僕にとっての君が生まれた日

私は激しく動揺している。今私は上京してくるまで見たこともなかったような地元にはないおしゃれなダイニングバーのバイト中なのだが、三年働いてきて一番やばいお客様に遭遇している。数時間前に来店した四人組のお客様の癖の強さに動揺を隠せない。他の従業員も口には出さないが『五番卓のお客様、やばくない?』と表情が物語っている。田舎出身のくせに、芸能人の方もたまに来店されるおかげで、お客様に対してある程度耐性のついてきた私どころか有名芸能人のご来店でさえ表情を崩さないベテランのスタッフのホスピタリティ精神でさえ瓦解させるお客様が『たくさんの』お料理と『たくさんの』お酒に舌鼓を打たれている。すでにお会計の金額は今までに見たことのない金額まで膨れ上がっている。…全てにおいて注目を集めすぎる彼らは一体何をされている方々なのか。彼らは周囲のお客様の視線を一身に受けているが気にもしていない。

「すみません」

耳元で囁かれたら腰から砕けそうな艶のある声にハッと意識を引き戻す。声の出どころは件の五番卓である。人当たりの良さそうな、だがどこか胡散臭さの垣間見える笑顔を浮かべた流し目がこちらに向いていた。サラサラの黒髪ハーフアップの男性。一房顔にかかる前髪がセクシーだ。まだ、注文するのだろうか。今度はなんだ。酒か?飯か?

「はい、お伺いいたします」
「なまえ、何が食べたいって?」
「えー、んーっとね、このお肉美味しかったからあと五人前は食べたい」
「……まだ食うのか?」
「硝子に言われたくなーい。一人でどんだけ飲んでんの??」
「うるさい。飲まなきゃなまえと飯なんて恥ずかしくていけない」
「ひどくない?!」
「はは、お姉さん、じゃあこれ五つとさっきのボトルもう一本お願いできる?」
「かしこ、まりました…」
「……ほら店員引いてるぞ」
「絶対硝子のせいもあるからね」

方やポテトを口に放り込みながら、方やワインボトルとワイングラスを両手に持っている美女二人の言い合いに内心冷や汗を垂らす。いけないいけない。お客様に不快感を与えては。無心でオーダーを取るのだ。ステーキ五人前一人で食べるつもりなのこのピンク頭さん?!テーブルに散乱したワインボトルさっきからほとんど涙黒子さんの胃の中に消えていってるけど肝臓どうなってんの?!なんて思ってない。

「お姉さん僕ココナッツジュースね。あとチーズケーキとジェラートも」

そしてこの個性の塊のような席で誰よりもヤバいのがこの人。頭はKポアイドルを彷彿とさせる脱色した白髪でありえないほど足が長くて背がでかい。極め付けに横顔から覗く黒いサングラスの向こうの目がが宝石のように綺麗な青い瞳である。外国の方かと思って英語のメニューも用意したが苦笑しながらこれはいいよと突き返された。日本人らしい。
あとさっきからお酒も頼まずにあんまいドリンクとデザートばっかり注文してる。キャラが濃い。糖尿病予備軍だ絶対。
 
「あー、私もチーズケーキ食べたい」
「僕の一口あげるよ」
「一口で足りるわけないんですけど」
「…まあなまえなら大丈夫か。じゃあチーズケーキふたつで」
「かしこまりました」
「私はさっきのクラフトビールをもらえるかな」
「はい、かしこまりまし…」
「あー、なまえケチャップ口についてるよ?」
「え?ほんと?どこ?」
「とったげるね」

私の相槌を遮って白髪さんとピンク頭さんが仲良さげに話し始める。恋人同士なのかもしれない、入店してからずっと二人の距離は近い。…この二人が並ぶと絵面が完全にKポアイドルの熱愛場面だ。ハンディにオーダーを入力し終わってふと視線をあげると、白髪さんはサングラスを長い人差し指でひっかけてその顔の全容を今にも曝け出さんとしていた。失礼なのは重々承知だが溢れ出るイケメンオーラに素顔が気になり過ぎていたので白髪さんから視線を逸らせず私はごくりと生唾を飲んでしまう。ついに現れた白髪さんの顔面に驚く間も無く、ぺろ、とピンク頭さんの口元についたケチャップを舌先で舐めた白髪さんの色気の凄まじさに倒れるかと思った。周囲のお客様方も動揺しているのかさっきからカトラリーが至る所で落ちる音が聞こえる。

「ん、とれたよ」
「…普通にとってよ」
「わー!なんでそんな嫌そうにゴシゴシすんの?!」
「おいお前ら気持ち悪いもん見せんな」
「悟ジュースで酔ったのかい?…あ、ごめんねお姉さん。もういいよ。」
「…あ、そうだ!お姉さん予約してたやつだけど30分後くらいに持ってきてくれる?…アハハ真っ赤になっちゃったかわいー」


