Chapter 6 : 祈り



「招集に一度も現れなかったお前を、
素通りさせるわけがないだろう・・。」

下品な彩色、高級な調度品に囲まれた一室。
しわが年輪の様に刻まれた老人は、初めてお目にかかる
王下七武海の姿をぎろりと睨む。
ふてぶてしくも腕を組み仁王立ちするミホークは、
あからさまにつまらなそうな表情を向ける。

「あげくの果てには、海王類を通せと?」

「それで、通行許可は?」




数時間前

「えージャックも連れて行こうよー。」
「そんなモノが通るわけがなかろう!」
「でもジャックかわいいよー、おっきくてーでっかくてー。」
「二度も言わんぞ、ダメなものはダメだ!」
「だってパパ、好きなの選べってゆったじゃん!」
「言ったがここを通るには邪魔なんだ!さっさと縄をほどけ!」
「じゃあ、わたしジャックと家出する!」
「家も無いのに何が家出だ、ふざけてないでさっさと縄をほどけ!」
「飛ぶよ!?わたし、飛んで行っちゃうよ!?」

ミホークは騒ぎ立てるアンジェリカを尻目に、
ラッコに繋いでいたロープを解いた。

するとアンジェリカとラッコは泣きそうな顔でミホークを見つめた。
「パパぁ、いいでしょージャックも来たがってるよ。」

「・・・ジャック?」
「この子の名前、ジャックっていうんだって。」
「・・・そうか。」

カームベルトを抜ける直前の洋上、ミホークは巨大なラッコにしがみついて
ねだる子を宥めていた。
海域を抜ける為に使った海王類は、自分のまつげにも満たない小さな友達と
別れる気はなさそうで、どうにもレッドライン越えは
そう楽にはいかないと予測された。

「・・・ならば、そうやってずっとしがみついていろ。おれは知らんぞ。」

ミホークは遥か遠くに見える赤い山を目指し、一人で船を進めた。

海王類、ラッコのジャックは目を輝かせアンジェリカを
落とさないように気をつけながらミホークの船に追随した。

そして現在に至る。



「海王類はここで手放してもらおう、付近をうろつかれては困る。」

「・・・いやだ。」

「っはあ?」

「一度手に入れたモノを手放すのは、おれの主義に反する。」

「どこのガキ大将だよお前!」

老人はミホークの纏う、重苦しくて毒々しい空気に嫌気がさしてきた様子で
椅子に深く腰掛け大きなため息をついた。

「しかたがない、被害報告も少ないラッコだ。
許可はしてやろう。但し、聖地で騒ぎを起こそうものならば、即刻おまえを
賞金首に戻してやる・・・。それに!
会議にも参加してくれ、王下七武海としての
立場をもう少しわきまえるように・・・。」

「妥当だ。」

聖地の使用人は振り返るミホークに頭を下げた。
「ジュラキュール様、お食事のご用意ができております。」
「結構だ、先を急ぐ。」

そう言うと、目もくれずに足早に部屋を出た。
行く先のドアを開けた男がミホークに微笑みかける。

「そんなに急いでどこへ?」

体中が痺れるような、不快な声がミホークに降り掛かる。
必要以上に清潔で美麗に着られた黒いスーツ、
透き通るようなブロンドの髪の男は
ミホークの行く手を阻むかの様に、ドアに手をかけていた。

