野麦さん@


好きな人が出来た。
大学時代に付き合ってた紗理奈ちゃんのことを引きずりまくっていた俺が、就職して二年目、やっと吹っ切れて違う人を想えるようになった。

「ねぇねぇ蓮くーん、いい店知らな−い?出来れば優しい女の子がいいんだけど」
問題はその相手がこの、四十代のおじさんってところなんだけど。
「野麦さん…まだ性欲あるんですか」
俺はトラックの後ろから缶ジュースが入った箱を下ろす。
「当たり前じゃーん、まだ四十代だよ?おじさんだからって舐めないでよー」
野麦さんは自販機の鍵を開けながらへらへら笑っている。
「………」
惚れられてるなんて知りもしないで、野麦さんは下ネタをかましまくってくる。
「おじさん、実は結構Mなんだけど、」
「ッ、はぁッ!?」
「さすがにSMの女王様は怖いからさぁー、適度にいじめてくれる女の子がいいんだよ、知らない?」
「しっ…知りませんよ!もう、変な話ばっかしてないで、早くやっちゃってくださいよ!」
俺は野麦さんに缶ジュースの入った箱を渡して、その場を急いで離れた。
「どこ行くの−?」
「トイレです!」
俺は自分の若さを恥じる。
こんな会話で興奮してしまうとは。


トイレでこっそり抜いてしまった俺は、なんだか野麦さんに合わせる顔がなくて、それからはずっと素っ気なくしてしまっていた。
そのままとっとと家に帰りたいところだったが、今日に限って他の社員さんの結婚祝いの飲み会があるのだった。

「いいなぁ新婚!一番楽しい時だよ!」
野麦さんは生ビールを飲みまくりながら新婚社員をからかいに行く。
「おじさんみたいに失敗するなよー!」
野麦さんは、バツイチだった。
若い頃に年上の女性と結婚していたのだ。子供はいないらしい。
「野麦さん、優しそうなのに、どうして別れたんですか?」
俺は失礼かな、とも思ったんだけど、酒が入ってるせいもあって気になりすぐに聞いてしまった。
野麦さんは優しいから、全然気にしてない様子で笑う。
「まぁー、相手が違う人選んじゃったからな」
不倫か。
確かに浮気はするよりされそうなタイプの人だ。
「俺には無いもの、いっぱい持ってる人見つけたみたいだからさ。引き止められなかったのよ」
えへへ、と酒のせいで顔を真っ赤にして笑っているのは俺よりかなり上のおじさんなのに、なんだか愛しかった。
この人を幸せにしてあげたいなって思うんだけど、男の俺には到底無理な話だ。
でも女にこの人を取られるのは、なんだか嫌だ。
恋をしてる時って、どうしてこうも身勝手になってしまうんだろう。
「蓮くんは彼女いないの?」
店員さんが鶏の唐揚げを持ってきたのを眺めていると、野麦さんがそう聞いてきた。
「…いないですよ」
「蓮くんカッコいいから、選ぶ相手いっぱいいるだろーね。おじさんにも紹介してね」
「しません」
「ひどーい!」
野麦さんが大きく開けた口の中に、唐揚げを放り込む。
熱い熱いと言いながら、野麦さんは楽しそうにしていた。


「うーーー、ぎもぢわるい……」
まだ一次会だと言うのに、野麦さんはバカみたいに飲んで店の外の溝に向かって蛙のような鳴き声を出していた。
「お酒強くないクセに飲むから」
他の社員さんが呆れている。
「二次会行かない人いるー?誰か野麦さん送ってあげてよ」
野麦さんと同期のちゃきちゃきした女性社員が皆に声をかける。
「あ…、じゃあ、俺送ってきます」
「えー蓮くん二次会行こーよー!」
受付の事務員さんがこれまたべろべろになりながら声をかけてくる。
「あんたも帰るの!」
酔っぱらい事務員さんは他の冷静な事務員さんに引っ張られて行った。
「じゃあ、悪いけど野麦さんのことは蓮くん、よろしく頼むね」
皆俺に申し訳なさそうにして、有り難がってくれたけど、有り難いのは俺の方だった。
好きな人とは少しでも長くいたいものだ。


野麦さんは景観が少し汚いアパートに住んでいた。
きれいなアパートは若い女の子や男の子に譲るべきだという謎の気遣いから、このアパートを選んだらしい。
肩を組んで運んで、ようやく玄関前に着いた。
「鍵、どこですか?」
「ズボンのポッケ…」
右側に入っているらしく、右腕を俺の肩に回している野麦さんは左手を伸ばすが取りにくそうにする。
「あー、もう」
俺は野麦さんのスラックスのポケットに手を突っ込んだ。
なんだか股間をまさぐってる気分でヤバイ。
あー、もう、こんなんでムラムラしてくる。
ようやく取れた鍵には、さるぼぼが付いていた。
わけわかんないけど、このおじさん可愛すぎだろ。

