌ててもう一度座った。

なんなのこの人。
なんでこんな馴れ馴れしいの。
それとも単に馬鹿なだけ?

自分でも自覚できるぐらい警戒心を出しまくって睨みを利かせても、椅子ごとそっと距離を取っても全く動じる素ぶりも見せない太刀川さんは、黙って黙々と箸を動かしてる。

変な人。

さっきの馬鹿な男みたいに引っ掛けるつもりはないらしい。男の人ってもっとこう、女の前ではカッコつけたりたくさん話してコミュニケーション取ったりするもんじゃないの?

お高く止まってるつもりは微塵もないけど、今までの乏しい経験上の中では少なくともそんな記憶しかない。このどうにも奇妙な現状に拍子抜けしたのも事実だった。

「ほらよ」
「なんですか」
「服濡れてるぞ、これで拭いとけよ」
「………あ、りがとう、ございます」

お碗を持とうとした手が変な位置で止まって、遮ったあたしよりひと回りもふた回りも大きいそれが隣からすっと伸びてきた。差し出されたタオルと、太刀川さんの顔を交互に見ながら受け取れば、満足そうにまた箸を動かし出す。

「変な人」
「馬鹿言え、俺は普通の人だ」

今度は口から無意識に溢れた言葉を拾われてちょっと焦った。思ったことをすぐ音にする癖は昔からだけど、初対面相手にこれは不味かったかな。
そんな心情を知ってか知らずか、太刀川さんは特に気にすることもなく、逆に何かを思い出したみたいにあたしを見た。

「お前ってコミュ障なわけ?」
「は?」
「いやさっきのあれ、見てたけどぶっかけるぐらい怒るようなことされた訳じゃないんだろ?だったらもっと上手く躱しゃいいのに」
「さっきも言いましたけど、あなたには関係ないでしょ。それにあたしは人と関わるのが面倒で嫌いなんです」
「あー、なるほどな」
「何がなるほどな、なんですか」

これで分かるよ、なんて一言でも言ってみろ。あたしはこの人にも水をぶっかけて早々に立ち去るだろう。もう二度と声を掛けてくるなと威嚇までして。

普通の人間に分かるはずないでしょ。聞きたくもない声が聞こえてそのせいでこうなったなんて。分かられてたまるか。

「面倒で嫌いなんじゃなくて、お前が嫌われるのが怖いんだろ?だからよく吠える犬っころみたいに牽制してんじゃねーの?」
「な、」
「あ、その顔は図星か」

ムカつく。
この人ムカつく。
なんなのほんと。
不敵な笑みを乗せて、さも当たりだろとばかりにじっと見てくる太刀川さんの視線を先にズラしたのはあたしだ。

だけど図星なんかじゃない
気まずくて逸らしたわけでもない
顔を見るのさえ腹立たしかっただけ。

嫌われるのが怖い?
それこそ馬鹿言え、だよ。

「どんな人間関係築いてきたか知らないが、嫌なやつばっかじゃないと思うぞ?」
「なんですか今度は説教ですか。あなたにそんなこと言われる筋合いないんですけど」
「説教?まさか。けどそうだなぁ、強いて言えば、試しに友達になってみねぇ?俺と」
「はぁ?」

あー美味かった、ごちそーさん。そそくさと立ち上がったこの人はあたしの間の抜けた声なんてまるで聞こえてないようにトレイを持つ。
すっとぼけたことをぬかされて、それ以上言葉が出てこなくて文字通りフリーズした姿は、さぞ面白いだろうね。その証拠にニヤニヤと憎らしい笑顔を惜しげもなく向けてくる。こいつホント、どうしてくれようか。

「明日またここで、この時間にな」
「し、知らないですからね!」
「じゃあなー」
「ちょっと!聞いてんですか!?」

こんなやつと絶対仲良くなれない。
そもそも仲良くと言うより、関わりたくない。
あたしの話も聞かずに去ってく後ろ姿はただただ憎らしくて、そんな太刀川さんとのこれが初めての出会いだった。











「望月」
「………」
「おいこら」
「ん?」
「ん?じゃないだろ、なにぶっ飛んでんだよ」
「いや、ちょっと懐かしいこと思い出してた」

作戦室のソファー、体を沈めたあたしの隣に太刀川さん。その正面、出水くんと唯我くんはゲームに夢中で、本来なら唯我くんのポジションは柚宇ちゃんの定位置のはずが、今日に限ってはゲームよりも楽しそうにあたしのトリガーを弄ってた。


