Act2-4

「なまえ、どうなってんだあれ」
「高菜」

廃病院の呪霊を難なく祓ったパンダと棘の不満そうな顔に苦笑を漏らす。そう言われても私も今日まで会ったことなかったからさあ、と言い訳をすれば二人からジト目を送られた。


「まあでも、他人からの前情報でその為人を知るより本人から話聞いて仲良くなって欲しかったんじゃない?」
「……悟となまえが何も言わねーから無駄に怖がらせちまったでしょうが」
「それは確かに。あんなにオドオドした子だとは思わなくてさあ。真希言い過ぎてないといいんだけど」


俯きがちで背が丸くなった男の子。あんまり生徒で見かけないタイプの子だなというのが第一印象。
背負う呪霊の禍々しさからは考えられないほど『良い子そう』だった。マキと棘とパンダに威嚇されてる憂太を見て、そういや私もこっちにきたばかりの日、悟とガチでやりあったっけ、なんて自分がこの世界にやってきた日のことを思い出してあまりの懐かしさにクスリと笑みをこぼす。


「……『たった四人の同級生』だからさ、いろいろあると思うけど、みんなで支え合って強くなってよ」
「…いくら?」
「うん?うん。先生もね、昔が懐かしくなる日だってあるんだよ」
「なまえババアくせえぞ」
「アハハ、パンダ綿引き摺り出されたいの?
ー私がここにきてもう十二年だもんね。時が経つのって早いねー、怖。」


脳裏を掠める眩い記憶にどうしたって隣にいた彼を思い出さずにはいられない。こんなに思い出すのは久しぶりかもしれない。あれがなければ、これがなければ。ああしていれば、今も四人で肩を並べて歩いていられたのだろうかと何度もシミュレーションしてしまう。ひどく傲慢でわがままな『もしも』を考えるのをやめたのはいつごろだっただろうか。
訝しげに私を見やるパンダと棘の背中を押して帰りの車に乗り込もうとしたところで、近くに低級呪霊が背中に乗っている重みでなのか女性が道端で蹲っているのが見えた。女性の肩を支えるついでに持っていた短刀で見られないように呪霊を祓う。「大丈夫ですか」、と声をかけたところでそこまで体が自然に動いていたことに気づいた。
学生時代口酸っぱく言われていた彼の「弱きを助けよ」という言葉が頭の中で何度もリフレインしていた。当時は弱い奴が悪いなんて言ってあんなに反発していたというのに、いつしか一般人を「守るべきもの」として認識していたらしい。私もいつの間にか随分大人になったものだ。






△▼




「悟、嬉しそうだね」


家に帰ってきてからというもの、鼻歌でも歌い始めそうなほど楽しげな悟に珍しいこともあるもんだな、と冷蔵庫から取り出したペットボトルのラベルを確認してまあいいか、と風呂上がりに乾いた喉を潤す。強炭酸が喉を刺激しながら食道を通り抜けた。「まあね。あんなの見ちゃあね」ククク、と喉を鳴らす悟にはてと今日一日を回顧し、乙骨憂太が一年のクラスにやってきたことと、パンダと棘の実習後、帰ってきた高専で悟からの報告に学長が頭を抱えていたことを思い出した。


「あぁ、憂太と里香?」
「そう。愛であれだけの呪力練れるんだもん。自分で言っといてなんだけど『愛ほど歪んだ呪いはない』ってどんぴしゃだよね!」


ケラケラと笑う悟を見つめながらいつも向けられる『愛』を反芻して確かに、と心の中で独言る。


「それにしても一般の出の女の子がああなるってほんとなんなんだろうね」
「……私も全容見たかったな。影でもすごいオーラだったし、本気でやったら祓えるかなあ」
「憂太が里香を使いこなせるようになったらわからないね。オンボロ傘じゃきついんじゃない?」
「んー、たしかにこの子じゃもうきついなあ。もう日除けにしか使ってないしね。まあ、今の憂太じゃ負ける気しないね!デコピンで死ぬねあれは!びしびし扱かなきゃ!」


つぎはぎのない場所がないくらい傘に生地を重ねて呪具職人に修理されている傘を一瞥しながら横に無造作に置かれた短刀に視線を移す。
気を取られた瞬間に後ろから首元にぎゅうと腕を回してくる巨体の横腹を摘めば「いてて、久しぶりなんだしイチャイチャしようよ」なんて言うので少し強めに摘む。連動するように首にまわる腕が力を増した。


「なまえが冷たーい。ねえねえ僕のことほんとに好き〜??呪うくらい好き〜???」
「何そのめんどくさい質問」
「あー!面倒くさいって言った!!ヒッドー!!」


ぐりぐりと肩に押しつけられる悟の額にそんなに押しつけたら跡になるよ、と言おうとしてやめた。


「悟のこと好きって気づいてもう十年以上も経つんだね」
「あぁ、二年の時だったもんね」
「……なんかね、今日憂太が転校してきたところが自分がここにやってきたときのこととだぶってね、夏油のことすごい思い出した」
「待って。思い出すなら僕のことでしょ?!浮気宣言!?」
「なんでよ。私ね、ずっとどうしたら止められたんだろうって何回も考えてた。悟も、きっと何度も考えてたよね。今まで、夏油の話避けてたでしょう」
「…うん、そうだね。」



肩口に顔を乗せたままこちらを見上げる悟を見ながらまだ今より生意気で学生服を着ていた悟のことを思い 出す。夏油がいなくなってからの悟の成長を思い返して胸が少し痛む。軽薄で軽率に人をおちょくるところは全く変わってないけれど、全てを一人で背負うようになった悟の大きな体には今、一体どれだけの重みが乗っかかっているんだろう。…夏油があの頃持っていた量は持てていないだろうけれど、少しは一緒に背負えているのだろうか。


「悟」
「なに?」
「私、昔夏油が言ってたように『弱きを助ける』べく動いてる今の悟が好きだよ」
「どうしたの急に」
「今日ね、私も自然に非術師助けるために動いてることに気づいてね、昔はあんなに夏油の言うことに反発してたのに結局夏油の言うこと聞いてんじゃんって笑っちゃいそうになったの」
「………」
「悟も、今も夏油のこと大切に思ってるんだな、って思ったら急に愛おしく思えちゃった」
「……あいつは僕の唯一の親友だからね」
「ふふ、悟って意外と一途だよね」
「何言ってんの。僕ほど一途な男いないでしょうが。お前僕の貴重な十代の爆発しそうな性欲を封印させたこと忘れたの?」



こちらを睨み上げてくる恨めしげな視線に思わず笑ってしまう。
夏油の話をちゃんと二人でしたのは、十年前のあの日、彼に気絶させられて目が覚めた時以来だった。
お互いに触れないようにしてたわけじゃない、多分、夏油のことを話せるほど、特に私の方が気持ちの整理がついてなかった。悟はそれを分かっていたのだろうと思う。


「傑はいつか、僕達の前に現れるよ」


優しげでもあり、少し寂しげにそういう悟に頭を撫でられて、「そうだね」とつぶやいて瞼を閉じた。



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