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初めはライバルだった。
家が近所で同い年で、ポケモンをもらう前から色んなことを競い合っていて。
昔からあらゆる面でキバナのほうが優秀だったからいま考えるとライバルなんて考えるのもおこがましいけれど、当時のおれはまだ現実というものを理解できていなかったのだ。
ある程度成長してみれば差は歴然。
二つ目のジムで挫折して早々にジムチャレンジを諦めたおれと違い、決勝まで勝ち進んだキバナはそこで本当のライバルを見つけたようだった。
めきめきと実力を伸ばしガラル最強のジムリーダーにまでなったキバナは目を引く容姿や自信に満ちた態度も相まってすっかり遠い世界の住人のように思えたが、それでも交友が途切れなかったのはキバナがおれを親友と呼んでくれたから。
ライバルではいられなかったけれど親友ならまだ特別だと安堵した。
おれはキバナのことが好きだった。
いつから好きだったかなんて憶えていないくらいずっとキバナに恋していて、同じ気持ちでなくてもいいから少しでも特別だと思っていてほしかった。
親友だと言ってもらえて嬉しかった。
嬉しかったけれど、だからこそおれはますますキバナの隣にいられなくなった。
キバナの正式なライバルである現ガラルチャンピオンは凡人のおれには理不尽に思えるほど強い。
キバナだっておれからすれば競うこともばかばかしい強さだがチャンピオンの強さはさらにその上を行く。
そんな相手に勝とうというのだから、おれなんかに時間を割いていてはいけないのだ。
一緒に遊ぶ間にバトルや戦術について考えて上の空になることが増えたキバナの背中を、おれは「応援してるから集中しろ」と笑顔で押した。
本当は少しでも多くキバナの隣にいたかった。
バトルより目標よりおれのことを優先してほしかった。
しかし、言わなかった。
なにせおれは親友なので。

そうして直接会うことが少なくなり、おれが会社に勤めるようになってからは時間の関係で通話することも試合を見にいくことも難しくなった。
遠距離恋愛は難しいと言うが友情でも同じなのだろう。
昔は毎日顔をつき合わせていたというのに、今やたまにメッセージのやりとりがあるだけの希薄な関係だ。
ライバルでも親友でもなくなったらおれはキバナの何になるのか。
まだ他になれるものはあるのだろうか。
そんなことを考えながら飲み過ぎてぐでんぐでんに酔っ払った同僚に肩を貸して歩いていると前から歩いてきた長身の男と目があった。
状況によってはポケモンバトルが始まる展開だがおれは目を見開いて立ち止まることしかできなかった。

「あーっ、キバナ!キバナ選手じゃね!?」

ご機嫌にへらへら笑っていた同僚が目を輝かせて指をさす。
その指の先でおれと同じように固まっているのは間違いなく本物のキバナだ。
本人かどうかの判断のために記憶よりSNSにアップされている自撮り写真を思い出してしまうあたりに遠さが窺えて虚しくなった。

「あー……久しぶり、ジョウゴ」
「おう、久しぶり」

あまりに突然でぎくしゃくしてしまうおれたちをよそに同僚が「なに、知り合い?」と興奮気味に尋ねてきた。
親友とは言い辛くて「昔家が近所だったんだ」と答えると「幼なじみじゃん!」とテンションをあげる同僚。
なるほど、ライバルでも親友でもないおれは幼なじみになるのか。
それはもう、特別でもなんでもないな。

「なんで教えてくれなかったんだよぉ〜!どうも、おれ、ジョウゴの同僚で親友です!あとぉ、キバナ選手のファンです!」

酔っ払い特有の舌足らずな大声で社会人として0点の自己紹介をした同僚にキバナは何も言わず、ただじっと立っていた。
頬の引き攣った張り付けたような笑顔。
面倒なのに捕まったとでも思われているのかもしれない。
何を考えているかはっきりとはわからなくても歓迎されていないのは明白だった。

「……ごめん。せっかく会えたんだし少しぐらい話したいんだけどこいつこの通りかなり酔っちまってて、早いとこ帰らなきゃ」

キバナも帰るところだったんだろうし用もないのに引き留めるのはよくないだろうとぐらぐら揺れて真っ直ぐ立つこともできない同僚を抱え直して別れを告げる。
横を通り過ぎていく際キバナはおれに何も言わなかった。
次に会う約束もなにもない。
本当にキバナの特別じゃなくなってしまったんだなと実感して、おれはなんだか妙に清々しい気持ちで笑みを浮かべた。







あなたは『あなたの隣を許してもらえるのは、自分だけだって、錯覚したままでいたかった』キバナを幸せにしてあげてください。








同僚を送って家に帰り着いたあと、スーツをソファに脱ぎ捨ててネクタイを緩め、ベッドに転がってキバナにメッセージを送信した。
好きだ、付き合ってくれというシンプルなメッセージは今まで与えられた特別な立場を失うリスクとキバナにかけてしまう負担を考えて一切外に出すことのなかったおれの気持ちだ。
なにかしらの特別な存在としてキバナの心の中にいられたなら墓まで持って行こうと思っていたがいまのおれはライバルでも親友でもないただの幼なじみなので嫌われたとしても失って困るものはなにもない。
キバナも困惑はするだろうが、関わりの薄い幼なじみからの告白なら切り捨てるのは容易だろう。
付き合える可能性があるかもなんて期待するほど馬鹿じゃない。
『ただの幼なじみ』じゃどんどん忘れられていくだけでも『元ライバルで元親友で今更告白してきた幼なじみ』なら少しは特別なんじゃないかと自棄になっただけだ。
目が覚めて酒が抜けた頭で後悔するようならまた同僚を誘って今度はおれが世話をかけてやろうと決めてスマホの電源を落とす。
明日が休みでよかったなとだけ考えて眠りに落ちたおれが大量の着信とメッセージに気づいたのは翌日昼過ぎ、家を訪ねてきたキバナに叩き起こされたあとのことだった。



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