初めて会った日のことを、覚えてますか?
そう問えばこの人は必ずこう言うだろう。

そんなもん忘れたって。

それならあたしはそんなこの人にこう言おう。
だったら変わりにずっと覚えておいてあげますねって。

「花衣さん花衣さん、フリー枠どうします?なんか入れますか?」
「あー、どうしようかな。こないだ生駒さんとやった時、旋空が強かったから気にはなってるんだけど」
「やめとけ、お前にはまだ扱えないぞあれ」
「えー、でも扱えないからって触らずじまいじゃずっとムリじゃないですか」
「あ、ならメテオラは?」
「メテオラ?」
「そうそう。生駒さんみたいな攻めにくい相手にも有効だと思いますよ〜?ね?太刀川さん」
「あー、いいんじゃねーの?」

この人はあたしが思ってるよりずっとあたしのことを分かってて、ぶっきらぼうな物言いの影に隠れた優しさはあの日からなにも変わってない。

自分が認めたくなかった他人を怖いと思う気持ちも、気まぐれなお友達宣言も今なら真に思う。


出会えて良かった。
声をかけてくれて良かった。
この人が痛い所を突いて教えてくれなかったらきっとあたしは今も拗ねたままだった。

「よし!これで完ぺき!花衣さんちょっと起動してみて〜」
「ありがとう、って、ここで?また起動?」
「大丈夫ですよ〜。今回は真面目にやったから」
「柚宇ちゃんのその笑顔がトラウマなんだけど」

お、セット完了?待ってましたとばかりに出水くんがリモコンを置いて振り返る。
唯我くんはボコボコにされたのかあからさまに肩を落として、端末を弄ってた太刀川さんの指が止まった。

四方から刺さる視線に急かされてトリガーを起動。
また変な格好させられたらどうしよう。
そんなあたしの心配を他所に換装してみればなんて事ない。疑ってごめんねと心中で柚宇ちゃんに謝罪するくらいそれは完ぺきだった。

「おおお〜!我ながらよく頑張った〜!」
「花衣さんめっちゃ似合ってんじゃん!」
「まてまてお前ら、これちょっと短すぎねぇ?屈んだらケツはみ出るんじゃねーか?」
「え、うそ?そんなに短い?」
「大丈夫ですよ花衣さん。それぐらいのが可愛いから」

いや良くないだろって食い下がる太刀川さんに、独占欲強いな〜って笑い飛ばす柚宇ちゃん。
恥ずかしげもなく、なんならもうどこか開き直って悪いか?と真顔で返すこの人に心をさらけ出したあの帰り道。

応えられない歯がゆさやぎこちなさに飲まれそうだったあたしを救ってくれたのは、他でもない太刀川さんだ。





俺がお前を好きだからって自惚れるなよ。



悪戯に笑ってそう言ったんだ。


気にしないように、気まずくならないように
あたしが変な気を回さないように。

「申請もして登録も完了したし、これでひと段落ついた〜」
「何から何までありがとう、柚宇ちゃん」
「なに言ってるんですか〜、花衣さんのためならこんなのチョロいチョロい」
「今度お礼させてね。こないだ駅前にできたケーキ屋さん、あそこでお茶でもしようよ」

するする!やった!大袈裟なほど喜んでくれる彼女にこっちまで頬が緩んでしまう。
柚宇さんばっかずりぃって不貞腐れる出水くんにもあたしは世話になりっぱなしだ。今度また箱買いしたみかん持ってこようなんて考えてたら、太刀川さんに名前を呼ばれた。

「ん?なんですか?」
「馬子にも衣装だな」
「バカにしてますよね?」
「どこがだよ、褒め言葉だろ」
「そんな言葉知ってるとは思いませんでした」
「お前こそバカにしてるだろそれ」

丈の短いジャケットと、動きやすさを重視したショートパンツ。ここ数日、柚宇ちゃんが頭を捻ってデザインしてくれた戦闘服にはお揃いの腕章。三日月に三本のブレードがあたしの腕にも光ってる。

やっと
やっとスタートラインに立てた。

嬉しくて見上げた隣の太刀川さんの言葉が
あたしの背中を押してくれてる気がしたんだ。





「ようこそ、太刀川隊へ」





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