にこり、笑った黒髪ハーフアップさんの美貌とKポアイドルさんの会心のウインクとかわいい発言(完全にリップサービスですねわかってます)に私のHPは完全にゼロになった。風化寸前である。
はい…となんとか振り絞ったか細い声で返事をするだけしてふらふらと厨房に引っ込んだ。あんなレベルの人間が普通に存在している都会ってすごい…いいもの見させていただきました、ありがとうございました…
ベテランスタッフの先輩に命からがらKポアイドルさんの伝言を伝えると出てきたブツに驚いた。…これ、倒さずに持っていけるのかな…







呪術高専東京校にて教鞭をとる級友たちは、五条の「最近あつくなってきたね〜!そうだ!みんなで今晩ご飯いこう!」という脈絡もクソもない思いつきという名の揺るがない決定事項にそれぞれ忙しいスケジュールを調整して一軒のダイニングバーで顔を突き合わせていた。
学生時代から恥ずかしげもなくどこでもバカスカ食いまくるなまえとの外食に辟易していた家入が五条の提案に珍しく躊躇い一つ見せず「お前の奢りだぞ」と言うのになまえは一瞬首を傾げたが、親友の家入が一緒にご飯に行ってくれるというので五条の提案に飛びついた。夏油は猿の蔓延る店に行くのは敬遠したいが仕方ないねと本当にその穏やかな表情から出てきたとは思えないほどの暴言を吐いていた。級友たちは以前夏油の非術師は全て猿もう猿のために働きたくない事変から夏油のこのような発言に慣れていたので特に気にしてはいない。


「ほらほら僕らの友情に〜かんぱ〜い!」
「何そのダサい乾杯」
「なんでノンアル頼んでる奴が音頭取ってんの?」
「四人で顔付き合わせて飲むの卒業の日ぶりだね」


五条が掲げたグラスに対応したのは五条の親友だけだった。夏油はこういうところで無視された五条は誰かが付き合うまでひたすらウザ絡みしてくることを知っていたのでさっさと終わらせるために付き合っただけに過ぎないが。満足げにぷは〜!なんて言ってジュースを煽る五条に一同は呆れた顔を浮かべている。


「まさかみんなで先生になっちゃうなんてねえ!」
「私は医師だけど」
「硝子も国家試験お疲れ様」
「祝いの酒は?」
「ふふ、最後まで付き合うよ。なまえはどうする?」
「せっかくだし飲むよ」
「えー!今日はノンアル仲間してくれないの?ってなまえ!それ僕が注文したんだけどなんで食べてんの!」
「硝子の祝酒だけ付き合うよ」
「なまえはまだ酒のうまさわかんないの?」
「んー、美味しくない。全く酔えないし楽しくもない」
「お子ちゃまなのか大人なのかわかんないね」
「夏油、それうまい?」
「ん?どうぞ。硝子のももらえる?」


次々と机上に並ぶ料理は殆どがなまえの胃の中に消えていく。各々自分の食べるものは自分の前にキープするのがなまえと食事するときの暗黙のルールになっていたので家入と夏油の前には少量のつまみ、五条は余っているものを食べようとしてなまえに掻っ攫われ、今食べようと思ってたのに〜なんて言いながらなまえにくっつく、というのを繰り返していた。五条はルールを知りながらもわざとなまえにくっついて文句を言いたいだけだと二人は知っているのでもちろん無視である。なまえに関しては聞いてすらいない。


「今年の夏も暑いね」
「ホント。困るよ〜日差しきついとやる気もいつもの三割減だし。学生との鍛錬も室内ばっかだ最近」
「なまえは最終学年の時から講師やってたからか学生との距離の取り方うまいよね」
「そう?未だに建物壊しちゃって夜蛾先生にブチ切れられてるから多分私子供みたいに思われてんじゃない?なんかさー、私たちってホントガキだった?最近の子たちすごい大人びてるって言うか七海みたいな子ばっかなんだけど」
「確かにお前らは本当にどうしようもなかった」
「硝子こそタバコバカスカ吸うわ寮に酒瓶ストックしてるわやりたい放題だったじゃん?!なんで問題児私たち三人だけみたいな風を装えた?!」
「私は高専に迷惑かけたことほとんどないだろ。
なまえは校舎すぐ壊すし食料食い尽くすし」
「うっ」
「五条はすぐ上層部煽るしデリカシー無いし常にガラ悪いし」
「えー、それほどでもー」
「夏油は非術師のこと猿とか言い出して急に任務ボイコットしだすし」
「若気の至りってやつだね」
「最終的にオマエら三人は誰も手につけられないほど喧嘩しだすし」
「だってー、夏油が非術師猿って言い出したのむかついたんだもーんゴリラって言われてもイラつかないけど猿って言われるとイラつくーなんか弱そうに聞こえるし」
「誰もなまえのこと猿って言ってないよ」
「その喧嘩は傑が構ってちゃん発動しただけでしょ?僕となまえは巻き込まれただけー」
「………悟?ここでもう一回やってあげてもいいけど?」
「一人でやってろよ構ってちゃん
「あーもう!普段カップルかよってくらい仲良いくせになんでそんなすぐ喧嘩すんの?!」
「「気持ち悪いこと言わないでくれる?」」
「ほら息ぴったり」
「「……」」


