Chapter 11 : 啓示



「目を閉じたら、あの娘の顔が浮かぶんだ・・・
 あいつはまだ泣いてんのかなあ。」

「なんじゃ、女か。」

「ああ、できねえ約束をしちまった。
 あいつはおれを許しちゃくれねえだろうな。」

「ふん、海賊なんかそんなもんじゃと、わかってくれるさ。」

「ちゃんと伝えたかった・・・。」

「死を目前に、恥もなんもなくなっちまったかい。」

「恥もなにもねえさ・・・けがしないで、何も悲しむ事無く
 過ごしてくれりゃそれでいい・・・まあ、あんなに強い親父がいるんだ。
 心配するこたあねえだろう・・・
 心配するこたあねえ。

 なあ、アンジェリカ。」





陽の差さない城の寒さに耐えられず
アンジェリカは厚手のコートを羽織ると外へ出た。

火を扱ってはいけない自分を暖めるのはヒヒしかいなかった。

木の上に造られたヒヒの寝床に潜り込むと
ヒヒの子供たちの荒っぽい寝相に微笑んで腰をおろした。

「やあ、クイン。邪魔してるよ。」

ヒヒのクインはアンジェリカの裕に3倍もある巨体を揺らして寝床へ入って来た。

「・・・なんでもないよ。パパはまた仕事で出張だ。今回は、長くなるって・・・。」

クインは少し寂しそうな顔のアンジェリカのほっぺをきゅっとつねる。

「やめろよ、なんでもないって。」

きーっきーっと声を上げると、眠っていたクインの子供達が
もぞもぞと寝返りをうった。

「・・・パパとは違うけど、全然違うんだけど・・・。
 エースって信頼できる男だなって。
 それに、わたしを見るあいつの目って・・・すごく温かいんだ。」

クインは嬉しそうに首を縦にふった。

「ねえ、クイン。わたし、もし天使の使命を果たして願いが叶うなら、
 人間の女に転生できるのかな。」

首を傾げるクインは、被さり合った子供のヒヒを少しずらしながら
アンジェリカの顔を見つめた。

「そしたら、エースと・・・愛し合えるのかな。」

「ききっ!きーっ!きーっ!」

「そうだよね、そんなことよりもやらなきゃいけない事いっぱいあるのに・・・。
 ほんとわたし、だめだな・・・。
 それに今回のパパの仕事・・・なんだか、パパ怖い顔してた。
 パパ・・・大丈夫かな。」

クインはアンジェリカにズシンズシンと近寄り、細い身体を抱きしめた。

「ありがと、クイン・・・。おまえの言葉は、いつもわたしを助けてくれるな。」

その時、遠くの方から不気味で大きな音が鳴り響いた。

顔を見合わせたアンジェリカとクインは恐る恐る外を見た。

「なんの音だ・・・?」

あたりを見回すが何も見当たらない。
周りのヒヒ達も方々から集まり、あたりを見回している。
ヒヒの王、リカルドの姿もあった。

「リカルド!何か見えたか?」

リカルドは悠然と胸を張り、島じゅうの気配を伺った。

グヒィグヒィ

低い声でうなると、アンジェリカの方を見やる。

「城の方か・・・なんなんだよまったく、パパがいないときに限って。」

アンジェリカは木を降りて、周囲の変化をうかがった。
リカルドはアンジェリカに近寄ると耳元で何かをささやいた。

「・・・わかった。」





やがて日が暮れ、雲にかすんだ月が見える頃、リカルドは戻って来た。

侵入者がいたようだが、どうやら城からはいなくなったらしい。

「鳥か?空を飛んで行ったんだろ?」

リカルドは困惑の表情でアンジェリカに偵察した内容を話す。

「わかった、大丈夫だろ。いいよ、一人で帰れるさ。お前達も気をつけろよ。」

アンジェリカはそう言うと、城へと走った。

部屋に駆け上がり、部屋のドアにバリケードをはった。

「これで大丈夫!ふう・・・。」

一人になると、侵入者なんかよりも怖いものに襲われる。
孤独と不安・・・アンジェリカは暗い部屋で一人、自分に降り掛かってくる
恐怖のビジョンをかき消すように努めた。
 
