帰省

「なまえってさ、普段は宇宙にいたわけ?」


サングラスがずれた目元を可笑しそうに緩めながら昨日のバラエティ見た?なんて言いそうなトーンでかけられた言葉に面食らう。
何度来たかわからない馴染みの店主が中華鍋を力強く振る中華料理店の中でずるずる、かちゃかちゃ、とラーメンを啜ったりチャーハンをかきこむおじさんたちを背景に、私も周りのお客さんと同様にズルズルとラーメンを啜っているところで、唐突中の唐突な話題に突然なんだ?と思わずラーメンを拾う箸を止めた。宇宙と言われて思いつくのは、もちろん私がこの世界に来る前のこと。前の世界の話をしようもんなら「帰ろうとしてるんじゃないだろうな」なんて言いながら目を凄ませてきたと言うのに、何でもないことのようにこんな話題をぶっ込んできた悟が意外すぎて口の中にある麺を処理できず「へあ?」なんて意味のわからない音を紡ぎ出してしまった。


「宇宙海賊なんたらにいたんでしょ?春巻きだっけ?」
「…春雨、ね」
「あ、そうそうそれ。ふざけた名前」
「ふざけてないし!どの星からも恐れられるそれはそれはおそろしーい犯罪集団だったんだから!」
「ふふ…、えっと?カムイとアブトだっけ?お前のパパ」
「……そうだけど。なに。いつも口にしたら怒るのに」
「んー?いや、前から思ってたけどオマエの世界って楽しそうだよね。自由な感じ、僕がそっちで生まれてたらどうだったんだろう」


ラーメンの向こう側で私の口の中に放り込まれるのを待っていた春巻きをさらってサクッと軽快な音を立てながら咀嚼した悟は「僕も春巻きに入ってたかな〜??」なんて言いながら楽しそうに笑っている。何を意図して発言しているのかわからない悟の真意が知りたくてラーメンを食べる手を完全に止めながらレンズの倍率でもあげるみたいに悟を凝視した。そんな叶いもしないタラレバを言う人間じゃないことくらいここ何年かの付き合いでわかっている。超リアリスト、現実逃避したいことがあっても絶対に目を逸らさないこの男が発したとは思えない不可解な発言に、これはもしかして何か弱みを見せたい意思表示の一つなんだろうか、なんて深読みをして、どんな言葉を返していいのかもわからず眉間に皺を寄せた。


「ふは、こっわい顔。春巻き一個ぐらいいーじゃんホラ僕の杏仁豆腐あげるから」
「…別に春巻き一個ぐらい、いいよ。……悟が甘いもの譲ってくれるなんて、疲れてるの?」
「僕はいつだってなまえにならあげてもいいと思ってるよ、なんでも」


今までヘラヘラとした態度をとっていた悟が急に真剣な表情を帯びるもんだから、ぐっと息が詰まってまだ消化されてないちゃんと噛むことすらせず丸呑みのように飲み込んだラーメンが胃の中でぐるぐる塒を巻いているような気分になった。話を逸らされた気がする。悟が視界を遮るサングラスの下、白い肌、目元に浮かぶ気づかないくらいの少しの陰は、…夏油がいなくなってからずっと、そこにあるものだった。


「…そんな顔しないでいいよ。オマエはうまそうにメシ食ってる顔が一番かわいい。ほら早く食べな」


そう言って柔らかく笑う悟の表情は普段と変わりなく、お皿に油の水溜りでも作ったような餃子を拾って私の口に突っ込んできた。「うまい?」「……おいしい」「そ、よかった」花でも綻んだように笑う悟に拭いきれない違和感。ほらほら、なんて休憩する間もなく口に突っ込まれていく餃子に、エビチリに、チャーハンに、…春巻き。六眼で口の中の様子まで見えているのかタイミングよく入ってくるおかずの下で湯気の量が減ったラーメンがどんどん伸びてふやけていく。悟が送ってくるおかずの合間に伸びたラーメンを掬えば、ふやけてお箸で挟んではすぐちぎれていく麺を恨めしく睨みつけた。そんな私を心底おかしそうに笑っって「……オマエといるとほんといつでも笑えるわ」と数年前までの口調の悟に心臓がキュウと引き攣れて、ラーメン鉢ごと持ち上げて汁と一緒に胃に流し込んだ。空になったラーメン鉢をゴン、と机に叩きつければ、ぽかん、と間抜けに口を開けてこちらを見ている悟と目があった。


