Chapter 5 : 船旅




突然、雷鳴が響き渡った。

肌に感じる程の湿った空気が流れ、ビーチから邸にかけて
強い雨が降り始めた。

アンジェリカとミホークは天を仰ぎ
まるで、邸の炎を消す為だけに現れたような雨雲が
やってきてから去って行くまでを、じっと見つめた。

「夜が明けたら、木を切るんだ。
 船を造る・・・。」
「なんで?」
「引っ越しだ。」


ミホークは3日かけ、小型の三角帆船を作り上げた。

アンジェリカはというと、3日間膝をかかえて座ったり、
寝たりを繰り返しミホークに背を向けていた。


「アンジー、乗れ。船を出すぞ。」

「いやだ!」

座り込み状態のアンジェリカにため息をつき、
ミホークはアンジェリカの横に座った。

「おれだって嫌さ、」

波の音がざわざわと鳴り響く、二人の間の沈黙は
ゆっくりとした時の流れの中、本来は幸せであった時間を思い起こさせた。

「あの家が好きか、アンジー。」
「うん。」
「おれも、好きだ。」


子は父の横顔を見た。
好きなものを失ったにも関わらず、何かを懐かしむように
少し笑みを浮かべていた。

「あれは、おれが父親から譲り受けた邸だ。
だが、役目はとうに果たされている…
燃え尽きてくれて丁度のよい頃だったのだ。
おまえにだって、わかるだろう。」


ミホークの静かで優しい声につられ、
アンジェリカはふてくされた顔は真顔に戻っていった。


「パパ、ちょっと待ってて。」

アンジェリカはそう言うと、大きな翼で風を起こしながら
音もなく空に飛び上がった。

大きく息を吸い込み、息を止めて叫び声を上げた。

「ロッコー!ビアンカばーちゃーん!ジーン!ありがとおおおおおおおおおおおお!」


天使の力は人間の全てを上回る。

島中に響き渡るアンジェリカの声に、レンピカの人々は思わず島の北を見た。




「気は済んだか。」
「うん。」
「では・・・行こう。」


小さな帆船は北西に進路を取り、少しずつ、少しずつ元いた寒々しい
地域を抜けつつあった。

ミホークは髪を梳かし、長らく自分のイメージを形作っていた
後ろ流しの髪を無造作におろした。
その様子を見たアンジェリカは、何か懐かしい気持ちを覚えた。

「あ、赤髪の船長・・・。」

アンジェリカの言葉に、ミホークは周りを見回した。

「パパ、赤髪の船長さんみたいだよ。」

「・・・うむ。」




ぎゅぅぅぅぅぅ、、、、バフッ!
ベタアァァァァ、、、、バフっ!

ジドラーの海賊に無惨にも斜めに切られたアンジェリカの頭髪は、
あまりにも不格好だった。

ミホークが力いっぱい撫で付けても、中途半端な長さの
アンジェリカの髪は力一杯跳ね返ってくる。

「ふむ・・・、ハサミを借りてこよう。おい、帆をたため。」

ミホークは、すれ違いざま通りかかった海賊船に向かい、飛んだ。
アンジェリカは言われた通り帆をたたみ、ロープを海賊船にくくり付けた。

30分もせずに、海賊船から財宝袋に樽4つ、木箱2つ、はさみが落ちて来た。

「あぶねええええええ!」

アンジーは突然の落下物に驚きながらもそれを避け、
ほどなくミホークも落ちて来た。


「帆を張れ、行くぞ。」


二人を乗せた帆船は、真っすぐに北西へと消えて行った。





温暖な海域に佇む、エルロッソ島に寄港した二人は
2週間休みなく続けた航海に、久々の休息を取った。

本来なら、飛ばして8日でカームベルト付近まで来れたものを
アンジェリカは海に落ちるわ、翼を閉じ込めていないがために、
寝ながら浮き上がるわ、力の加減ができずに船底に穴をあけるわ、
ミホークの手を焼いてばかりだった。