コートを脱ぎ、ベッドに入ると
目をぎゅっと閉じて眠気がくるのをひたすら待った。


「・・・欲・・・憎悪・・・恐怖・・・」

「やめろ・・・。」

「・・・嫉妬・・・怨み・・・苦しみ・・・」

「やめさせろ・・・。」

「・・・悲しみ・・・怒り・・・絶望・・・罪悪感・・・無念・・・」

「やめさせろ!」

「空虚・・・おまえには何も制御できないじゃないか。助けが欲しいか?」

「いらない!」

「炎だ・・・。」

「はぁっ!」

思わず声を上げて起き上がったアンジェリカは、部屋に近寄る気配を感じた。
ベッドから立ち上がり、刀を手に取るとバリケードの前で立ち止まった。

どこへ行けばいいかわからない、
脚に力が入らず、何度も転びながら窓際に逃げた。

床にへたり込むと、急いでリュックから翼を解き放ち
叫びだしそうになる口を抑える。

暗闇の中から、あるはずの無い炎が迫っているのを感じた。

"ちゃんと伝えたかった・・・"

炎の中から声が聞こえるのを感じる。

"なあ、アンジェリカ”

「エース・・・?」

"痛い、苦しいっ、、、ここから出してくれ"

「やめろ・・・やめろ・・・エースを離せ・・・。」

エースが、苦しんでいる。
そう感じたアンジェリカは思わず、窓から翼を広げて飛び出した。


背の高い木々に囲まれた湖の上空までたどり着き、周囲を見回した。

「行って・・・行ってどうしようと言うんだ・・・。」

アンジェリカはゆっくりと湖畔に舞い降りると、その場でうずくまった。
暗闇と静寂が身体を包み込む。
だが、頭の中ではまだ何かの声がこだまする。



アンジェリカは視界の隅で漂う、小さな木のボートをぼんやりと見つめた。

まだ島に来たばかりのとき、航海術や造船技術の本をあさり
見よう見まねで初めてアンジェリカが作ったボートだ。
質素だが、頑丈な作りで沈んだことはない。

はじめてミホークを乗せたときは、よろこんでくれた。

「パパ・・・。」

アンジェリカはふわりと浮かび上がると、ボートに座り込んだ。

この湖の真ん中・・・
ここならば声も聞こえなくなる、
そう思い、そう願いながら、アンジェリカは膝をかかえ、うつむいた。

(・・・犯罪者の血・・・。)

(・・・れの親父は・・・)

(・・・んの用だ。)

(・・・フィ!)


どんなに耳をふさいでも、どんなに頭を抱えても。
聞きたくない声が時間を追うごとに増えていく。




(・・・やめてくれ!)

(・・・来るな!)




ここで終わってもいい・・・この世界、人間は辛すぎる。
人間は弱くて、感情が揺れるたびに、迷い傷つき、
それはやがて大切な誰かをも傷つける。


(・・・・っめろおお!)
(・・・みんな、)
(王下・・・・)
(・・・命が、惜しい!)
(処刑を・・・)
(海軍を!・・・)



このまま終われ・・・
灰になってしまえ・・・





(・・・フィ・・・。)
(・・・りがとう。)


胸が、体中が、引きちぎられるような痛みを感じた。
声は次第に消え入り、完全に聞こえなくなった。

「・・・もう、いやだ。」





何時間、何日たったかもわからず
アンジェリカは自分の意識が完全に消え去る
その時を待った。



「おまえはまだ、何もわかってはいない・・・。」
「・・・もう、何も学びたくない。」
「それが本心か?大天使よ。」

ボートに座る、二人の天使は船尾、船首座り向かい合っていた。


「しぶといな・・・人間って。まだ生きてるんだ・・・
 それともわたし、死んだ?」

「生きているよ。
 さあ、おまえが地上に、人間を学びに来た理由を、」
「ミホークの魂を連れ立ち、エデンを守るため。」
「そうしたいと思うか?」
「思いません。わたしがエデンを守るのです。パパには、死んで欲しくない。」


「わたしも、そう思う。」


大天使ミカエル、アンジェリカは膝をかかえうつむいたまま、言葉を紡いだ。

「だけど、わたしは弱い。」
「その通り。今のおまえにエデンは救えない。」
「ならば、いっそわたしは・・・消滅したい。」
「そうはいかない。大天使よ、おまえはこの世界で何を学んだ?」
「怒り・・・悲しみ・・・憎しみ・・・。」
「全てには表と裏がある、その嘆かわしき感情がなければ、
 喜ばしい感情もないのだ。」
「・・・うん。」
「楽しかっただろう、嬉しかっただろう・・・父との日々は。違うか?」
「うん。」
「おまえは真理に近づきつつある、わかるか。」

