Act2-1

眩しい日差しを感じて目が覚めた。引っ越してきたばかりでまだカーテンのついていない寝室はダイレクトに朝日を受け入れていた。
よっと上体を起こせばかけた毛布が捲れ、中からシーツに波打つピンク頭が見えてどんな寝相だよ、と笑ってしまう。自分に寄り添うように、まるで赤ちゃんが母親の胎の中にいる時のような体制で眠っているなまえの少し空いた口から涎が垂れていて本当にガキのようだった。それすら愛おしく思える自分はおそらく末期だ。
先にシャワーでも浴びるかとなるべく音を立てないように寝室を後にする。
せっかく二人で住める場所を手に入れたのに、肝心のなまえは職員寮から出ようとしなかった。家を買ってすぐ僕が長期の出張に行っていたからかもしれない。なまえがいると思ってなるべく早く仕事を終わらせて新居に帰ったっていうのにそこになまえの姿はなく、暗い部屋にダンボールの山だけ積まれてた時の僕の気持ちわかる?まさかと思って高専のなまえの部屋に突撃したら「あれ?出張終わったの?」なんて笑うなまえを見たら抑えが効かなくて新居に連れ込んでめちゃくちゃに抱き潰した。眠ったのはついさっきのことだ。まだ三、四時間程度しかたっていない。


「ん、さとる…」
「あれ、起きた?」


僕が寝室に戻ってきた気配で目が覚めたのか掠れた声で眠気眼のなまえはまだ夢と現実を揺蕩っているようだった。日差しが直接肌に触れているわけじゃないから大丈夫だろうけど、早くカーテンつけなきゃな、と光を浴びて反射する全身の白い肌に毛布をかけ直す。ゆっくりと起き上がって瞼を擦るなまえの手首を掴んで目元にキスを送ればこそばそうに身を捩った。時計を見ればまだ朝の七時前。僕と違っていつもよく眠るなまえはきっと眠いだろう。


「寝てて良いよ。それか朝ごはん食べる?」
「たべる」
「はいはい準備するよ」
「私もシャワー」
「おっいいね!僕ももう一回入ろうかな?洗いっこする?」
「もうしないよ?」
「残念」


会話しているうちに完全に目覚めてしまったのか、恥じらうことなく全裸で足取り軽く風呂場に歩いていくなまえの姿に苦笑を漏らす。昨日結構激しかったと思うんだけどなー。全然平気そうじゃん。

風呂場に姿を消したなまえの準備が終わるまでにさっさと作ってしまうかとシャカシャカと泡立て器を動かしているうちにそういや高専時代にも作ったっけ、と懐かしく思った。



「なんでこっちきてなかったの?」


もぐもぐと出来上がったばかりのパンケーキを食べ進めるなまえに、帰ったらいると思ってドア開けたのにいなかった時のショックわかる?と問いただせば顔を顰めたなまえが言いにくそうにもごもごと口を動かしていた。
その顔を見てなんとなく理由はわかったがどうしてもなまえの口から言わせたいのであ〜寂しかったなあ〜おかえり〜って迎えて欲しかったのにな〜と嫌みたらしく言ってやれば観念したようになまえが口を開く。


「だって悟いない家に帰ってきても私が寂しいじゃん、…高専なら学生たちも硝子もいるし」


うーん、前半100点後半0点。僕のいない寂しさ学生たちで埋めれるの?嘘でしょ?僕は埋まらないよ?


「だーめ。僕いなくてもこっちに帰ってきてよ」
「なんで」
「急に帰ってくることもあるし今日みたいにいないと買った意味ない」
「教えてくれたら帰るよ」
「なんでそんなに寮に拘るんだよ」
「だって……私家事できないんだもん。悟がいない間にいろいろ壊したらヤだし…その、掃除だってできるようになりたいしご飯も、できたら…作りたい…食べる方が好きだけど…。
津美紀も高校生になるでしょ?受験終わったらいろいろ教えてもらおうと思って…」
「エッ?!思ったより可愛い理由だった!」
「もう!私のことはいいから!それより例の子は?」


クラスメイトロッカーに詰めたんだっけ?恵よりファンキーじゃん。笑うなまえにみんながお前みたいにファンキーで済ませればいいんだけどねと苦笑いを漏らす。


「上の爺さんたちは困ったものだね」
「またあ??」
「秘匿死刑にしようとしてるみたいだ」
「はァ?ほんっと臆病者ばっかりだね」
「うん、でもまあ、高専で預かるよ。押し通す。」
「金次と合うかなあ」
「いや、次の一年に入れる」
「え?そうなの?まあ、今の時期からって微妙だもんね。そっか〜次の一年も楽しそうだね」
笑うなまえの口元に残っている食べカスをとってやれば恥ずかしそうに照れた。裸は照れないのにこういうことは照れるなまえの思考回路はいまだにわからない。だが可愛いので良し。



「もう僕だけが最強の時代も終わりかな」
「そんなに強いの?」
「まあね」
「十代の悟だったら絶対言わないセリフだね〜」
「僕も大人になったってことかな」
「それもだけど、夢が叶いつつあるんでしょ」


御三家も上層部もリセットするんでしょ?挑戦的に僕を見上げるなまえの右手には重力に従って落ちそうなほど大きなパンケーキがフォークにぶすりと刺されていて、早く食べろよと笑えば慌てて口の中に入れてリスのように頬を膨らませた。


「大丈夫、どこまでもついていくよ」
「はァ〜〜頼もしいね、やっぱりもう一回しない?」
「しない」
「ちぇ〜〜〜っ」



仕方ない、テーブルの向こうに座るなまえに身を乗り出してキスをすればメープルシロップの香りが広がってテカテカの唇はとてつもなく甘くて、控えめに言っても最高だった。



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