Chapter 24 : 聖告



「ボクはね・・・三角形が好きなんだ。」



ギイ、ギイと音を立てて椅子が揺らいでいた。

向春の空は快晴・・・まだ所々に雪が残るも
顔を出すフキノトウもちらほら。

そんな心地よい空の向こう側には、少しだけ黒い雲も見えるが
それでも太陽はまだキラキラと輝いていた。


「・・・ねえ、ミホーク。そう思わないかい?」

降ろされた黒刀はテーブルに立てかけられている。
ミホークは本をめくりながら、
湯気をたてる温かいコーヒーに手を伸ばした。

ダイニングの対面に座る男には目もくれず、何も格段
気をもむようなこともない、そんな穏やかな日を過ごしていた。

宿のキッチンから、野菜を切る包丁の音が少しゆっくり、リズムよく鳴り響く。

「ねえ、マダム。ボクにもその腐った匂いのするコーヒーを入れておくれよ。」

包丁の音は止むこともなくそのリズムを崩さない。

「ふん、客人に対してずいぶんな態度じゃないか・・・さて、何の話だったかな?
ああ、三角形か。そう、完璧な形の三角形、出来れば鋭角は30度の二等辺でね・・・。
その三角形を切ると、下は台形、上は三角形のまま。
・・・それが理想的な世界の形なんだ、美しくて、バランスもいい。」

男はスーツのネクタイをキュっと結び直し、テーブルに頬杖を付いて話を続けた。

「ボクも・・・神も・・・人間を愛してる。だから、この左右非対称、醜い世界を憂いているんだ。
誰かが強大な力をもって形を整えてあげないといけない・・・
時代はそんな時期にさしかかったんだ。
ほら、誰かから聞いたことはないかい?先代ガブリエルが建造した、エデンの話を・・・。
アレの建造は非常に楽しかったよ、欲をすべて満たす楽園だ・・・全ての生命に
喜びを与えることができて、本当に幸せだった・・・。だけど、それも
つかの間、生命の汚い欲に埋め尽くされて今じゃもう、クズ入れ同然さ・・・それでも
お前たち生命は、しっぽを振ってエデンに入ってくる。ああぁ・・・気分が悪いよ。」

男は顔をしかめ、ふっと自分の前髪に息を吹きかけた。
ミホークはそっと立ち上がると、本棚に本を戻した。


「ビアンカ、昨日の新聞はどこだ?」
「ああ、まとめて表に出してしまってるよね。」

ミホークは宿の表から新聞を取ると、またダイニングに戻り
新聞を開いた。


「おまけに、建造したボクの先代自身が欲にまみれてそれはそれは・・・
醜い姿だったよ。耐えられなかった、ボクは。

だから葬ってやったんだ。

天使を消滅させる方法、知ってるかい?

知りたいだろ?

教えて上げようか?

ねえ、ボクと遊んでよ・・・ミホーク。」

「・・・・。」

男は立ち上がると、ふわふわと本棚に近寄り、並んだ本を凝視した。


「じゃあ、君の祖先の話をしてあげよう。

どうやらがんばって調べてくれたらしいけど、君もただの人間だ・・・
わかることには限界があるだろうからね・・・。

あの日、君の祖先に会った先代は・・・なかなかのキレ者でね。
ちょうどその頃、エデンには神の声が流れると言われる聖杯が届いた。

エゴの芽生えとも言えるかな、聖杯が届いて「神」は天使たちの願いを聞き入れた。

ガブリエルはエデンの建造
ミカエルはイブの実の創造
ラファエルは人間への転生

そう、一番欲深かったのはラファエル・・・
彼の願いは叶うことがなかった

だからかな、転生は天使にとって
永遠の願いとなった。

そこで先代は気がついたんだ・・・・

神に力など無い
堕天を恐れる必要も無い
禁忌なんてないのさ、

そう思わせる感情だ

罪悪感?後悔?恐怖?

そんなのが心を染め行けば・・・
天使は自ずと堕天を望むのさ

人間の感情を選んで身につけたボクたちには、堕天を恐れる必要なんてない。

賢いのさ、ボクたちガブリエルは・・・
そこで出会ったのが君たちの祖先だ
・・・あそこで出会ったのがラファエルだったら・・・ミカエルだったら・・・
運命は大きく変わっていただろう。

だから、消さなくてはいけなかった。
真実を。


後に、1000年の時を経て建造されたエデンに、ボクは聖杯の声の主を
招き入れた・・・無論、そいつは「神」ではないけどね。」


ガブリエルは、ミホークの横の椅子に座り直すと、顔をのぞき込みながら

ミホークの頬に指を這わせた。

「ビアンカ、酒はあるか?」

ミホークは新聞をばさっと畳んで立ち上がり、食器棚に手を伸ばした。

「まだ日は高いよね、何を言い出すかと思えばねぇ。」
「いいではないか、ワインの一つくらいあるだろう。」

ミホークはワイングラスを食器棚から出し、テーブルに置いた。
ビアンカもやれやれと言った表情でグラスに半分、赤いワインを注いだ。」


「まあ、楽にするといい、長いお話になるからね。」


ガブリエルは背もたれに寄りかかると、また椅子をぎいぎいとならし始めた。


「ボクがあの「神」を名乗るサタンをエデンに招き入れた見返りは
・・・時間だ。

時間のコントロールを手に入れることを条件に「神」にしてやったのさ。
ただ、その力を手に入れるタイミングが大事だ・・・。

フフフ、哀れなりサタン。

満足しても満足しきれないエデンをよほど気に入ったのか
出てくることもしない・・・。だから、ボクは全てをコントロールできるのさ。
天も、この世界も・・・地獄をも・・・。