ドアを開けると真っ暗だった。
電気の位置もわからないが、狭い玄関で靴を脱ぐ。
上がってすぐがキッチンで、その奥に部屋があるのがなんとなく確認できた。
暗闇に構わずずんずん進む。
がしゃんっと何かを倒した音がした。
野麦さんがぶつかったらしい。
「ちょ、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫」
ほんとかよ、と思い進むと足元に布団がある感触がする。
「野麦さん、これ布団?」
「そう」
「ここでいいですか?」
「うん、」
俺は野麦さんの腕から抜けて、布団に寝かせた。
「わっ」
顔に天井からぶら下がる電気の紐が当たった。
こんな紐懐かしすぎる…。
俺はカチッとその紐を引っ張って電気をつけた。
赤い顔した野麦さんが、布団の上に寝っ転がっている。
「やっぱりうちの布団がいちばんだねー!」
ネクタイを外しながら幸せそうに笑っている。
部屋の中はテレビと棚と、折りたたみのテーブルしかなかった。
めちゃくちゃ綺麗にしてて驚く。
四十代のおじさんの部屋とは思えない。
こんなに汚いアパートなのに、それを逆とったのかレトロな雰囲気を醸し出すお洒落な空間にしている。
このおじさん、何気に凄い…。
俺は部屋に見とれながらも、はっとした。
そういえばさっき何か倒したんだった。
俺は後ろを振り返った。
小さめの三段ボックスを倒したらしく、引き出しが開いて中身が飛び出している。
俺はそれを拾った。
まず電動マッサージ器。
なんかおじさんって感じの物で笑ってしまう。
「んんっ?」
次に目を向けた物に、俺は眉間に皺を寄せた。
震える手でそれを掴む。
「ろ、ローター…」
ピンク色のローターだ。
強弱がいろいろ切り替えられるようになっている。
と、なると、この電動マッサージ器は……?
あっちの用途ではなくそっちの用途……?
俺は後ろにいる野麦さんを振り返る。
こんな趣味があるのか?
優しい女の子紹介してって、玩具使っても怒らない子ってことか……?
想い人は置いといて知人のこんな性癖知りたくなかったー!
俺は片手に電マ、もう一方にローターを持ちながら、まだ散らばるそういう系の玩具に目を向けた。
「ん…!?」
電マに比べてペライ玩具が落ちている。
「んんん?」
俺は目を疑った。
電マとローターを投げ捨ててそれを拾う。
「え…エネマグラ……」
俺はまた後ろを振り返る。
そして思い出す。今日の会話を。

“おじさん、実は結構Mなんだけど”
“さすがにSMの女王様は怖いからさぁー、適度にいじめてくれる女の子がいいんだよ、知らない?”