「大丈夫。私が死ぬまでは悟を笑わせてあげる」
「………プロポーズ?」
「……ばか」


ラーメン鉢を叩きつけた音が大きすぎたのか、店中から聞こえていた食器と食器がぶつかる音が消失していて、忙しなくご飯を食べてたおじさん達が一斉にこちらを見ていた。中華鍋を振っていた気のいい店主がやってきて、「……おめでとさん」なんて言いながらおかわりのできたてほやほやのラーメンが目の前に置かれて、途端に周囲は拍手やニヤニヤした笑みや笑い声に包まれて、あまりの恥ずかしさに頭から火を吹きそうになった。そんな私を見て顔をくしゃくしゃにしながら悟が笑うからまあいいかと思うくらいには好きなのだから、もうどうしようもないね。
今思うと、悟が突然あの世界の話を口にするなんて、何かしらのフラグが立っていたのかもしれない。







「よかった!元に戻ってこれた!」


そうはしゃぐ眼鏡の少年とは打って変わって、私は眼前の景色を夢以外認めたくなくてしきりに頬をつねった。全力で。悪い夢なら醒めてくれ。頬が伸びる限界まで抓れども抓れども夢は醒めない。「何してんの」と大きな手に頬を苛める手を嗜められて痛みでか情けなさからでか潤む瞳で見上げれば、ぼやけた輪郭の悟が優しそうに笑うから、余計泣きたくなった。


「………、江戸」
「……マジ???」


私の一言で全てを察したのか悟は興味深そうに周囲をキョロキョロと見回した。
がやがや、わあわあ、人々の賑わう声ややけに鼻につく砂埃の香り。今までいた無機物が視界を埋め尽くすような背の高いビル群もない、空が広く見渡せる広い道のど真ん中で、突然現れた私たちを訝しげにみながら距離をとって歩く人波の中で立ち竦む。なぜか私は『地球』の『江戸』に戻ってきたらしい。


─と、いうのも。中華料理店からの帰り道ふんふんと軽快な鼻歌を漏らし、すこぶる上機嫌な悟の態度に楽しくなって私も一緒になって鼻歌を重ね合わせて帰路についていたのだが、突然近くから感じた呪霊の気配に二人で立ち止まった。決して雑魚じゃない呪霊が街中に突然現れるなんて、何事。一瞬夏油の仕業かと思ったが、隣の悟の様子を見るにそういうわけではなさそうで、被害が出る前に急行することになった。呪霊の気配に誘われるように暗くて細い路地裏に進むと、奥から人の悲鳴が耳に届き駆ける足に力を入れた。
目視した呪霊は今にも人に遅いかかろうとしていて差していた傘を閉じ、槍投げの要領でぶん投げれば貫通した呪霊は断末魔のような悲鳴を上げてハラハラと燃えカスになった灰のようにゆらゆらと捉え所のない残滓を振り撒きながら消えていく。生まれが呪いなだけあって、呪霊が消える瞬間というのはいつも後味が悪い。呪霊に貫通した後そのまま勢いが殺され、薄暗くビルの影に陽を遮られた路地裏に落ちた傘を拾い上げて呪霊に追い詰められていた珍しい和服姿の少年を見下ろし手を伸ばした。


「ふー、セーフセーフ!怪我ない?大丈夫?」

見たところかすり傷の一つもなさそうな自分よりも少し年下そうな童顔の少年に手を伸ばせば大きな眼鏡の向こうの瞳が動揺に揺れた。呪霊なんて変なものみて怯えているのかもしれない。パニックを起こした助けた相手に罵倒されることも、怯えた表情を向けられるのもここ数年で慣れたものだったので伸ばした手を元に戻す。補助監督にでもきてもらって保護してもらったほうがいいかな、とポケットのスマホを取り出した。