ウソついちゃった・・・地獄にはまだ強敵が居たんだった。
まあ、閉じ込めてるしルシファーが気まぐれを起こさなければ安心だ。


わかるかい?


人間は素晴らしい・・・完璧じゃないから美しい。
感情がある、だからコントロールしやすい。

聖書を読んだかい?
ボクの啓示を受けた人間が作った本を・・・。

ああなるなんて誰が思っただろうか・・・。

ボクの言葉なんて、ほんの一部にしか載ってない。

人間の欲、そのものが書かれた本だ。

伝承ってのは、そうなるものなのさ・・・。真実は隠され
誰かの欲で染まって形を変えてしまう・・・。

だが、今となってはボクには好都合だ。

誰でも名乗れば神、多勢に決めつけられれば悪魔、天使・・・。

差別、迫害、戦争。

ボクが引き起こしたわけじゃない、全部人間の所行だろ?

辿れば、地獄ができたのも人間の所行だ。

ボクはそうやって過ちを犯し続ける人間を、愛してやまない・・・。

それがボクの愛の形だ・・・。


ボクが啓示を与えた20人の人間は、お前らの先祖と
お前らの先祖が分け与えた教義を鵜呑みにした民を消した。

素晴らしい働きをした・・・ボクが眼を見張ったのは
聖地の建造だ・・・あれを見た時はほんとうに、驚いた。
まるで、エデンなのだから!

そして、天とは違い、ここは世界・・・三角形に近い世界だ。
それが、天との違いだよ。

三角形・・・切っても切っても上は三角のままだ。その本当の頂点に立てるのは誰だと思う?
ねえ、ビアンカ?誰だと思う?」

ビアンカはエプロンのひもを結び直すと、またキッチンに向かった。

「まだ、無視するつもりかい・・・。まあいいだろう・・・ボクはこういう語りべをするのは
嫌いじゃない。
まあ、話っていうのは最後のほうに盛り上がる方が面白いからね。
というわけで、正解はボクと愛しい妹だ。
もうじきボクと妹を除く全ての天使が消滅するんだ。そうしたら、ボクと妹は
人間に転生して、地上の楽園で永遠の時を過ごすんだ・・・ああぁ、考えただけでゾクゾクする・・・。」

変態じみた声を上げ、自分の指を舐め上げると
男はテーブルに脚を上げ、ミホークを睨みつけた。

「エデンの建造は失敗だった。
だけど、サタンを欲に埋もれさせ、利用することはできた。
おまえらの祖先の始末も容易くできた・・・ラファエルもミカエルも
神を信じたいが為、神の言葉と言えば何でも言うことを聞く。
・・・扱いやすかったよ。

計算外だったのは、人間がしぶといゴキブリ
みたいな生き物だったというところか・・・。
未だにこんなところで堂々と暮らしているだなんて・・・。
まあ、ボクみたいな高貴な存在は、こんな汚らしい下々の土地には来ないからね・・・。


そうなれば、味方の居ない君らがどんなに吠えようが
問題ないじゃないか。どんなに世界の大剣豪とうたわれようともね・・・ミホーク。


おっと、アンジーを頼りにしてたかい?だめだよ。あの子はボクの為だけに存在する・・・。あの子を上手くまるめ込んだつもりでいたかい?

ふふふっ、残念だったね。

天使はいずれ滅びる、あの子の手によって。」



ガブリエルは胸元をさぐり、何かを投げた。

ダイニングテーブルに音を立てて落ちたのは、十字架のペンダントだった。

「アンジーという名前をつけたのは、おまえかい?ミホーク・・・。
あああ・・・非常に腹立たしいよ・・・。ボクの愛しい妹がおまえのその
汚い手で触れられたかと思うと・・・ね。」

ミホークはふと、テーブルの十字架を見つめると
また新聞に目を戻した。

「ボクがあの子を作ったんだよ・・・。
はあ、いざという時の為に女性器をつけなかったのは正解だったね・・・。
でも、大丈夫・・・次に転生させるときにはちゃんと付けてあげるんだ。
ボクと愛し合うためにね・・・。
ボクとアンジー・・・高貴な血は受け継がれ行く・・・。
フフっ、美しい女性になるだろうね・・・ああ、早くあの子の全てを感じたい・・・
柔らかな唇に、潤む瞳、、、恍惚のあの子の表情が眼に浮かぶよ。