二人して死んだ魚の目をしてそっぽを向いてしまったことになまえは呆れつつもクスクスと笑う。すぐにさっきまで喧嘩していたことなど忘れて楽しそうに笑い始めるのだからなんだかんだで仲がいい同期である。
その後もそれぞれに今受け持っている生徒の話や昔の思い出話に花を咲かせていれば時間が経つのはあっという間なもので、お洒落なテーブルの上には隙間がないくらい空いたグラスやワインボトル、空のプレートが所狭しに広がっていた。
そんな楽しいはずの同期四人水入らずの飲みの場で、なまえは信じられないものを見て、聞いてしまった。一気に楽しくて高揚していた気分が急激に冷えていくのを感じる。


「…………」


みしり、なまえはとうとう持っていたステーキナイフを怒りのあまり握りつぶしてしまった。それを見たさっきまで顔を赤くして照れていた店員の顔が青ざめ「お客様大丈夫でしょうか…!」とすぐになまえに心配の視線を送ってくる気の良さそうなところもなまえの癇に障ってくる。

「…ごめんなさい、弁償するのでお会計につけておいてください」
「い、いえ…!とんでもありません…!お怪我はありませんか?」
「なまえ何してんの?!」
「…ハァー…。お姉さんもういいよ。さっきこいつが言ってたの持ってきてもらえる?」
「は、はい…!お待ちください」

なまえはさっきから気の利く店員をやけに構う五条に苛ついていた。さっきなんてわざわざサングラス外してまでウインクしていたし、「かわいー」なんて言っていた。五条が自分以外の女に「かわいー」なんて言っているのを初めて聞いたので思わず「は?」と言ってしまった。確かにあの店員はかなり整った顔をしているし、大人しそうだし力も弱そう、明らかに己より女子力が高いことが見て取れる。料理やドリンクを運んできては五条を見て照れたように頬を染める姿になまえはついに我慢ならずステーキにぶすりとフォークをさしてナイフを握りつぶしてしまった。ちなみに肉は丸呑みだ。その様子を見て家入は店員を退けた後酒を煽って我関せずだし、夏油は「悟は相変わらず困った子だね」なんて母親のように五条を諭している。五条に至っては夏油の忠告を聞き流して店員がはけていった方をソワソワと見やっている始末。普通恋人の前でそんなあからさまなことする?怒りのあまりなまえは肉に刺したフォークを誤って五条の頭に刺しそうだった。五枚の肉はあっという間になまえの胃の中に消えていったが、目の前に置かれた五条とお揃いのチーズケーキは食べる気にもならなかった。


「……気分悪い。もう帰る」
「…は?!なんで?!」
「お前のせいだろクズ」
「もう、悟はなんで最後までスマートに決められないのかな」


ハァーと深くため息をつく同期二人と帰り支度を始めるなまえに五条はワタワタと慌て出す。ここでなまえに帰られたら今日もともと予定を空けてくれていたのに当日ご飯に誘った体で己の茶番に付き合ってくれた同期二人の優しさすら無に帰してしまう。なんとかなまえを帰すまいと巨体を活かして通せんぼすればキッとこちらを睨みつけるなまえの目元が潤んでいることに気づき動揺する。え?…泣いて…え??五条はさっきまで楽しそうに笑っていたなまえが何故泣きそうになっているのか甚だ理解できないでいた。


「なまえ?なんで泣いてんの?」
「……泣いてないし」
「ちょ、ちょちょ待って!帰んないで!」
「うるさい!さっきの『かわいー店員』とよろしくやってれば?!馬鹿じゃないの?!」