さすがのミホークも、宿につくなりベッドに横たわりブーツを床に脱ぎ捨てた。

「パパ?どうして海に落ちると私は動けないの?」

「泳げないからだ。」

「パパ?どうしてあの船、進むの遅いの?」

「お前が邪魔するからだ。」

「パパ?」

「もう寝かせてくれ。」

「どうしてあんな大きな剣で戦うのに、ハサミ持ったら手が震えるの?」

「・・・向き不向きがある。 もう勘弁してくれ。」

短く切りそろえられた髪を触りながら、アンジェリカは
不満げにミホークを覗き込んだ。

翌日は町へ出て、アンジェリカはリュックを新調し、服も帽子も大量に買い込んだ。

「あら、ボク!あんたこんなにレジに持って来て、お金は持ってるんだろうね。」

「あるよ!」

「・・・あんた、美男子なんだから、こんな黒い服ばっかりじゃなくて、もっと
カラフルなのにしたらどうなんだい。」

「パパと一緒のがいいから、いいの。」

「変な子だねえ・・・。」



アンジェリカは走って宿へ帰ると、新聞を読みふけるミホークの視界に割り込んだ。

「パパ、美男子ってなに?」
「・・・そうだな。」

ミホークは、ぱらぱらと新聞をめくった。

息をつくと、頬杖をついて外を眺めた。

しばらく外を眺め、気だるそうに息を漏らした。


「強いて言えば・・・ お」

「パパ、リュックに穴開けてよ。もうマント着るのいやだ。」
「・・・わかった。」

ミホークは残念そうにリュックを受け取ると、アンジェリカを連れて宿の寝室へと戻って行った。


宿での2泊の後、早朝に親子は宿を出た。


身なりをばっちり整えたアンジェリカは、胸を張ってリュックを背負い
二本の愛刀を背中の通しに差し込んだ。

港に浮かぶ、新しい帆船に乗り込むと、帆を張り船を進めた。
まだ月がうっすらと見える静かな早朝の海は、音もない風が吹き
船はゆっくりと押し進められて行く。

その朝靄立ち籠める景色、その遠くに大きな帆を張った海賊船が見えた。

それを見つけたアンジェリカは、その船がどのくらい
大きいのか予想もできなかった。


「パパ、あの海賊船も切っちゃおうよ。」


ミホークは静かにその船影を見つめると、船のふちに座り
笑顔をみせた。

「無益・・・。」

海賊船はみるみるその姿を近づける。
「・・・でけえ。」
「アンジー、あの海賊旗のマークを覚えておくといい。」

骨の十字に、反り返ったヒゲをたくわえた、笑顔の男。

「世界最強の、海賊だ・・・。」
「パパより強いの?」
「何をもって強いとするかだが、、、相当の手練れ揃いだ。
今まで、剣豪の名を欲しておれに向かって来たものは、
あの白ひげ海賊団の中には居ない。
おれもその姿勢に敬意を表し、こちらから斬り掛かることはない。」


巨大な海賊船は、すれ違うようにこちらに進路を取っている。
静かだった海には波が起こり、ミホークの帆船は船体を揺らされた。


「アンジー、この先の航海・・・少々つらいものになるぞ。」


アンジェリカは通り過ぎる海賊船を見つめ、その威厳を前に
下唇を噛んだ。



カームベルトにたどり着いたアンジェリカは、早速つらい航海の意味を知った。
自分なんぞ、細胞にしか感じられない程の巨大な海獣、
海王類がすぐ目の前に迫っているのだ。


「ぱぱぱぱぱぱパパ・・・ここここここれ・・・。」

「ライオンにゾウにパンダにラッコか・・・図鑑でみただろう。」

「ライオンにゾウにパンダは海に住んでるとは書いてなかった!」

「海王類は研究するにも、捕獲することはできないからな・・・こんな凶暴な海王類を
研究しようなんぞ、そんなバカはおらんだろう、まあいい。」


小さな帆船を取り囲んだ海王類達は、しめしめといった顔で船にいる二人を睨んでいた。

ミホークは船首に立ち、海王類たちを眺めた。


「アンジー、どれがいい。」
「はあ?」
「どれが好きだ、選んでいいぞ。」
「・・・ラッコ。」

アンジェリカの目にも留まらぬ早さでミホークは飛び出し、
目を泳がせ探したときには、ラッコの頭上にいた。

黒刀を振り上げると海ライオン、海パンダに向かって斬撃を飛ばした。
2体はあっけなく、遥か向こうの海に着水した。
海ゾウは雄叫びを上げながら、ラッコに向かって突進してきた。
ミホークはさらに飛び上がり、海ゾウの突進はラッコに直撃した。

再び浮上して来た海ゾウの巨体を斬りつけ、
ゾウはむなしい鳴き声をあげ
口から泡を吹き始めた。
残されたラッコは、恐怖に震えながらも
鋭い爪を天にかざし、雄叫びを上げた。

ミホークはラッコを見上げると、戦慄の鷹の眼をラッコに向けた。
肌にも感じる、恐怖が辺り一面に広がり、ラッコは小さく鳴き海面から頭だけ出した。

「アンジー、ロープ取ってくれ。」
戦慄の空気はアンジェリカをも震え上がらせ、その場から動く事ができなかった。

「アンジー!」
「ははははは、はい!」

アンジェリカがロープを投げると、ミホークはそれをラッコの口に巻き付け
船に戻った。

ロープの先端を今度は船にくくり付けると、ミホークはにやりと笑った。
「アンジー、しっかり掴まれ。」


アンジェリカは必死にミホークの脚にしがみついた。

恐る恐る振り返るラッコに、ミホークは再び睨みを利かせる。

「行け、ラッコ。」




ラッコは恐怖におののき、船を引き全速力で泳ぎだした。

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