「お目にかかれて光栄です、ジュラキュール・ミホーク・・・様?」

ミホークは立ち止まったまま、何も答えずに居た。
男は何の脈略も無く、突然ミホークの頬を舐めずるように
顔を近づけて深呼吸をした。

「あああぁ、いい香りだ・・・いい香りがする。」

変態じみた声を上げ、ミホークの耳元にささやきかける。

「貴方は・・・とっても、とってもいい香りがする。血の香りだぁ・・・。」

ミホークは男を見る事も無く、ただずっと動かずに居た。

「いずれ、必ずボクと遊んで下さいまし、、、ミホーク。」





「どうした、鷹の眼。」
立ち止まるミホークに、老人はふと声をかけた。

「・・・邪魔した。」
ミホークは金縛りから解かれたように、そう言うと歩き出した。


ゾクゾクとした寒気がなかなか振り払えなかった。
引き上げられた船とラッコが偉大なる航路の逆走ルートに降ろされ
ミホークは逃げるように聖地を離れた。

やがて、忌まわしいその山が見えなくなると、
ラッコはお腹に乗せた貝をコンコンと叩いた。

そして中から青ざめたアンジェリカが出てきた。
「おぇ、気持ち悪・・・。」
ラッコのジャックはしっぽの先端を船に向け伸ばし、アンジェリカを船に移動させた。

「さくせん成功?」
「・・・うむ。」

ジャックは大波をたてて海に潜って行った。
「・・・ジャック、腹減ったって。」
ミホークはかまわずそのまま船を進めた。

そのまま、5日の航海の中
ジャックは突然いなくなったかと思えばひょっこりと現れるようになり
アンジェリカは前よりも楽しそうに過ごしていた。

一方のミホークは、目的地に近づくにつれ全く笑みも見せなくなっていた。




目の前に現れた島は、よどんだ空気に重たい雲、
いくつにも分かれた巨木の枝がちらほらと低い雲を抜け
光の一つも見えない、何ともジメジメした島だった。

アンジェリカとジャックは開いた口が塞がらず、船から離れられずにいた。
無言で上陸を始めるミホークは、そんな二人を気にも留めずに森の中に入って行った。

アンジェリカも後を追い、急いで船から飛び降りた。
「キュう・・・。」
「ジャック、あんたはそこで待ってなさい。」

そう言うと、アンジェリカは急ぎ足で父の背中を追った。

「パパ、待ってよ。おいてかないで。」
周囲のあまりの重厚な空気に、アンジェリカは大きな声が出なかった。

無言で進んで行くミホークは、森を抜けた広場に出て立ち止まった。
周囲を警戒しながら歩いて来たアンジェリカはミホークの足につまづき転び、
そして、見た事も無い光景に息を止めた。

「これが、現実か。」
「パパ・・・この人たち・・・。」

二人の目の前に広がっていたのは、数えきれない人間の亡がらの山だった。
あたりにはまだ、火薬の匂いが立ちこめている。

目の前だけではない、見渡す限りの死体。
アンジェリカはあまりの恐怖に、涙も声を出なかった。

「アンジー、よく見ておけ。これが戦争の末路だ。」
「・・・。」
「これが歴史だ、幾年月も繰り返されて来た、生命の歴史だ。」
「歴史・・・。」
「歩けるか?」

アンジェリカは倒れたまま、悲しみの終焉を迎えた生命を、
その苦々しさが残る表情をじっと見つめたまま動けなかった。

ミホークは黒刀をおろしアンジェリカをおぶると、
死体の山を越えて歩き出した。
アンジェリカにとって楽しかったこの航海は、
ミホークの言った通りのつらいものとなった。

