「…好き、だ。」



(――え…?)



呆然として頭が真っ白になったあたしの鼻を掠めたのは、甘い甘いグリーンアップルの香り。
視界が赤でいっぱいになり唇に熱が触れる感覚がした瞬間、ドクン、と心臓が震えた。




「――っ。」



ほんの、一瞬。

雨が強さを増して、ザーザーと大きな音を立てながら地面に跳ね返っている。

そんな中で、今、自分の身に起きたことが理解できずにあたしはただ固まったままだった。
近付いたブン太の顔が離れて、至近距離でその大きな瞳と視線がぶつかると一気に心臓がバクバクと脈打ち、身体中の血が沸くような感覚に襲われる。



「……ブ、ン太……。」

「……。」



目の前にいるブン太は何も言わない。
酷く掠れた声で呟いた名前が聞き取れていないのか、それとも無視しているのか。
ただ、黙り込んだままブン太はあたしの手をいきなり掴み自分の持っていた傘をあたしの手に握らせると、うつ向いたままバッと雨が降りしきる中へと飛び出して行った。





「ブン太っ…!?」





バシャバシャと地面を蹴って薄暗い世界へと消えていく赤色を見つめたまま、小さく手が震え出す。


(…なに、なんだったの、今の…!!!)


あたしが帰る頃に降りだした本格的な雨。
傘を忘れたせいで昇降口の屋根の下、立ち往生していたあたしに声を掛けてきたのはクラスメイトであり友達の丸井ブン太だった。

ブン太は傘を忘れたあたしを「天気予報であんだけ雨降るっつってたのに、お前バカだなー」といつもの調子で小バカにしながら靴を履き替える。
「部活は?」と少し膨れながら聞くと「この雨だから筋トレして終わり。」と答えてあたしの隣に並んだブン太の手にはしっかりと1本のビニール傘が握られていた。

…までは、いつもと何ら変わりないやり取りだったのに。

軽い気持ちで「傘一緒に入れてよ」と笑うとブン太は「……しょーがねぇな。」と言ってあたしを見た。

視線が、交わって。

別にそんなのいつも無意識に起きてることなのに、さっきは何故かその視線がやたら脳裏に焼き付いてしまって言葉が続かなくなった。


訪れたのは沈黙。


目を見つめ合ったまま、あたしはまるで金縛りにあったみたいにブン太から目を逸らせなかった。

あたしたち以外誰もいない昇降口に人の気配はなく、ただ雨足が強まる音を耳で聞きながら目はブン太に奪われる。


自分でも何で目が逸らせなかったのかはわからない。


そのまま、真剣な顔をしたブン太との距離がグッと近付いて…、紡がれた言葉は聞き間違いなんかじゃない。




(アイツ好きって言った!?しかも、キス…!!何で!?何で…!?)




ドッドッドッと鼓動が尋常じゃない速さで聞こえてくる。

唇に触れた柔らかい感触も、鼻を掠めた甘い香りも、真剣な眼差しで耳に届いた言葉も、夢じゃない。
熱を上げていく体が現実だと思い知らせる。




(何だったの…、好きって…嘘でしょ…?)




ブン太の傘を握る手にじんわり汗が滲んだ。





***





ブン太は、あの最強男子テニス部のレギュラーでそれだけで人気があるのに、しかも顔も世に言うイケメンなわけで可愛らしさもあるその顔はお世辞抜きでモテる部類の人間だ。
タメはもちろん去年までは先輩後輩両方、3年になった今は後輩からの人気も更に増してる。

そんな学校のアイドルとあたしは、友達。

確かにイケメンだとは思うけど、恋愛対象として見てなかった。
ブン太とはいっつもバカやって、笑って、一番の男友達としか思ってなくて。
ブン太もあたしを友達としか思ってない、はず、だったのに。



(…ほっとんど寝れなかった…。)



家に帰ってからずーっとあの告白と、キスされたことを思い出して悶々としてしまい結局夜も寝れずじまいで完全に寝不足だ。


重い足取りで教室にたどり着いて、あたしは崩れるように自分の席に腰をおろしてそのまま机に突っ伏した。


どんな顔でブン太に会えばいいんだろう…、傘も返さなきゃいけないし!てか本気なんだろうか、本気でアイツあたしのこと…!
だとしたらあたしはどうしたらいいの、ああああ何でこんなことに…!!!



