Act2-3

「……どういうこと?」

医務室に横たわる見慣れた人物の額にある見慣れない紋様に顔を顰める。硝子を見つめれば険しい顔で首を振るだけ。反転術式じゃどうにもならないらしい。

「なんで津美紀が…」
「何だろうねこの呪い」

目隠しを外して津美紀を見つめる悟も顎に手を当てて考えている様子で、現状が絶望的なことだけは分かった。

「…恵は」
「外で待機してる」
「……起きるまでは高専関連の病院に入院させるよ」

医務室にずらと並ぶ津美紀と同じ紋様を額に浮かばせる寝たきりの人間に思わずため息をついた。

「なんでこんなことに」

非術師な力のない津美紀、禪院家相伝の術式を持つ恵の唯一の家族。いつか何かの呪いに巻き込まれやしないだろうかと思っていた。気をつけて様子を伺っていたのに結局巻き込まれてしまったのか。

「なまえ、大人のお前がそんな顔してちゃダメだろ」
「硝子、」
「恵には僕から言っておくよ」

ポン、と頭に乗せられた手のいつもの暖かさに、なぜか泣きたくなった。
落ち着いてからおいで、とそのまま白帯を再び目元に携えて医務室を出ていく悟を見送った。

「…そんなにひどい顔してる?私」
「驚いたよ。なまえが非術師のことでここまで憔悴するとはな」
「…なにそれ」
「こっちにきたばかりのお前だったら『こんなこと』気にも留めなかっただろう、すっかり所帯染みたな」
「……自分の心境の変化に自分で驚いてるところだよ」


『人間』らしくていいじゃないか、私と同様に津美紀を見下ろす硝子に何と返せばいいのかわからない。

「……ここでこうしてても仕方ないね。そろそろ行くよ」
「ああ」
「……津美紀、早く起きるんだよ」

悟との話が終わったのか医務室にフラフラと入ってくる恵を見ていることができなくて席を外した。





________

外で待っていた悟は私の顔を見るなり「ふっきれた?」と笑う。いつも通りに笑えるかはわからなかったのでこくりと頷く。満足そうに歩き始める悟がどこに向かっているのかは知らないがひとまずついていくことにした。

「恵、大丈夫かな」
「どうだろうね。少しは呪術師やる気出たんじゃない」
「…悟今すんごい不謹慎なこと言ってる自覚ある?」
「でも事実でしょ。あの子には『本気』を出してもらわなきゃならない」
「……『なんで俺が呪術師なんか』って思ってるよまだ」
「うん、だからこんな状況になったら変わらざるを得ないでしょ」

何かを失ってから決めざるを得ない覚悟があることは重々承知だった。若い子供たちがこうして成長していくこともこの何年かで身に染みて理解もしていた。
ただ津美紀のことをその犠牲と考えるのが難しく思えている自分にひどく驚いた。私が落ち込んでも仕方がない、いつか目覚めることを願って見守ることしかできない。


「教育者って、難しいねえ」
「僕は楽しいよ」



気づけばやってきていた、私たちもいつか鍛錬に励んでいた鍛錬場で呪具をブンブンと振り回す真希とパンダと棘の姿に何故かちっとも似つかない過去の自分たちを重ねて眩しくなる。
生徒たちの成長は明るい未来の証拠だと笑う悟にそれはそうだね、とようやく笑うことができた。


「あ、例の子だけど」
「?」
「特級被呪者の」
「あぁ、乙骨憂太ね」
「高専預かり決まったよ」
「秘匿死刑取り消せた?」
「いやー、保留」
「保留ゥ?」
「頑張ったんだよ?僕も。保留にできたの褒めてほしいね」
「ゴリ押ししただけでしょどうせ」
「まあそうなんだけどね」
「早く会いたいなあ、憂太と里香かあ」
「三人にクラスメイトが増えること言っとかないとね」


私と悟に気づいた真希がおーい、と手を振ってくるのが見えてちょっくらやってやるかと距離を詰めて棘とパンダにデコピンを食らわせて真希の足を払う。
受け身も取れず転がるパンダと棘にに思わず笑ってしまった。


「油断大敵〜」
「オイなまえ、奇襲はひどいんじゃね?綿でてないよなこれ?」
「いくらぁ!」
「ふふん、呪力探知だけにかまけてるからだよーっおっー」
「チッ」


足を払った真希の背後からの反撃に良くできましたと心の中で花丸をつけてあげる。


「なまえさん背中に目でもついてんのかッ?!」
「残念、相手の動きを捉えるのは視覚だけじゃないんだな」

長物を振り回して距離を取る真希に、近接で反撃してくるパンダと棘。棘は呪言がメインのはずなのによく動けてて素養の高さがうかがえるしパンダも大きな体躯を活かしたダイナミックな攻撃が出来てて今年の一年のレベルの高さに舌を巻く。


「なまえー、僕そろそろいくよー」
「はいはーい」

三人の攻撃をいなしながら悟に手を振って見送る。そんな私たちのやりとりに三人の殺気が膨れ上がったのがわかって笑ってしまう。


「ごめんごめん、ちゃんとやってるよ?」
「なんでこんなに余裕そうなんだよ!」
「さすがにこんなんでやられるようじゃ先生にはなれないからね」
「ムカつく」
「こんぶこんぶ」
「ーー、ほらほら。強くならないと死んじゃうよ?」



顔を歪めながらどんどん私の動きについてこようとする三人ににんまりと笑みが溢れる。この子達はこれからどう成長していくのだろうか、できれば何も失うことなく成長してほしいと願いながらもいつものように生徒たちを地面に沈めていくのだった。


「くっそ〜今日こそなまえさんの両足も解禁させてやろうと思ったのに!」
「すじこ〜」
「なまえってマジでゴリラが人間に擬態してるとかじゃねーよな?」
「失礼なっ!こんなに可愛いレディに向かってゴリラですって??」
「レディ?どこ?」
「高菜」
「な、いねーよなレディなんて俺にはピンクのゴリラしか見えてない」
「ふふふ、三人ともそんなに死にたかったなんて先生知らなかったなーぁ」


ぷすぷすぷすと盛り上がる三人の頭のたんこぶに満足してパッパと手を払う。


「あ、もうすぐ転校生くるからね」
「「は?」」


顔を見合わせている三人がどんなやつ?と聞いてくるけれど私も会ったことないの、と言えばなんだよそれと呆れられた。
「クラスメイトロッカーに詰めたらしいよ。ファンキーだよね。どんな子かな?楽しみだね」といえば三人ともなんとも言えない表情を浮かべていたせいでちょっと笑えた。



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