どこまでも続く火薬の匂い、血の匂い、亡がら。

霧の中から姿を見せた古城は二人を迎えいれるかのように
門が開け放たれ、その先にある重苦しいドアも力なく口を開けている様だった。

ミホークはアンジェリカを降ろすと、小さな手を引き城の中へと入って行った。
城の中にも無数の死体が転がっている。

ミホークはアンジェリカをおいて、城の奥へと歩き去った。


「パパ?」


やがてその姿はアンジェリカの視界から消え、重苦しい不安を感じさせた。

耳を澄ます・・・父のブーツの足音だけが聞こえる。

もうこの島には、自分と父しか生きている人間がいない。
アンジェリカはその現実を肌で感じ取っていた。

やがてミホークは、何体かの遺体をかついで来た。
それを降ろすと、マントを脱ぎその場に落とした。

「リュックおろしていいぞ、アンジー。」
アンジェリカはよくわからずに、リュックを降ろし真っ白な翼を広げた。

ミホークは長いスコップをアンジェリカに持たせると、また遺体をかつぎあげた。

もう父は自分をおぶってくれないと覚悟したアンジェリカは
父の後を追い、外へでた。

森の中の空き地、ここだけは今まで通った場所よりも
少し空気が違った。
破壊された建物の残骸に埋め尽くされてはいるものの
上空の雲が少しだけ薄いようだった。

ミホークはアンジェリカからスコップを取り上げると、
機械の様に正確な長方形の深い穴を掘った。

「これを等間隔で掘るんだ、できるだけ多く。いいな。」

「うん。」


こうしてアンジェリカの掘った穴には、
ミホークが運んで来た遺体が納められていった。


何時間か作業をしていると、アンジェリカは木の陰に気配を感じた。
アンジェリカがその先をじっと見つめていると、
眼を光らせたヒヒが現れた。

アンジェリカはじっとそのヒヒを見つめた。
暗闇にうかぶ獣の影は次第にその数を増やした。
ヒヒ達はおのおの、人間のように武器を背負い
アンジェリカを睨みつけていた。

殺気を感じたアンジェリカは思わず、背中の刀に手をかけた。

「やめろ。」


もう何往復しているだろうか、ミホークはまた遺体をかつぎ
森から歩いてくる。

「ヒューマンドリルだ、おまえが攻撃すれば、やつらも攻撃してくる。
今は遊んでいるヒマはない。穴だけ掘っていろ。」

アンジェリカは頷くと、またスコップを手に取り、作業を続けた。

ミホークも何事も無かったかのように遺体を降ろすと、
また森の中へと消えて行った。

数を数えることもなく、アンジェリカが穴を掘っていると
体の小さなヒヒが、アンジェリカに近寄ってきた。

アンジェリカを見つめ、あたりを見回しヒヒたちの様子を改めて窺った。
まだ子供と思しきそのヒヒは突然、アンジェリカの背に通された刀を
一本抜いた。

「え、おまえ!」

ヒヒは刀を眺めると、その刀でアンジェリカを真似て穴を掘りはじめ、
アンジェリカは呆気にとられたが、自分を真似るヒヒが次第に微笑ましく思えた。

「刀を穴堀りに使うなよな、ははっ。」

次第に、ミホークを真似て遺体をかついでくるヒヒも現れ
ついには、この島に生息する全てのヒヒが、親子の作業を手伝った。

ミホークが最後の遺体を運んで来た。
全ての遺体が、土の下で眠りについたころ、
あたりは微弱な日の光を感じられる明るさになっていた。

ミホークはアンジェリカのもう1本の刀を抜くと、
飛び上がって巨木を斬りつけた。
十字の形に切られた木は、墓場にズシンと音を立てて倒れた。

「アンジー、持ち上げろ。」
「うん・・・。」

アンジェリカは巨大な十字架を墓場の先頭に持ち上げ、土の中に深く突き刺した。

舞い降りたアンジェリカの汚れた顔と手を拭うと、
ミホークは十字架の前に膝をついた。

つられるかのように、ヒヒ達も膝をつき、十字架に向かい深く頭を下げる。

「・・・神の愛する子ら、汝らを終焉の果て、安息の地へと導かん
大天使、ミカエルは此処に祈りを捧げる。
汝らの生命に許しを、祝福を・・・。」

片目をあけたミホークは、祈りを捧げるアンジェリカを見やった。
アンジェリカもミホークに答えるように、小さく頷いた。

天使の祈りの言葉は、静かに美しく
森の中で響く。

やがて、雲が晴れ、光が差し込んだ。

クライガナ島、シッケアール王国

生き残る者もなかった戦争の締結から1ヶ月。

生命は、天使の祈りに導かれ、終焉の果てへと旅立ったのであった。



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