▼いっぱいたべるきみがすき!(菜乃)
目の前で火神がふんわりとオムライスの上に卵をかけた。ケチャップいるか。うん。さっきの卵をのせるときの気合いの入りようはどこへいったのかというくらいケチャップを適当にかける姿はなんだか面白い気がしたけれどよく考えるとオレのだ。もっと丁寧にかけろよ、カウンター席から身を乗り出して頭をはたくと仕返しとばかりに彼氏さまはケチャップを大量に出した。どうだとばかりに突き出された皿を何にも言わずに受けとってしまうのは悲しいかな火神の料理はそれくらいじゃ不味くならないからだ。町の中、住宅街の生活にとけこんだところに火神が開いた料理屋はなかなかに(特に夜は)繁盛している。自分はと言えば、たまに接客を手伝うくらいでもっぱら客として来る方だった。昼と夜の営業時間の間、夜の仕込みの時間に行くと、文句を言いながらもなにかしら食べさせてくれる。シンプルな料理は文句なしにおいしい。オムライスをスプーンですくって一口食べると、口に馴染んだ少しまろやかな味がした。料理は人の心を映す、なんて言葉をドラマで聞いたとき、訳が分からないと鼻で笑ったけれど、火神のそれは本当に、心を映しているのかもしれない。
「おいしい。ごちそうさま。」
「どういたしまして。」
オレが感想を言うたびにわずかにはにかむ、その笑顔がすきだ。
▼運命の出会い(ユキ)
ふわりと香る柔らかな匂いは、軽い朝食を取ったきりの身体にじんわりと染み渡った。
「…きれーっスね」
目の前に静かに置かれたお盆の上には盛りたての白ご飯にお漬物、味噌汁、玉子焼きが並んでいるだけだ。駄目元で駆け込んだ定職屋は本当はまだ回転準備の途中だったのだろう。しんと静まり返っていた。店内の明かりも充分に灯されていない中、上の方にある窓から零れ落ちる陽射しにそれはきらきらと照らされている。
「きれー、ねえ。出し巻きだぜ、ただの」
「それは…そうなんっスけど…」
見慣れた仕出しの弁当に並ぶやたらと薄い玉子焼きとは違う重量感に箸で掴むのは諦めて。少し切り分けて口に運ぶ。熱過ぎず、かといって冷た過ぎず。じっとりとした甘さのない薄味が口の中に広がる。釣られるように白ご飯も一口、二口それからはもう勢いだった。普段は絶対口にしない漬物までかきこんで食べ尽くす勢いに、自分の小食に手を焼いていたマネージャーも唖然としている。
最期にすすった味噌汁は小粒の貝に三つ葉が添えられていてすっきりとしていた。
「ご馳走様でした!!」
久し振り、いや初めてかも知れない。
心から言った感謝の言葉。
「アンタ、“かがみ”さん?」
「、ああ」
突然目を輝かせた自分に戸惑うような大男に構わず、
「アンタの飯、もっと食べたい!」
小料理屋・かがみの板前を見つめて黄瀬は笑顔でそう告げたのだった。
▼ダイニングで恋しよう(みやま)
「かーがみっち! ご飯しよ!」
「おう、お疲れ」
スタジオの向かいに立つ小料理屋、その裏口から顔をのぞかせて、台所に立つ長身な板前に声をかけた。大きなエプロンの裾で手を拭って、板前火神は右手に持っていた包丁をきれいに拭いて台に置く。その動作がすごく料理人らしくてかっこよくて、オレはいつも見惚れてしまうのだ。くやしい。
なんて思っていることはおくびにも出さず、収録中にもらったケータリングのシフォンケーキを勝手に冷蔵庫に入れて、ついでに昼食の準備をしている火神の背中にどーんとぶつかった。なんだか油っこい感じ。今日は揚げ物が多かったらしい。
「危ねぇからどつくな!」
「どついたんじゃないっスもーん、抱き着いたんスもーん」
「お前の場合どっちでも変わんねぇんだよ」
「お疲れのダーリンからのスキンシップっスよー。あんまつれないこと言わないでほしいっス」
「はいはい、お疲れダーリン。飯にするからクロス引いとけ」
離れるついでに頭をぐりぐりと撫でられた。また手でかくなったのかも。鼻がひしゃげてしまいそうだったので大人しく離れて、いつものテーブルクロスが引いてある場所へ、てろてろと向かった。無言で悪態をつくことは忘れない。人気俳優の鼻をひしゃげようなどと。ばかめ。ばかがみめ。
「今日のご飯なにー?」
「チーズささみカツと、ポテトサラダと卵焼き。味噌汁飲むか?」
「わかめ入ってる?」
「じゃがいももな」
「食べる!」
準備のときにちょっと多めに作った料理を小皿に並べて、裏にあるテーブルに火神がひとつずつ並べていく。火神がやってるのは小料理屋だけど、洋食だけ並べるとちょっとしたレストランみたいにも見える。オシャレだなー、なんかいいな。仕事の合間にこうして会えて、火神のあったかいご飯を食べて、夜は一緒に帰る。幸せだな、思ってにへらと笑う。
「……何笑ってんだ」
「んー。しあわせだなーって」
「何よりだな」
「火神は?」
「ん?」
「火神は、しあわせ?」
小さいテーブルを挟んで向かい合わせに座る。まっすぐ見上げた火神はいつもの見慣れた顔で、いつもの火神で、かっこいいなあ、とため息をついてしまう。好きだな。好きだ。
「……オレもしあわせだよ、ダーリン」
やさしいキスは栄養剤のようで、オレの心にあたたかく降り積もった。
▼開店まであと少し(頼花)
うん、完璧。ぺろりとソースを味見して、俺は頬を綻ばせた。
「火神っちできたー!!」
「おー……ん、うまいな。さんきゅ。つーかお前普通の料理からっきしなのに、俺の味作んのうまいよな」
「好きこそものの上手なれ?」
「嬉しいこと言うじゃねぇか」
頭をぐりぐり撫でられてやわらかく目を細める。
火神料理亭本日のおすすめランチは絶品オムライスセットで、俺の担当はデミグラスソース作りだった。
火神がよく俺に作ってくれたとろとろ卵のオムライスにかける、こくのあってほのかに甘い、てろりとしたデミグラスソース。
俺の一番好きな味で、舌が覚えきっている味。
「今日のお客さんも喜んでくれるかなー?」
「さあ、どうだろうな」
毎日毎日笑顔のあふれるこの洋食屋で働く俺は、火神の料理でゆるやかに溶けるお客さんの顔が好きだ。
おいしかった、と嬉しそうに笑って手を合わせているのを見るのが好きだ。
火神の魔法の料理が世界をやさしくするのが、誇らしくてたまらない。
「俺火神っちのご飯、すげぇ好きっスよ」
「知ってるよ、んなこと」
「あと火神っちもすげぇ大好きー!」
「それも知ってる」
きゅうと狭い厨房で抱きついて火神の身体に密着すると、あたたかな匂いがした。
ほがらかに笑う太陽みたいな男の腕の中でひとり幸せを噛みしめながら、もう一度好きだよ、と口にする。
俺の背中に回した腕の力をぎゅうと強くして、火神も耳元でささめいた。
「俺も黄瀬のこと、すげぇ大好き」
「…へへ、知ってる」
開店まではあともう少し。
それまでちょっぴり、こうして愛を真ん中に抱きしめあおうよ火神。