まさかの速攻で遭遇。
心の準備が出来てなかったあたしの声は情けなく裏返った。
既に制服に着替えてるブン太がガムを膨らませてこちらに近づいてくる。



「あ、傘。」

「えっ、あ、うん。返さなきゃって思って…。」

「今俺も取りに来たんだよ、ナイスタイミングだなさすが俺。」



「サンキュー」と笑って差し出された手にあたしは傘を渡す。


…やっぱり、拍子抜けするくらい普通だ。ブン太は普段と何も変わらない。
その顔を直視出来なくて戸惑ってるのはやっぱりあたしだけ。



「…?帰んねぇの?」

「えっ?あ、いや、帰るよ。」

「んじゃボーッとしてないで行こうぜ。」

「……。」



ふわり、とまたあの甘い香りがあたしの鼻をくすぐる。
前を歩いていくその背中、昨日雨の中走り去っていくそれをあたしはずっと見ていた。



…なんなの、どうしたらいいの?ブン太が何を考えてるのかいくら考えてもわからない。混乱する。



昇降口に着いて靴に履き替える。
出口を出たところで屋根の下2人で薄暗い空を見上げた。
ザーザーと雨が降り続くその光景は昨日とそっくりで、心なしか鼓動が速さを上げた。




「…で、お前は傘がねぇってオチね。」

「うん。だ、だってお天気お姉さん言ってなかったし…!」

「雨女かよお前。」

「………そうかも。」

「……。」

「……。」



雨は、止まない。

ブン太はあたしの隣に立ったまま一向に帰ろうとしなかった。






「…なぁ。」

「え?」

「…一緒に入ってくか?」

「―っ!」






(あ…やば、い…)


ブン太の言葉にあからさまに顔を逸らしてしまった。背けた直後にしまった、と息を呑む。

一瞬、昨日の出来事が脳裏を過ってカァッと顔に熱が集まった。ぎゅっとスカートの裾を握りしめる手が小さく震える。


(どうしよう…、あたし今までどうやってブン太と接してきたっけ…?)



雨がうるさい。













「…瑠依、昨日の、なしでいいから。」












足元に落としていた視線を上げてブン太を見れば、少し切なそうな瞳と視線がぶつかってハッとした。








「え…?」

「いきなりあんなことして悪かった。…困らせるってわかってたけど、マジふざけすぎた。悪い。」

「……。」

「アレは…忘れろぃ。」








――ああ、そう。そういうことか。ふざけすぎた、とね。


頭の中が一瞬、シンと静まり返って言葉が出なかった。


1人で悩んで、バカみたいだ。
そうゆうことなら、アレは犬に噛まれたと思って忘れれば今まで通りに戻れるってことね。


好きって言葉も、キスしてきたことも、忘れろと。


ああ、そうですか。








「…そ。わかった。」

「……。」

「…あたしも気にしすぎたわ。そうゆうことなら、気にしてんのバカみたいだし忘れてあげるよ。」

「……おう、ごめ…

「なんて言うわけないだろバーーーカ!!!」

「!?」




プツン、とあたしの中で何かが途切れた感覚がして気付けばそう声を荒げていた。

目を丸くしてあたしを凝視するブン太。


イライラする、本当にイライラする。普通通りに戻れるならそれが1番なはずなのに。


頭ではわかっていても、気持ちがついていってくれない。




腹が立ちすぎて言葉にならなくて、キッとブン太を睨む目に熱が込み上げてくる。







「勝手なこと言うな!あたしがっ…あたしがどんだけ悩んだかわかってんの!?ずっと考えてまともに寝れないし、アンタのことで頭いっぱいで…!」

「瑠依…」

「あんなことされて、ああそうですかって納得なんか出来るわけないじゃんっ!普通になんか出来ない!」

「…、」

「昨日のアレはホントに冗談だったの!?冗談でアンタは好きって言ったりキスしたりすんの!?だとしたらアンタ最低だよっ!人の気も知らないでいい加減なことしないでよ!!」

「……」

「…ほん、と…最低っ…!」







語尾が情けなく震えて、目に涙が浮かぶ姿を見られたくなくてうつ向いた。


今までどうやってブン太に接してきたか、わからない。
昨日のことのせいであたしはブン太のことを意識するようになってしまったんだ。
嫌でも意識してる、ずっとブン太のことばっかり考えてる。





今更冗談だったなんて言われたって、友達には戻れない。





しばらく続いた沈黙を破ったのは、ブン太だった。

















「……冗談なわけ、ねぇだろぃ。」

「…え…?」

「…好きでもない奴に俺はキスなんかしねぇ。」

「……。」

「瑠依が好きだ。ホントはずっとお前のこと好きだった。」















雨が止む気配はない。


だだ、そう紡がれたブン太の言葉にあたしは昨日と同じようにその大きな瞳を見つめ返すしか出来なくて。


雨の音に混じって、自分の心臓の音がブン太に聞こえそうてしまいそうだ。





「…でもお前が俺のこと友達としか見てねぇってわかってたし、頑張っても頑張ってもお前鈍すぎて気付かねぇから。」

「……。」

「昨日は…確かに悪いことしたって思ってる。お前とよそよそしくなるくらいなら…、…瑠依がやっぱ俺のこと友達としか見れないんならしょうがねぇし、諦めるつもりで言った、のに。」

「……っ、」





不意に伸ばされた腕があたしを引き寄せる。
ドサリ、と音を立てて手に持っていた鞄を思わず落としてしまったのと体を温もりが包み込んだのはほぼ同時。


どちらのものかわからない鼓動がドクンドクンと共鳴して、突然のことに頭が真っ白になるあたしの背中に回ったブン太の腕の力がぎゅっと強まった。





「…やっぱ無理。お前が好き。すっげぇ好き。マジで頭おかしくなりそう。」

「…ブ、ン太…っ」

「瑠依はさ、俺のことどう思ってんの?…つーか、そんなこと言われたら普通に期待すんだろぃ。反則だっつの。」

「え…?」





抱き締められていた体がそっと離されてブン太はあたしをもう一度見つめる。
ブン太の頬の熱があたしにも伝染して真っ赤な顔をしながら見つめ合うあたしたちは、周りから見たら何とも滑稽だけど昨日と同じで今日も昇降口には誰もいない。



あたしの耳に届いたのは、止むことを知らない雨音とブン太の心地よい声。










「…付き合わねぇ?俺と。」

「…、」

「もう答え出てるだろぃ?」










いつもの得意気な笑みを浮かべてそう言ったブン太。
恥ずかしいのと何だか悔しいのとですぐに視線を逸らしてしまったあたしの頬の熱は、一向に引かない。





「…で、も…友達から急にそんな、付き合う、とか…。」

「瑠依は俺のこと嫌い?」

「――っ」





そんな聞き方はずるいと思う。


嫌いになんかなるわけない。
告白されたこともキスされたことも、ブン太の自分勝手な行動なのにあたしは嫌だとは少しも思わなかった。
むしろそのまま冗談だったと終わらされてしまうことの方が嫌で、ふざけすぎたと言われたときに感じたのは悲しさだった。

何でブン太と普通に出来ないのか。何でこんなにブン太を意識してしまうのか。



ブン太の言う通り、もうとっくにあたしの答えは出ていた。










「……好、きだよ。」

「…じゃあいいじゃん。」

「…っ。」










あんまり嬉しそうにブン太が笑うから、頷いて思わずつられて笑顔になった。


ああもう、なんか悔しい。結局あたしはブン太の思う壺でその笑顔に勝つことが出来ない。


しばらく抱き締められていた体が放されて、あたしは鼓動を落ち着けようとふぅ、と一息つく。
鞄を手に持ち、隣にいるブン太を見ればまだ雨が止まない灰色の空を見上げていた視線をあたしに向けた。





「家まで送るから、入ってけよ。」

「…うん、ありがと。」





バサッと音を立てて開かれたひとつの傘。
その中にブン太と肩を並べて入って一歩踏み出した。
昨日叶うことがなかったこの距離に、どうしようもなくドキドキしてやっぱりあたしの頭の中はブン太のことしかもう考えられない。





「瑠依。」

「えっ?」





不意に呼ばれた名前に顔を上げれば、目の前がまた赤に染まって唇が重なった。
昨日と同じそれは昨日とは全く違う甘さを帯びてあたしの思考を停止させる。

唇を離して不敵な笑みを浮かべるブン太に、あたしはもう成す術がない。





降り続ける雨の中をひとつの傘に2人で入って帰る道。

触れ合う肩に心臓がざわめく中で、このまま雨が止まなければいいと願った。





雨よ止まないで


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