単発小ネタを思いつくままに

▼ いつだって届かない

「茂庭さんてさ」
「うん」

中庭の真ん中、少し日が陰るそこで、二口くんは地面に座り込んで口を開いた。わたしはその隣でサンドイッチの入ったお弁当をそっと開く。

「不作の世代だっていうんだよ。自分たちのこと。だから、俺たちの、俺とか青根とかの代がいてくれたから、鉄壁になれたって。そうじゃなかったら、なれなかったって」

手元の草を引っこ抜いては投げる。引っこ抜く。投げる。二口くんの右手が土にまみれていく。

「そんなの、変じゃんか。俺たちは鉄壁に憧れてここに来てさ、今こうやってレギュラーやって、スタメンやって、でもそこまでの部活で、ここが鉄壁じゃないって思ったことなんか、いっかいもねえのに」

丸まった背が沈んで見える。何もいわないで聞いて、といわれたことを、サンドイッチと一緒に飲みこんだ。二口くん。

「茂庭さん。俺らよりも小さいのに、いちばん小さかったのに、止めろっていうときの声、いちばんでかかった。トスあげる指先とか、指示出すときとか、すげえ強くて」

チッ、舌打ちをした二口くんが、本当に忌々しそうに、それでいて少しさみしそうに、もにわさん、とその名前を呼ぶ。

「そういうとこ、すっげえ頑固で、すっげえきらいで」

土をつかむ、というよりも、掘る勢いで爪をたてる。突き指とすり傷でいびつな手のひら。わたしはその手も、茂庭さんの手も、同じくらい尊く見える。

「どうしようもないくらい、すきだった」

土を握って、思いっきり振りかぶる。頭上でこぼれた土が二口くんに降りかかって、うわ、と声があがった。その横顔がなんだか泣きそうで、わたしはやっぱり何もいえないまま、お弁当のふたをそっと閉めた。

▼ 鉄壁は崩れない

不作の世代、という言葉を聞いた。1年生の秋、春高予選の観客席でのことだ。コートでは3枚ついた壁を敵校のエースに打ち抜かれ、肩を落とすみどりいろたちがいた。応援席から離れ、ひとりひっそりと彼らを見守っていたわたしは、知り合いから譲り受けたバレー部専用のタオルを両手でぎゅっと握りしめた。だってわたしにはどうすることもできないから。わたしには何もいえないから。そうやって言い訳をして、わたしはぎゅっとタオルを握った。泣くな。泣くな。

反対側の応援席、真ん中でメガホンを握るその姿は、全然諦めてなんかいなかった。瞳の強さは燃え上がるようだ。あなたが築く壁の頂を見たいと思った。どんなときでも光を見失わない、たったひとつでも毅然と立つ、その姿の。

▼ 無限大ハッピーアワー

他のブロッカーに比べて茂庭さんは身長が低い。廊下ですれ違うときは断然大きくて男のひとだ、と思うのに、体育館で部員に囲まれるとあのふわふわした髪は壁に埋もれて見えなくなってしまう。わたしはそれがとても惜しくて、とても素敵だと思った。小さな彼はあれでいて部長なのだ。誰もが慕う部長なのだ。

「男の価値は身長じゃないよね」
「えー、またその話?」
「何度でも聞いてよ、いっつも彼氏の愚痴聞いてるでしょ」

特別室へ移動する途中、こらえきれずに友達に零すと、友達はうんざりした顔でそういった。呼吸と同じ数だけ彼氏の愚痴をたれ流す友達に言われたくはない。

「やっぱりさ、男のひとに必要なのはさ、身長よりも包容力と求心力だと思うわけ」
「あーそう」
「あとカリスマ性も必要!」
「多くない?」
「そう?」

茂庭さんを評する言葉ならまだまだ出てくるし、この程度なら誰にでもあってほしいくらいだけど、友達がいうならそうなんだろう。欲張り過ぎだといわれても、茂庭さんにはすでに全部あるわけで、生きる欲張りセットを慕うわたしには全く響かない。回りだしたいくらい春だ。満開だ。最高。

ハッピーな気持ちで歩く廊下の先、見知った顔とすれ違う瞬間、わたしはどうしてもこの想いを共有したくて、無視をきめこんでいる横顔に駆け寄って笑い、勢い余って腕までつかんだ。

「男は身長じゃないよね! ね、二口くん!」
「身長だけでやってる俺に失礼だと思いませんかね」
「そんなことないよぉ!」

無気力な謙遜にマジレス乙。あーすごい、恋する乙女はほんとに無敵!

▼ いとしいあなた

コートの中のあなたはとても美しかった。サーブを打つ姿、ブロックに跳ぶ瞬間の瞳のかがやき、指を差す、命をすくう、そのひとつひとつ、全部を絵画にして閉じ込めておきたいほどのうつくしさ。

(茂庭さん。茂庭さん)

最後の瞬間、高らかに鳴るホイッスルの音、断頭台の死神のような、全てを呑み込む絶望の鐘にわたしはたまらず両目を覆った。ずっと見ていた。この先もずっと、見つめていたかった。ただそれだけを望んだあの背中。きらきらと光る2番を背負う、わたしたちの鉄壁。

そのとき、その瞬間、わたしたちの夏は終わりを告げた。わたしの恋は、それでもなお、苦しいほどに息づいていた。

▼ これだけで生きていけるよ

「茂庭さんに何をどこまで話したのか言ってごらん」
「えーっとぉ、別に」
「言わないなら生徒会の主張イベに参加して告ってやるから」
「あんたほんと手段を選ばなくなってきたよね」
「二口くんと喋ってて良い子でいられるわけないからね」
「俺のせいかよ! 別に、ちょっと知り合いが、女子なんですけど、茂庭さんのトス打ってみたいなーっつってて、よく試合とか見てるんですけど、レキ長いんで、今度の学祭のときとかちょっとどうすかね、って。そんだけ」
「ウワ……」
「なに」
「ふたくちけんじグッジョブ……」
「ふっは。なんでフルネーム」
「今世紀一番感謝した」
「そいつはどうも」
「今までの人生で、いちばん、幸せな時間だったよ」
「そうね、そんな顔してたね、あんた」
「ほんとに……」
「また泣くの」
「泣くよ。ほんとに幸せだった」
「ふうん」
「…………二口くん」
「なに」

「ありがとね。ほんとに」
「いーえ。いつかのお詫びですよ」
「お返しがでかすぎる……」


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