「え、…え?ど、どういうこと…貴女…夜、」
「なまえ!」
「なに、どうし…ぶふ!」


やけに焦りを孕んだ悟の声色に驚いて振り返れば、ものすごい勢いで腕をつかまれ引き寄せられる。持ち上げるつもりなのかというくらい腰を抱き寄せられ、頭をこれでもかと胸元に押し付けられて流石に苦しい。いったい何なんだとひとまず気道を確保すれば眼鏡の少年が「やっぱり、夜兎の…」と呟くのが見えて今度はそちらに驚いてしまう。
そんな私の動揺が伝わったのか、それとも悟自身も少年の『夜兎』という言葉に動揺したのか、私を抱き寄せる腕に力が入る。


「ねえ、君、こいつを知ってるの」
「さ、悟…」
「え、え?あ、いや、はい、でも、え?」
「なんだよ。釈然としないな。…だいたいわかるよ、君、この世界の人間じゃないよね」
「「─は?」」
「なまえと同じ。君から全く呪力を感じられない。…どうやって『ここ』に来た?君ももしかしてさっきの呪霊に食われてきた?…いや、それはないか。なまえは呪霊の胎からでてきたんだし」


ブツブツと自分の中で纏めきれていないような思考を紡いでいく悟の言葉に驚くのは私の方で。─悟が言いたいことは、あの眼鏡の少年が私のいた世界からやってきたということで。思わず少年を問い詰めようと悟の腕から逃れようとすると、「行くな」と引き留められる。サングラスの向こうの蒼いはずの瞳がやけに緋く燃えているように見えた。もちろん、悟の拘束なんて私にとっては突き飛ばせる程度のものでしかない。でも、私には、夏油に、おいていかれた私たちには、そんなことできるはずもなくて黙って悟に体を委ねた。─その瞬間路地裏ではありえないくらいの、目も開けていられないほどの閃光が私たちを襲う。どこかデジャブのような、懐かしささえ覚えるそれがなんなのか、なんとなくわかってしまって。悟を巻き込んでしまうかもしれない不安感と悟から離れたくない執着心が一瞬葛藤して、手が震える。

「なまえ、大丈夫。ちゃんと掴んでて」

その言葉と、その声色に安心して眩しすぎる光から逃げるように悟の学ランに顔を押し付けた─…。


─とまあ、そんなこんなで目が覚めたら妙に見覚えのある街並みに戦々恐々としながら一緒に転移した眼鏡の少年の話を聞けば江戸でした。ということなんだけれど…


「そんなことある?!?!」


絶叫がひらけた空に響き渡った。

「…へー……ここがなまえのいた世界?…ははーすっご。みんな呪力ないじゃんウケる。…ていうかなーんも見えないんだけど」


視界を遮るサングラスも外して周囲をきょろきょろと伺い、見たことないくらい眉間に皺を寄せながら目を細めている悟は「パンピーってこんな視え方なんだー不便ー」なんてケラケラ笑っていて、そのあまりのノリの軽さに巻き込んでしまった罪悪感からか緊張していた体が弛緩していく。


「呪力も練れるみたい」
「………そう…、ていうか何が起きたの…?」
「うーん…なんだろう。何かの術式が発動したのは間違いない。空間転移、っていうより時空の歪み?さっきの呪霊の影響じゃなさそうだな…」
「……あ、のーすいません、きっと僕のせいです」


おずおずと申し訳なさそうに挙手する少年は気まずさを全面に押し出した苦笑いでことの経緯を語った。戸惑っている様子の少年にこちらの事情も併せ伝えればどんどん青ざめていく顔色にまあ普通の人間に「貴方違う世界に行ってたんだよ」なんて言っても頭おかしいと思われるだけだなと苦笑を漏らした。


「それで、新、一くん…「新八です」新八くん、は、そのカラクリにぶちこまれて、気づいたらあそこにいた、って?」

─はい、瞼を伏せてそう肯く少年の背中がやけにしょぼくれていて、隣の悟と比較するとどうにも頼りなさげさが際立った。仲間内がふざけるのに巻き込まれ、知人が作ったカラクリにぶちこまれて眩い光に包まれたと思ったら、訳の分からない場所にいつの間かいて、気づいたら死にかけてた。トラウマもののその話を辿々しくも懸命に伝えようとするその姿勢に悟と顔を見合わせて小さく頷き合う。