なまえがそう言ったのと同時に店内の照明がワントーン落ち、流れていた上品なジャズミュージックの音が消える。へ?と声を漏らしたなまえの背後から「なまえさん、おめでとうございま〜す」と言いながら渦中の『かわいー店員』と他の店員が誰もが聞いたことのあるバースデーソングをBGMに絶妙なバランスで盛り付けられたカットフルーツの彩りが美しいクロカンブッシュを持ってきた。し〜んとしたその場にクロカンブッシュに刺さった花火の爆ぜる音と無情なバースデーソングだけが鳴り響く地獄のような空間が広がる。周りの客からは修羅場を迎えそうだったカップルのグダグダなサプライズバースデーに困惑しながも拍手を送られている。
五条は冷や汗をかいた。思ってたより仰々しい。


「へ?は?なに?」


目の前の美しいシュークリームのタワーと、プレートに書かれた自分の名前に並ぶハッピーバースデーになまえは意味がわからなくて情報が全く完結していなかった。


「お写真撮られますか?」
「お願いしまーす」


広がる地獄もなんのその、気の利く『かわいー店員』の提案に全く情報が完結していないなまえとここしばらくこのサプライズのことばかり考えていたのに思い通りにいかなかったショックで固まっていた五条を引っ張って夏油と家入は笑顔で写真に収まった。肝心の発案者と当事者はなんの感情も乗っていない真顔である。あと五年は笑えてしまいそうな仕上がりに二人は腹を抱えて笑った。


「どういうこと??」
「ふ、ふふ、…今日なんの日か覚えてる?ふふ…」
「…いや、わかんないけど」
「今日、ふふ…なまえがこっちにきた日なんだって、ちゃんと覚えてた悟かわいいよね、ふふ…あー駄目だ笑ってしまう」
「ククッ…なまえが戸籍作る時自分の誕生日知らないって言ってたの気にして今日にしたらしいよ、なまえのこと祝いたいつーからきてやったのにこんなグダるか?あーこの写真歌姫先輩に送っとこ」


なまえは夏油と家入の言葉にようやくこの状況を理解できて成程と独言た。ーだが一つ解せない。

「でもあの子のことかわいーって」
「「それは単純に悟(五条)が悪い」」

二人の言葉になまえは未だフリーズしている五条を見た。ダラダラと冷や汗をかいている。なまえはこんなに情けない五条を見るのは初めてのことだった。未だ店員をかわいーと言ったりウインクしたりしていたのを許したわけではないが、自分を祝おうとしてくれた気持ちは素直に嬉しかったので思わず笑ってしまう。

「ふふ、なにそれ。悟いつまで固まってるの?おっかしー」
「…僕、まじで店員にかわいーなんて言った?記憶にないんだけど」
「ソワソワしすぎてたから何か言わないと間が持たなかったんじゃないか?今日ずっと挙動不審だったし」
「なまえの口についたケチャップ舐めた時は帰るか迷った」
「あーもう!怒ったの馬鹿みたいじゃん!みんなーありがとう!三人のことだーいすき!」

なまえは勢い余って力強く抱きつきかけたが家入が目に入って慌てて優しく三人を抱き寄せた。
「よかった、潰されるかと思った」
「もうっ硝子は素直じゃないんだから〜!夏油も、ありがとうね!」
「なまえおめでとう」
「悟!怒ってごめんね!だいすきだよ」
「!僕も好き……」

今度こそぎゅーと力強く五条に抱きついたなまえは満面の笑みで喜びを滾らせている。
周囲の客はド派手な四人組の修羅場がなんとか丸く収まったことを悟って今度こそ温かい拍手をなまえに送り始める。

「わ、めっちゃ見られてた!恥ずかし!ありがとーございまーす!
てかこのシュークリームちょーキレー!みんなで食べよ!」
「…私はいい。なまえと五条で食べたら」
「そんなこと言わずにー!」

甘いものが苦手な家入の口に無理やりシュークリームを突っ込んだなまえがあまりにも楽しそうだったので顔を顰めながら甘ったるいそれを家入は渋々咀嚼することにした。

「なまえ僕にもあ〜んして」
「夏油あ〜ん
「ふふ、ありがとうなまえ」
「……え??僕は?え?なまえやっぱり怒ってる?!ごめんって!」
「夏油もう一個食べる?」
「うん、もらおうかな?」
「なんで!!僕は!!??ねえなまえ!なまえちゃ〜ん?きょうのこれ企画したの僕なんだよ?ご褒美ください!なまえ〜!」
「はい、夏油あ〜ん

ねえ!僕にもあーんしてくださいお願いします!五条の悲鳴にも似た叫びとなまえたちの笑う声が暫く響いていた。




はと様、今回はリク企画へご参加くださりありがとうございました!
夏油の離反なしの世界だったのでありえないくらい平和なお話を書かせていただいてとても楽しかったです!笑
書いてて楽しすぎて長くなりすぎました。すみません…
はと様にも楽しんでいただけると幸いです!今回は素敵なリクエストありがとうございました!!


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