十弥(とおや・高1)
 
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..十弥side
 

卒業式の日に涼一と別れた。
多分、そのほうが良いと思ったから。涼一のことが本当に好きだったのか、ただ何となく付き合っていたのか、今となってはよくわからない。
でも泣きじゃくる涼一を残して街を離れるのは、少し辛かった。
 
4月から新しい土地での生活が始まり、慣れる頃には梅雨の季節になっていた。学校とピアノ教室と家の往復で目まぐるしい日々を送るなか、とある噂を耳にした。
涼一が荒れているという噂。夜な夜な遊び歩き、何度か補導もされたらしい。中学時代の後輩に電話してみると、学校にもあまり来ていないと言っていた。
理由はわからないけど、自分のせいかもしれないと思った。何とかしなきゃいけない気がして駅に向かったけど、切符を買う手前でためらった。会ってどうするのか。自分に何ができるのか。もし仮に俺が振ったせいで荒れたとして、いま自分が会いに行ってどうするのか。気持ちには応えられないのに。
駅を後にすると、空にはどんよりとした雲が広がっていた。多分、今の俺にできることはない。
 
「またうわの空」
「あ」
 
ピアノを止めて顔を上げると、先生が心配そうに俺を見ていた。
 
「悩み事?」
「いや」
「今日はもう好きな曲弾いていいよ。授業にならないから」
「すみません」
「なに弾く?」
 
俺は少し考えてから、ある曲を弾き始める。
 
「楽譜は?」
「いらない」
 
すごく慣れたその曲は、涼一がいつも弾いてと頼む曲だった。なんかもう、無我夢中で弾いた。弾き終わってから、先生が言った。
 
「いいね。十弥君らしくなくて。その曲、今年のコンクールの課題曲の一つなんだけど、それ弾こうか」
「え」
 
一瞬戸惑った。個人的な感情が入ってしまいそうで、何となく嫌だった。でも逆に、いっそのこと思いを込めてしまえばラクかもしれないと思った。
俺はその曲を弾いている時だけ、感情を抑えることをやめた。迷いとか、苛立ちとか、涼一へのよくわからない思いとか、全部その曲に詰め込んだ。
 
コンクールの評価はそこそこだった。先生はコンクールで弾いた曲を一枚のCDにしてくれた。そのCDを涼一に送ろうかと思ったけど、すぐにやめた。どうにも聴く気になれないその感情的なCDを、俺は引き出しの奥のほうに置いた。
いつか、渡せる時が来たら渡そうと思う。それがいつになるかはわからないけれど、例えば涼一に自分より大切な人ができて、俺との事が懐かしい思い出に変わった時、ちゃんと会いに行って渡そうと思う。
その時は俺も、少しは自分の気持ちに自信の持てる大人になっているといい。
 
そんな事を考えながら、ゆっくりと引き出しを閉めた。
 

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..涼一side



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