「真理・・・いえ。」

「我々の祖先は、エデンの為に戦った。
 だが、その頃のエデンはお前の知るエデンとはまったく違っていた。」

「どうして?熾天使ミカエル様。」

「大天使、おまえはエデンを知らない。本当のエデンをな。」

「本当のエデン・・・。」

「大天使よ、本当に力を持つ者・・・それはだれだ?」

「・・・神です。」

「お前は神の姿を見たか?」

「いいえ、神はエデンの中におられる。
 わたしはエデンには入りませんでしたので。」

「わたしもはっきり言うことはできない。
 だが、何が真実かを決断するのは、おまえ自身だ大天使よ。
 その決断をもまた、わたしはおまえに与える権利はない・・・。」

「熾天使ミカエル様・・・ひとつ聞いても?」
「なんだ?」
「愛とは、なんなのでしょうか。」
「・・・愛か。」
「わたしが享受する、父からの愛とエースからの愛は違います。
 ですが、そのどちらも何をもってもたらされているのかわかりません。」
「愛は時により形を変える、それは事実だ。」
「形が、変わる・・・。」
「いずれも今のおまえにとっては・・・救いだ。」


「・・・。」


「では熾天使ミカエルから人間アンジェリカへ啓示を与える。」

「・・・ありがたくお受けいたします、熾天使ミカエル様。」

『希望の灯を絶やすな、世界の希望を絶やすな。
 アンジェリカ、おまえにも力がある。
 その力をもって、世界の希望を生かし、エデンへ戻れ。
 本当のエデンを知り、本当のエデンを守れ。』

「御意・・・。」

「では、顔を上げよ。」

「・・・いやです。」

「どうして・・・。」

「・・・顔を上げれば、揺らいでしまう。」

「なかなか、鍛えられたようだな。見聞色か。」

アンジェリカは肩を震わせ、思わず声を荒げた。

「啓示・・・などと!あなたが地上へ降りるのに、
 他に理由がありますか!!」

「すまない、かえって傷つけることになったか。」

熾天使、ミカエルの影からもう一つの影が姿を現した。

「アンジェリカ・・・許してくれるか。」
「許すよ・・・、わたし・・・わたし!」
「愛してる。」
「うっ、うっ、わたしも・・・愛してる。」

ほのかな温かさが急激にあたりから姿を消した。



「愛してる・・・愛してる・・・。」



アンジェリカは繰り返しそうつぶやいていた。

心に空いた痛々しい穴を埋めるように、
繰り返し、、、繰り返し、、、。

湖の岸には、クインとその子供達がいた。
悲しみにくれるアンジェリカに、クインは静かに声をかけた。



「ごめんね、クイン・・・。まだ動けないんだ。」
「ききっ・・・く。」

「・・・わたしは、だいじょうぶ。しばらく一人にして・・・。」





時折、遠くでは、ヒヒたちが暴れているような声が聞こえる。
だが、今のアンジェリカは顔を上げる事も、立つ事すらできなかった。

やがて、それが止むと聞き覚えのある足音が森に聞こえて来た。










「アンジー。」

ミホークに呼びかけられるも、アンジェリカは振り向く事が出来なかった。

「そんな格好で、風邪をひくぞ。」

木に繋がれたロープを引き、
ミホークはボートを引き寄せた。

「何を泣いている。」
「泣いてない、泣いてないよ。」
「・・・なつかしいな。おまえのはじめての船か。」


アンジェリカは涙を拭いながら、
無理矢理笑顔をつくると、顔を上げた。

それを見たミホークは自分の伝えなければいけない悲しい知らせを飲み込んだ。

「仕事、どうだった?」
「・・・最悪であった。」
「そうか、そうだよね。」
「アンジー、火拳のエースは。」

「死んだ。・・・知ってる。」


ミホークは目を見開き、こぼれそうな涙をこらえるアンジェリカに
かける言葉がみつからなかった。

アンジェリカはよろめきながら、ミホークにしがみついた。

「パパ、わたし分かってる。人は誰でもいつか死ぬ。
 でもね、ジーンが死んだときとか
 ・・・そういうときとは何か、違うんだ。
 だけど、大丈夫。分かってたことなんだ・・・
 辛くなんかない!」


「アンジー、何も言うな。」


「大丈夫なの。わたしは、まだまだやらなきゃいけないことがあるんだ!
 こんなところで
 立ち止まって泣いてるわけにはいかないんだ!強い体と心を手に入れて、エデンを守ら なきゃいけないんだ!
 だから!・・・っだから!」



「・・・恐怖に抑圧されるな。
 心を解き放て、さもなくばおまえはつぶれてしまう・・・アンジー。」


「だ・・・だからざ・・・。」


「アンジー、今は泣け。」


「パパは死なないで。」


湖にうつる月がゆらりと形を変え
森はおぼろげに親子を見つめた

アンジェリカは声も漏らさず、涙も流さず
歯を食いしばり、ミホークを見つめた。


ミホークは身をえぐられる様な思いだった。
どんなに思っても、この子の心が戻ってこないような気がした。


アンジェリカを抱きとめる腕は震え
ミホークは一筋の涙すら流した。



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