「そのカラクリ?見に行こうか」
「そうだね、悟が見たら何かわかるかもしれないし。帰る方法もわかるかも」
「…………あ、の。ずっと気になってたんですけど」
「?なに?」
「貴女、春雨の、夜兎族の方ですよね?─吉原で、神威さんと一緒にいました、よね?」
「─え?」
「その、そちらの方はさっきの世界の人、っていうのはなんとなくわかるし、戻りたいのもわかるんですけど、貴女は神威さんたちのところには戻らな─ッ?!」


悪意なんてかけらもない少年の言葉に大人気なく反応した隣から溢れ出んばかりの殺気に苦笑を漏らして元凶の頭を小突く。「痛いな」と舌打ち混じりに眉間にこれでもかと皺を寄せる悟は悪びれもせずサッと顔色を変えた少年に向かって「言葉には気をつけようね」なんて向こうからしたら訳のわからない言いがかりをつけているのにたまらずため息を漏らした。


「悟、やめなって」
「なんであいつの肩持つのやっぱり居残りたいの?未練でも思い出した?絶対無理だし絶対連れ帰るからな」
「…はあ、何も言ってないでしょ?」
「…さっきからため息つくなよ」


すりすりと犬のように首筋に擦り寄ってくるでかい巨体の背を撫でながらぽかんと呆けた顔を浮かべている新吾…、くんにごめんね、とハンドサインを送ればよく知らない男女の縺れ合いなどみたくもないのか視線を逸らされた。面倒くさい男ムーブ中の悟を引き剥がすのは簡単だが拗ねてしまうのが必至だろうしどうしたものだろうか。そろそろ往来の好奇にさらされた視線が少し鬱陶しい。


「悟、そろそろカラクリ見に行……、」
「…………なまえ?」


見慣れたピンクサーモンの三つ編みを揺らしたミイラ姿が視界の端によぎって、慌てて視線がそれを追いかける。包帯の隙間から覗く懐かしすぎる深い青がまるでゾンビでも見るかのような驚きに染まっているのを見て、頭の中の思考が全部ストップした。突然固まった私の首元に顔を埋めていた悟が私の名前を呼んでいるのをどこか遠いところに感じる。
包帯を巻いた彼とは違って、大きな傘で身体を覆う大好きだった安心する低い声で「なまえ、」と私の名を呼ぶ音が脳を揺らしたせいで、蝶が花の蜜の香りに誘われるように足が一歩前に進んだ。


「なまえ」
「、さ、とる、」
「……あれが、カムイと、アブト?」


複雑そうに眉間に寄せられた皺、ぐっと体の奥から絞り出したみたいな声。音を発することもできず小さく肯いた私を抱き寄せていた腕がゆっくりと解れていく。背中を押されて、苦虫を噛み潰したような顔をして「…行って来なよ」と言う悟はとてもじゃないが行ってこいという顔をしていないけれど、私はいてもたってもいられなくて呆けている二人に向かって駆け出した。



「神威、阿伏兎っ…!」
「うお!あぶねえ!」
「……ホントに、なまえ?…死んだんじゃなかったの?亡霊?」
「ううん、生きてる、わたし、ちゃんと生きてた…!」


ぎゅうとしがみつくには邪魔な傘を放り投げて、全身全霊で飛びつけば、手慣れたように抱き留めてくれる二人に安心して体を預けた。


「二人ともなんで地球にいるの?」
「いろいろあってさ、視察みたいなもん」
「視察ぅ?妹のストーカーの間違いだろ」
「─は?ストーカー?」
「あはは阿伏兎ぶっ殺すよ?」
「……なんか神威感じ変わった?」
「お前もね?あはは。なんだこの感じ。家出娘がやっと見つかった感じ?」
「……お前さん、本当になまえ、か?」
「…阿伏兎、私の顔忘れちゃったの?」
「いや、ちげえ。…すっかり見ねェ間に女らしくなったな、と…髪、切っちまったのか?」
「うん、いろいろ、あって」
「阿伏兎、セクハラ親父みたいだネ」
「うるせえぞコラ!
このすっとこどっこい!二年以上も行方くらませて急に現れるなんておじさん心臓止まっちまうだろうが。今までどこで何してた」
「ひいいん阿伏兎のパパみが懐かしいよおおお」
「あーうるせえうるせえ。やっぱお前さんなまえだな」