この玩具全部自分用か……!?
俺は唾を飲んだ。
「んーーさむっ」
野麦さんは俺に性癖がバレていることも知らずに、寒さに震えて自分の下にある布団を掴んでそこに包まった。
「!!?」
俺はその布団の下から現れた物に目を見開く。
エネマグラを放り投げて、野麦さんに近付きそれを掴む。
がっつりちんこの形をしたバイブだった。
「野麦さん!!野麦さん!!」
俺は野麦さんを布団から剥いで体を揺すった。
野麦さんは眉間に皺を寄せながら目を開く。
「これ!!なんすか!!」
「えーー?おちんちんでしょ…それがなに…」
「なんでおちんちん持ってんですか!」
俺の言葉に野麦さんは沈黙した。
何かを考えている様子だ。
そして酔っ払ってちゃんと起動していなかった頭がやっと元に戻ったらしい。
「あーーーーーー!!!!」
突然青い顔をして起き上がり叫びだした。
「なんで蓮くんがそれ持ってんの!?そんなもの持ってちゃいけません!!」
野麦さんは俺の手からちんこバイブを必死に奪い取る。
そして俺の後ろに散らばっている玩具コレクションに気付いてまた叫んだ。
「うそーーん!!見た!?ねぇ見た!?お願い見てないって言って蓮くぅぅん!!!」
「こんなの使う人に女の子紹介できませんよ!!」
「あーーーーーー!!見られてるーー!!!」
二人で叫んでると壁からドンッと音がした。
二人してびくっとなりその壁を見る。
「…な、中村さん…ごめんなさい…」
「中村って誰……」
「お隣さん…」
「あ、…すいません中村さん……」
中村さんに謝った俺たちはシーンと静かになった。
野麦さんは恥ずかしそうに俯いた。
「いや…おじさんさぁ…、昔のクセでお尻弄っちゃうんだよね…」
「も、もしかして前の奥さん……?」
「いや、……」
野麦さんは言いにくそうに口ごもる。
俺のことをちらっと見るので、腑に落ちない顔をすると、何かを考える様子で目を泳がせた。
「んー…」
「……」
「…まぁ、いっか……もう見られちゃったし……」
野麦さんはそう言って立ち上がると、棚の一番上の引き出しから便せん箱のような物を取り出した。
布団の上に座り直して、その箱の蓋を開ける。
写真がいっぱい入っていた。
野麦さんはその一番上の写真を手に取り、俺に渡してきた。
色白で華奢な可愛らしい顔をした女の子が、大きな黒い瞳でこっちを見つめている。
ファッションモデルだろうか、ピンク色のパーカーと赤いスニーカーを身に着けて写真の中でおすまししていた。
「誰ですか、この女の子」
「それ僕」
「……は!?」
俺は目の前にいるおじさんを見る。
どこからどう見ても四十代のおじさんである。
「昔はね、美少年だったんだよ、おじさんも」
俺は信じがたくて、写真と野麦さんを見比べる。
い、言われてみれば目が一緒…?か?
「モデルやっててね、まぁでも、そういう世界って見た目だけじゃやってけなくてさ、」
「…え、……え、もしかして」
「ま……俗に言う……枕営業……」
「えーー!不潔!!」
「だって社長さん命令なんだもん!」
また大きな声を出すと、中村さんが壁を叩く。
俺たちはまたビクついて、静かにした。
「…で、まー、その時お尻もちょっと、アレしてさ…、そっから……」
野麦さんはそう言って、箱の中から写真を取る。
「結婚したけど……、僕見た目がこんなんだったからね…、相手のおねえさんは僕をお人形さんのように思っていたんだと思う…。可愛がってくれたけど、飽きられて、男らしい年上の人の方を選んでた」
飲み会の席で言っていたことはこれか、と思った。
「ま、老いには勝てなくてね−、こんなに可愛かった僕もこんなおじさん。チヤホヤされるのは若い時だけで、今じゃどうしようもない性癖だけが残っちゃったって感じかな……」
「……野麦さん……」
「あっ、でもこの華奢なままおじさんになったらナヨナヨもやしオヤジってあだ名になるかもって思ってジム通って筋肉つけて、どうにかおじさんらしいおじさんにはなってみたんだけどね!」
野麦さんは焦りながら俺に過去を話してくれた。
さすが四十代。俺の倍近く生きているだけあって、やっぱり大変な過去ってもんがある。
「…引いた?蓮くん……」
「…失敗してますよ」
「え?」
俺は写真を箱にしまう野麦さんをじっと見つめた。
「野麦さん、おじさんのくせに、可愛いままです」
「えっ?えっなになに」
野麦さんは俺の言葉にまた焦る。
俺は野麦さんのことが好きなのだ。
こんなことで引くわけがない。
むしろ大歓迎、告白してやろうって気になった。
「野麦さん、飲み会で、誰か紹介してって言いましたよね…?」
じっと見つめると、野麦さんはたじろんだ。
「えっ、あ、うん…言った」
「俺じゃだめですか?」
「へっ?」
「俺のこと、野麦さんに紹介します」
野麦さんは俺の言っている意味を理解したのか、顔を赤くした。
「野麦さん、」
俺は手を前につき迫る。
「れ、蓮く…」
野麦さんが少し後ろに下がる。
「俺、野麦さんのこと」
負けじと取られた分だけ距離を縮める。
「ちょ、ちょっと待っ」
俺が迫ると、野麦さんは背中を後ろに傾けすぎて布団の上に倒れた。
「蓮くんっ!ちょっと待っ…ッ!」
野麦さんが大きな声を出すと同時にまた隣の中村さんが壁を叩いた。
俺は叫ぼうとしている野麦さんに覆い被さって、唇をキスで塞いだ。
「っ〜〜!」
野麦さんは俺の腕をぎゅっと掴んだ。
俺は心臓の音が野麦さんに聞こえてしまいそうになって、そっと離れる。
野麦さんは写真と同じ黒い大きな瞳を揺らした。
「…好きです」
見つめながら言うと、野麦さんは参ったって顔をした。
「蓮くん……、ずるいよ、カッコよすぎだから……、」
「野麦さん、」
「勃っちゃった……」
「え」
俺は顔を下に向ける。
野麦さんのちんこが元気になっていた。

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