「あ゛〜………」

「何朝っぱらから唸ってんだよ。」

「…!!?」



頭の中がぐちゃぐちゃして突っ伏したまま鈍い声を上げたあたしの頭上から、突然振ってきたアイツの声。
驚いてバッと顔を上げたら、いつも通りグリーンアップルのガムを膨らませてあたしを見ているブン太がそこにいた。



「………、」

「腹でも痛ぇの?便所行ってこいよ便所。」

「なっ、違う!」



思わず少し声を荒げると「あ、そ?」と言ってブン太は笑うとあたしの後ろの席に座った。(そうだった、あたしブン太と前後だったんだ…!)

後ろに座って、テニスバッグを片すブン太をジッと見つめていたらまたパチッと目が合った。



「っ…。」

「なんだよ、ジッと見て。見とれてんの?」

「ば、バカじゃないのっ?」

「ハハハッ」



体を反転させてあたしは前を向いた。机に置いた手に視線を落として、再びぐるぐるとし出す思考を何とか整理しようとひとつ息を吐いた。


何で、何でコイツこんなに普通なの!?え、ええええ、昨日あたしに告白してきたよね!?キ、キスもいきなりされたし…!!!え、夢?んなわけないよね、だってブン太の傘今朝持ってきたし、あ、てかブン太に傘返さなきゃ…!


てっきり気まずくなると思っていたのに、あまりにもブン太が普段と変わらなくて尚更動揺する。



「瑠依。」

「っ、なにっ?」

「腹減った。何か菓子持ってねぇ?」

「……。」



やっぱり、夢だったんだろうか。

1人で悶々としてるのがバカみたいに思えてきた。何でこんなに普通なの、いつもと変わらなすぎだろう、まさかお菓子を集られるとは…。

はぁ、と大きなため息をついて「今飴しかない。」と呟くとブン太は「くれ!」と声を大きくしてあたしにずいっと手を伸ばしてきた。


…結局昨日のアレはなんだったの?そう聞きたいけどまさか聞けるわけもなくて、このまま流れちゃってもいいかな…なんて。





「…はい。」

「サンキュー!」

「…っ!!」





いいわけない。

飴を手渡すときにブン太と手が触れて、思わず反射的にバッと手を引っ込めてしまった。バクバクと心臓が騒ぎ出す。



「あ、ごめっ…。」

「…わりぃ。」



このまま昨日のことを流すなんて、出来るわけない。
だってあたしはブン太の目が真っ直ぐ見れない。
こんなにブン太のこと、意識したことなんかなかった。

うつ向いたあたしの耳に届いたのは、ほんの少し寂しそうなブン太の謝罪の言葉。



「なぁブン太ーっ、ちょっとこっち来いよ!」

「あ?なんだよっ?」

「いーからっ!来いって!」

「…ったく…。」



それから間髪入れずにクラスの男子がブン太を呼んで、ガタッと立ち上がる音がしたと思えば徐々に気配が遠くなっていく。
心臓がうるさくて、顔を上げられなかった。


(…どうなってんの…、ブン太のこと見れないとか…!)


変に意識するのは当たり前で、普通になんて出来るわけなかった。

昨日のアレはなんだったのか、ちゃんと聞かないと…頭の中が爆発しそう。


再び大きなため息が口から溢れて、ゴツンと机におでこをくっつけ項垂れる。
遠くでするブン太の声にうるさくなる鼓動を誤魔化すように、あたしはぎゅっと目を閉じた。




***




や っ て し ま っ た 。


(返すの忘れたぁぁぁ!)


今日は運悪く日直で遅くまで教室に残っていたあたしは、ようやく帰ろうとしたときに教室の後ろに置いてある傘立てに立て掛けられたままの見覚えのあるビニール傘に目を丸くした。

ブン太に返そう返そうと思って結局タイミングを逃して返せなかった傘と、聞こう聞こうと思って結局聞けなかった昨日のこと。

「あー、もう」と小さく声を漏らして壁掛け時計を見れば、多分まだ部活でブン太は帰っていない可能性が高い時間帯。



「…てか、雨…!?」



今更気が付いた。
窓の外を見れば灰色の雲が空を覆って昨日見た光景と同じように、無数の雨が降り続いている。


ずっと昨日のこと考え込んでて全然気付かなかった…!ちょ、いつから降ってた!?今日はちゃんと天気予報見たけどお天気お姉さん、雨降るなんて言ってなかったぞぉぉぉ!!!え、じゃあブン太筋トレしてる?それともコートで打っててもう帰った!?
でえええーい!もういいや、とにかく探して返さないと!あたしは気合いで帰る!!!話はまた後日!あーもうなんであたしはこんなにヘタレなんだ!


…と、ぐるぐると色々考えながらあたしは傘を手に取って教室を出た。

ら。





「…瑠依?」

「っ!?ブ、ブン太?」





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