よしよし、と懐かしい厚い皮のがしがしした手に撫でられて、指に髪が引っかかる感覚が懐かしくて、頭に乗せられた手に触れると今まで握った手のどれよりも暖かいそれにひどく安心した。



「なまえ」


耳に馴染み過ぎたその声で完全に二人に委ねていた体を起こす。私を抱き留めていた二人は自然と声の主、悟の方に意識が向いていた。


「誰?」
「ドーモ。感動の再会してるとこ悪いんだけどさ、ソレ、今は僕のだからそろそろ返してもらえる?」
「「─は?」」
「ちょっと。物扱い?」
「おいで、なまえ。」


悟のその言葉に、二人の体が瞬時に強張った。なんですぐ煽るのかなあ、なんて呆れながら神威と阿伏兎の手を握る。阿伏兎の皮が分厚くなって刺刺した大きな手も、神威の包帯が巻かれて温度が感じられないしなやかな手も、懐かしくて涙が出そうだ。今こうやって握るのが、きっと最期なのだと思うと、どうにも離れがたい。あの日に、死ぬのだと思ったあの瞬間に、疾うにもう会えないことなんて覚悟していたのに。


「神威、阿伏兎、」
「ちょ、ちょ、ちょっとまて、なまえ、おめェ、なんだその顔」
「ん、なんだろう、すごい照れる。…あの人、五条悟って言うんだけど、私の、好き、な人」
「は、」
「は?」
「………そ、そういうことだから」
「ちょっと待て、なまえ。どういうこった、もう帰ってこねェつもりか?」


昔より眉間の皺が濃くなった気がする阿伏兎に強い眦を向けられる。神威はいつもニコニコと笑みを湛えていた目元を見開きながら、私を黙って見ていた。春雨にいたころとは全然違う向けられる視線の鋭さに少し、寂しさを抱く。もう昔とはちがうのだと、何も知らずにただ言われるがまま生きていた自分とは変わってしまったことの達成感と、少しの申し訳なさ。
もう二度と会えないだろうけれど、私を憶えていてほしくてぎゅーーーーっと、痕が残るんじゃないだろうかというくらい二人の手を握り締めたら、阿伏兎にチョップをされた。いつも通り容赦のない脳天貫くダメージに薄く涙を浮かべる。涙に理由ができて、少しホッとした。



「うん。私、行きたいところ出来たから、春雨には帰れない」
「地球に住むってことか?」


阿伏兎の問いにふりふりと首を横に振った。


「地球なんだけど、ここじゃないの。未来みたいな、だけど未来でもなくて、多分もう二度と二人に会えないところに帰る。二人とも、私に居場所くれてありがとう。お別れの挨拶、できてなくてずっと、気にしてたから、帰ってこられて、会えてよかった。二人とも、大好き。死ぬまで元気でいてね」
「……このすっとこどっこいの隣にいたらいつおっ死ぬかわかったもんじゃねえよ」
「なまえ」
「うん、神威」
「お前も元気でね、─なんて、言うと思った?」
「─へ、」


握っていたはずの手を強すぎる力でぐんと引き寄せられて、突然のことで受け身も取れずそのまま阿伏兎に体を押し付けられた。と思えば猛スピードで悟に突っ込んでいく神威に血の気が引く。


「神威!!!止まって!!!」
「ええー、なまえ、そこは僕の心配するとこでしょ?」


余裕綽々と態とらしく掌印を組んでいる悟に思わず顔を顰める。悟に向かって繰り出された神威のトップスピードに乗った右ストレートは悟のわずか30cmほど手前で収束し、力で押し込もうとしているのか神威の拳が悟との無限の間でぐらぐらと揺れている。


「………オマエ、何者?」
「さっきなまえが言ってたでしょ?五条悟、なまえの愛しのダーリンですこんにちはお義父さん、なまえさんを僕にください
「は?」「イロイロ違う!」
「もー、いいじゃん細かいことはー。まさか僕がこんなセリフ言う日が来るなんてね。あと二年もすりゃそうなるし将来は結婚だし今のうちに言っとかなきゃ」
「は?」「何言ってんの馬鹿あ!!」