ボクの腕の中で、息を荒げて快がる天使・・・
濡れそぼった彼女の蜜壷に沈み行くボク・・・

二人で至上の快楽に溺れ・・・。


残念だったねミホーク、
君も堪能したかっただろ!?・・・フフッ、、アハハハハハハ!」


新聞を握る、微かな拳の震えを、ガブリエルは見逃さなかった。
未だ表情一つ変えずに新聞の同じ面だけを開いたまま、
民に課せられ、伝承されてきた掟を守ることに必死なのか
隠しきれない怒りの眼は
拳の震えが素早い動きに変わった瞬間、見開かれた。

「ミホーク!およし!!!」

ミホークの行動より早くにビアンカは振り返り、叫んだ。

「やっと本性を現したな!汚れた血のその子孫よ!」

眼にも留まらぬ早さで振り下ろされた黒刀の斬撃は壁を突き抜け、
深い傷跡を地に刻みつけた。

斬撃をよけながら外へ飛び出したガブリエルは翼を広げ、
宙を漂うと自らの唇を舐めずり、ミホークを見下ろした。

「ボクが見えるんだろ・・・ずっと見えてたんだろう?」

「貴様・・・アンジーに何をした!」
「まだ・・・何も。これからだよ、ミホーク。」

ガブリエルはゆっくりと地に降り立ち、ミホークの鷹の眼を見据える。

「子孫よ・・・見てごらん・・・ボクたちは血のつながった一族だ。」

ミホークの視線に先には、近づいてくる黄金の瞳、
黒刀を素早く一振りすると、その瞳は一瞬で姿を消した。


「鷹の眼と呼ばれているそうだね・・・いいことを教えよう。
それは鷹の眼じゃない、天使の眼だ・・・。」

もう一つの鷹の眼がミホークの眼前に再び現れた。
片手で顎を掴まれ、ミホークは顔を動かすこともできない。

「血の匂いだ・・・ねえ、もっと近くで、」
「おのれッ!」

近づく顔に黒刀の柄を突き、ミホークはガブリエルを突き放した。

間合いを取り、素早く斬り掛かるミホークをガブリエルは
不気味な笑みを浮かべながら避ける。

「ボクはそういう遊びをしに来たんじゃないよミホーク、
そう怒らないで・・・ボクとお話しようよ。」

飄々と語るガブリエルの言葉に反応もせず、ミホークは刀を振り続けた。

天使の力、ましてや熾天使ガブリエル。
その力に及ばぬことは分かりきっているが、
血が煮えたぎる身体が無謀な攻撃をやめない。

美麗に誂えられた黒い革靴の底で、ガブリエルはミホークの刀を
軽々と止めてみせた。

「殺さないさ、でも動きは止めておくよ。
君もこの場所の民も、いずれ来るボクの三角形の世界の貴重な労働力だ。
ボクが頂点にいれば、天使が居なくなれば君たちも怯えることはない。
感謝してくれ、我ながら全ての生命が幸せになれる道を選んだつもりだよ?」


身をひるがえし、ミホークを蹴り付けると
ガブリエルはそのまま馬乗りになってミホークの唇を舌先で舐めた。

「それとも、この熾天使に勝てるとでも思ったか?
哀れなり人間よ・・・それでもあなたは美しい・・・。
ボクが天使の力を放棄し、人間に転生する時
その時、ボクはこの世界の全てを手に入れる。

時間も

富も名声も


美しく愛らしいボクの妹、アンジーも

その世界を君に見せてあげる
君は上を見上げて、そして老いていくんだミホーク・・・。

さあ、ボクはもう行かなきゃ・・・。地獄の門にお客様が来たみたいだ。」


ガブリエルは立ち上がると、海岸に向かって歩き出した。



ザンッ・・・



静かな町並みに、生々しいその音が響く・・・


「ぐっ・・・はぁ、はぁ・・・ミホークゥゥゥ・・・。」

流れ出す血をすくいながら、ガブリエルはミホークを睨みつけていた。

「・・・。」


黒刀に付いた血を振り払うと、ミホークはまた刀を構え直した。

「どうして・・・ボクの美しい・・・美しい身体を・・・翼を・・・。」

ガブリエルが振り返った足下には、まだ少しヒクついた翼が横たわる。

「許さないよ・・・せっかくボクが、君を生かしたって言うのに。」

怒りに震え、歯を軋ませるガブリエルに向かい、ミホークは斬撃を飛ばした。

ガブリエルは両手を重ねて、その斬撃を受け止めが
その威力に耐えきれず、後ろに倒れた。

「どうした、翼を失えばその程度か?」

ミホークは口角を上げ、逃げるガブリエルに歩みよった。

「フフ・・フフフ。いいだろう・・・後悔させてやる!絶対に!」

ガブリエルは逃げるように空に舞い上がった。

「両翼を落とせなかったことを!一生後悔するがいい・・・ミホーク!
ボクはまだ、天使だ!アハハハハハ!」


ガブリエルは捨て台詞を吐くとそのまま海を越えるように飛び去った。


[ 29/44 ]

[*prev] [next#]
[もくじ]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -