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可愛らしい笑顔を呆然と立ち尽くす警官らに振り撒く少女は手に黴だらけのパンを持ち、美味そうにかぶりついていた。全身を赤に染め、楽しそうに笑う少女。
鼻腔に襲い掛かる腐臭と生臭さ、そして目を覆いたくなる異常な光景に、若い警官はその場で胃袋の中身を盛大にぶちまけた。

少女は直ぐ様ヤードに保護される。
名前はパティ・ベル、六歳。  父親は屠殺業のアルコール中毒者、母親は子供の前でも平気で男をベッドに引き込む酒浸りの売春婦……。

極貧と育児放棄、そして性の混乱。
そんな狂乱と混沌の世界で、彼女は育った。
埃と垢にまみれた襤褸を来て、ゴミ箱をあさる毎日。
栄養失調で痩せ細った体、埃だらけのブロンドは背中の真ん中まで伸び放題、薔薇色の瞳だけが、知的な光を放っていた。

『両親を目の前で惨殺された哀れな子供』

ヤードの人間は皆そう考えていたし、彼自身そうだと疑わなかった。
『誰がパパとママに酷いことをしたんだい?』
その問いに対する答えを聞くまでは……。

「あたしの他に人がいた?ママを刺したのも、パパを叩いたのもあたしに決まってるじゃないの」

渇いた血をこびりつかせた顔で満面の笑みを作る彼女に、彼は言葉を失った。
それから彼女は自慢気に事の全てを語り始めたのだ。
六歳の子供とは思えぬ程饒舌に、詳細に。

『お腹を刺した時、ママは蛙みたいな声を出したわ』

『パパの頭を殴ったら、火掻き棒が曲がっちゃったの』

『二人共すぐに動かなくなったわ。あたし凄く嬉しかった。だって、もうパパもママもあたしを置いてどこにも行かないんだもの。二人のこと、凄く愛してる。だから殺したの。これからは、ずっと三人で一緒なのよ。だからおじさん、パパ達早く返してね。一緒にお家に帰りたいわ』

にこやかにそう語る彼女を前に、彼は酷い目眩を覚えた。
『愛してるから殺した』と言い切る彼女に罪の意識は一欠片もなかった。
両親を血塗れの、死臭を撒き散らす肉の塊に変えながらも、彼女は終始幸せそうな笑みを振り撒き続けたのだ。

だが、彼女は何のお咎めもなしに、さっさと孤児院送りになる。

たった六歳の少女の『私が殺した』の言葉に、真剣に耳を傾ける者は彼以外誰一人としていなかった。
何より、今は切り裂きジャックを捕らえることが最優先。
アル中の貧乏人が二人死んだくらいが何だ、それがヤードの上層部が出した結論だった。

夫婦喧嘩で逆上した女房が亭主を殴り殺し、自ら腹を裂いた。
下らぬ夫婦喧嘩の悲惨な結末。
それで事件は幕を下ろした。

自分の言い分が聞き入れられなかった彼女は、孤児院に送られる直前初めて哀しげな表情を見せ、彼を見上げてこう言った。

「もし、今ここでおじさんのお腹を切り裂いて、頭を滅茶苦茶に潰したら、みんなあたしの言うことが嘘じゃないって信じてくれるかしら?」



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