▼つくもがみ(樹理)


構われたがり高尾さん→構いたがり緑間さん(社会人)


「ねえ真ちゃん」
「なんだ」
「俺、カミサマとか信じてないけど」

真ちゃん見てると、付喪神って本当にいるんじゃないかと思うよ。

唐突に、高尾はそんなことを呟いた。
手元の本から弾かれるように顔を上げると、高尾はにこりと笑んで、窓の外へと視線を投げる。
薄く開いた窓から吹き込む風は、冬の冷たい空気を含んでいて、心地良いと言うにはまだ程遠い。
だというのに、風に当たる高尾は酷く上機嫌だ。
おかしくて仕方がないというような風情で、含み笑いなどする。
ーー人に話しかけておいて、勝手に自己完結して口を噤むなどいい度胸なのだよ。
「真ちゃん。んな睨むと眉間にシワできんぞ」
額を突いてくる高尾の手を払って、いいから続きを話せ、と促す。
「いままさに真ちゃんがノートとにらめっこしてる間にずっと握ってた、ソレ」
ついと指さされた先には、なんの変哲もないシャープペンシルがある。

俺が覚えてる限りずっとソレ一本しか使ってないんだよ。
もー焼けちゃうぐらい一筋なの。
もしかして、真ちゃんて本当にそれしか書くもの持ってないの?

言われて、俺はぽかんと口を開いてしまった。
確かにこれは、いつからかずっと使っているものだった。
グリップが少し黒ずんではいるが、一度の壊れたことなどないし、芯を入れればまた使える。
新しいものを持とうなどという発想が、そもそもないのだ。

「それしかも何も。ーーひとつあれば、数を持っている必要などないだろう?」
「そーいうとこ、だよ」

そんだけ愛されるなんて、きっと付喪神サマも喜んでんね。
……そういうもの、なのだろうか。
高尾の言うことすべてを理解したわけでは無かったが、付喪神などというものが、もし本当にいるのならば。

「そうだとしたら、嬉しいのだよ」

pc[編]


▼Never Ending(頼花)


たまたま近くに寄ることがあったので、帰りに秀徳高校の前を通った。
運転席の高尾は始終「おー」とか「あー」とか騒がしくして、最後に溶けるような溜め息を吐いて「懐かしいな」と一言だけこぼした。

「もう何年?五年はいったっけ?卒業してからさあ」

「…そんなに前になるか」

「なるよ、だって、俺ら一緒に住んでから五年はたってるっしょ?」

言われてみればたしかにそうだ。時間の流れは思う以上にはやい。
ぱしりと瞬きをするだけで、あの頃が鮮やかに蘇るのに。

「楽しかったよな、高校生活ー…真ちゃんは楽しかった?」

「……そうだな、楽しかった、のだよ」

「お、珍しく素直じゃん」

機嫌良く口笛を吹きながら、高尾は車を走らせる。
俺たちの乗り物は自転車とリアカーから、今ではすっかり自動車へと変身を遂げた。
高尾の運転は昔と同じ、可能な限り速い安全運転だ。

思えばこいつは、あの時から飽きもせず俺の隣で世界をまるごと楽しむように笑って、真ちゃん真ちゃんと歌うように俺の名をずっと口にしてきた。
探さなくてもすぐに見つけられる距離で、目をつむっても温もりが伝わるほど近くで。
唇がほころぶ。高尾のことを考えただけで。そうなってしまったのはいつの日だったか。

「…しーんちゃん、今日はご機嫌さんだな。つーかなに笑ってんの?」

「………嬉しい、のだよ」

「なにが?」

「お前が隣にいることがだ」

来る日も来る日も俺の隣にいて、高尾と幸せを分かち合えることが、たまらなく。
そんな贅沢な毎日を学生の時からもう五年以上も営んでる。そんな日々がこれから先もまだまだ続く。ずうっと続く。
嬉しい。ときおり、涙が出そうになるほどに。

「…あんま、そういうこと、言うなよ」

「なぜ」

「和成まじで、そのうち死んじゃうって…」

「こんなことで死ぬな、ばかお」

お前が死んだら悲しいだろうが。
優しく言い聞かせたのに、高尾から返ってきた返事は「ほんとに死ぬからやめて!」という少し怒り気味の言葉だった。

pc[編]


▼一番星はここにある(みやま)


 付き合い始めて一週間、オレは初めて真ちゃんにおねだりをして、週末の夜、リアカーを転がして小高い丘にある公園に寄った。学校帰りにどこかへ寄るのはこれが初めてだ。何しろコンビニへ行っても自販機に寄っても真ちゃんはリアカーから降りようとしなくて、オレがおしるこを買って渡す、それだけのデートが常だったから。ルーティンワークから外れることを厭う真ちゃんのことだ。少し遠くに行かないかと聞いても、断られるものだとばかり思っていた。

「……別に構わない」

 こぼされた声にオレが返せたのはへ?というなんとも情けないもので、なんだと睨みあげてくる視線をなんとか外して頭の中にハテナをたんまりと浮かべながらチャリを漕いだ。自分で寄り道しようと誘っておいて、嘘だろマジでいいの?なんて聞けるはずもなく、こうして辿り着いた公園でも話しかけることができない。何してんだオレ。

 横目で見た真ちゃんは、それはもう自然にリアカーを降りて、下町の明かりが見える柵の手前まで勝手に歩いて行く。オレを放置すんなと言いたい気持ち半分、なんだか気の抜ける思いが半分。何、真ちゃん、もしかしてお前、今までも一緒に行こうって言ったら頷いてくれてたの。オレも後ろについていく。柵の向こうはすっかり夜だ。

「真ちゃん」
「なんだ」
「一緒に来てくれて、ありがとな」

 思わずお礼なんてものを言ってしまえば、真ちゃんは呆れたように肩をすくめる。だってこれ、初デートだぜ、真ちゃん。オレがはしゃいじゃう気持ちも少しは分かってよ。興味が無さそうに柵に手をかける真ちゃんの、その左手にそっと右手をのせてみた。拒否されないことがこんなにうれしい。嗤っちゃうだろ、オレはこんなにもお前が好きだ。

「……高尾」
「うん?」
「オマエにひとつ、言っておきたいのだが」
「うん」

 町の明かりをまっすぐ見ながら、ゆっくりと瞬きをする。光のうつるそれはまるでエメラルドだな、なんてことを思う。本物の宝石と比べても、きっとこの輝きは見劣りしないだろう。

「オレだって、その……オマエと一緒にいるのは、嬉しいのだよ」
「へ?」
「オマエばかり幸せだなどと、ふざけたことを思うのはやめろ」

 だからオマエは駄目なのだよ。聞きなれたその声が夜の帳にしっとりと落ちる。きらきらとしたこの光は、きっとお前がわらうからだ。

pc[編]

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