ヒュ〜ウと頭上から聞こえる軽快な口笛にカアアと血液が頭に上ってくる感覚にクラクラする。「オイなまえ色男捕まえたなァ。駆け落ちなんてお熱いじゃねーの」なんて楽しそうにしている阿伏兎の足を踏んづけた。「イッテェ!!」と絶叫している阿伏兎の顎にも頭突きをお見舞いしてやる。あまりの恥ずかしさで頭から火を吹きそうだった。


「やー、よかったね、なまえ。ちゃんとパパたちに結婚の挨拶できて。オマエからプロポーズされた日にこんなことになるなんて僕ツイてるなー。これで安心してもらえるんじゃない?ほら僕みたいなナイスガイで最強な男と一緒ならなんの心配もないってわかってもらえたと思うし」
「もう!!!悟は!!!黙ってて!!!!!!!」
「オーイオイオイ、オマエから言ったのか?はーーァなーんも興味なかったオマエがねえ??こんな日が来るなんてオジサン嬉しくて涙がでそうだねェ」
「ちょっと阿伏兎、なんでお前はそっちの味方なんだよ」
「いいじゃねーの。あのなまえがだぞ?全方向に鈍感ななまえが好きなやつって紹介しに来たんだ。認めてやれよ、それに好きな男との結婚認めなかった父親が娘から受ける末路知ってっか?「パパなんて大嫌い」ってやつよォ」
「だから!!!結婚するんじゃないってば!!!!」


私の叫びが江戸の晴れ渡る空に響き渡った。──














「…ってことがあったの」


疲れた様子で大きく息をついたなまえについに頭でも割れたか?と後頭部を撫でつけるがいつも通り馬鹿みたいな髪色がさらりと揺れるだけだった。


「………白昼夢か?」
「ちーがーうーのー!!だから、悟と私の元の世界に帰ってさあ!もうこっち帰ってこれないかと思ってちょー焦ったんだから!」
「………疲れてるならさっさと寝ろ。寮はあっちだ」
「ちーがーくーてー!!
たまたま地球に来てた阿伏兎と神威に会えたのは良かったんだけど、なんでか知らないけど二人に私悟と結婚すると思われてこっち帰って来ちゃったの!!」
「…………式はするのか?五条も18になったことだし一応結婚はできるぞ」
「?!?!硝子までなんてこと言うの?!」


もうホントに大変だったんだから!神威と悟は道の往来で暴れ出すわ、阿伏兎には根掘り葉掘り悟のこと聞き出されるわ、終いには一連の元凶のカラクリ作った人が見つからなくて!適当に操作し始めたおにーさんにカラクリにぶち込まれるわで帰ってこれるか本当に不安だったんだからね?!悟がこの世界から消えたら大変じゃん?!私なんてことしちゃったんだ!ってほんともう焦っちゃってさー!なんてわけのわからないことをわあわあ喚くなまえ。この女の支離滅裂な話など何度目かもわからないので適当に相槌を打ちながらタバコに火をつける。ぶうぶう文句を垂れてはいるものの、顔はどこかすっきりとしていて、広角は少し上がっているし、どことなく喜色漲る優しい雰囲気漂うなまえからはその言葉のほとんどから惚気のような柔い温度しか感じられなかった。先日見かけた五条も珍しく剣が取れて穏やかだったし、今日も平和だな、と肺に充満した煙をふうっと晴れた空に向かって吐き出した。






まゆ様、今回はリク企画にご参加いただきありがとうございました!
執筆にかなーーりのお時間いただいてしまい、本当に申し訳ありませんでした…!里帰りのお話の構成をどうするか最後まで悩んで悩んで悩んで、結局番外編の帰省のお話を五条と一緒に行っていたらというifのお話として書かせていただきました!
もともと書いていた帰省の部分と被るところがあるので、どうかな〜〜…と思ったのですが、帰省のすぐあとに五と転移するお話と、数年後に帰るお話といろいろパターンを変えて書いてみたのですがどれもしっくり来ず、このような形となりました。
応援メッセージも一緒に添えてくださり、ありがとうございました!読んでくださる方の応援があるからこそ、夢書きは続けていけるようなところがあるので本当に助かります。
今後とも楽しんでいただけるようなお話を書いていければと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

今回は素敵なリクエストをありがとうございました!


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