in ニューヨークC


朝、常磐が目を覚ますと、久遠はベッドにいなかった。
のそのそ起きて部屋を出ると、久遠がコーヒーを淹れているところだった。
「はよ……」
「おー起きたか、勝手に作ったからな」
そう言われてテーブルに向けると朝食が用意されていた。
「あとアイロン借りたからな、昨日洗濯したシャツ乾いたからお前のは借りなくて大丈夫だ」
「…いきなり生活感がすげーな」
なんだか新婚みたい、なんて常磐は思ったが言うと怒ってくるに違いないので発言はしなかった。
「いつ帰んの?」
煙草を吹かす久遠に常磐はコーヒーを飲みながら聞いた。
「今日の夕方」
「はえーな」
「社長も仕事しにこっちに来てるからな。日本みたいにやりたい放題ってわけにはいかないらしい」
さっさと食べ終わった久遠は、部屋を移動して着替えを始めた。
常磐は普段あまり朝食は取らないが、久遠が作った朝食を全て平らげた。
「あ゙あ゙ーーー!!」
残ったコーヒーを飲み干していると、久遠の叫び声が上がった。
どうしたのか部屋の方に目を向けていると、扉が勢いよく開いた。
「おい!てめぇ痕つけやがったな!!」
「え?」
ボタンをしている時に気付いたのか、ワイシャツのボタンを途中まで留めた状態で久遠は常磐の元に詰め寄った。
「ダメって言ったろ!」
「いやー、ちょっと強く吸っただけだろ」
「それでつくんだよ知らなかったか糞野郎」
「知ってるっつーの」
怒っている久遠の顔を、常磐はじっと見つめた。
「嫌がらせだよ」
「はあ?」
「お前じゃなくてあのおっさんにな。嫌いなんだよ」
「俺を巻き込むんじゃねぇよ!」
「お前が絡んでるから嫌いなんだろ」
久遠は文句を返すつもりで大きく口を開けたが、思いとどまった。
「……つーか、……昨日から面白くねぇよ、その冗談……」
なんと言えば良いかわからず、小さな声で出たのはそんな言葉だった。


家では憎まれ口を叩いても、一歩外に出ると久遠は常磐に寄り添うように歩いた。
単に英語が話せない故に外国人が怖いという理由なのだが、常磐はそんな姿すら愛しく思えた。
「お前さぁ、髪も整えてスーツも着こなしてサングラスまで掛けてんのに…その挙動不審はカッコつかねぇぞ」
「なめられねぇようにサングラスしてんだぞ、大丈夫だ」
「大丈夫なら一人で行けよ」
支社に着くなり、常磐は久遠の体を押して先に入らせた。
「バカ!サングラスは英語喋らねぇんだぞ!」
「わかってるよ…」
久遠の焦りように笑いながら常磐は後に続く。
「出社早々処理頼まれてんのか?」
エレベーターに乗りながら常磐は訊いた。
まだ出社した社員が眠たそうにして仕事に身が入っていないような時間帯である。
「十一時から会議らしくてな。その前に来いって話なんだ」
今の久遠はどういう心境なのか、と常磐は思った。
また口で処理するだけだったらどう思うのだろう。
久遠はそれでも嬉しいのだろうか。
虚無感を感じながら、飛行機に乗り何時間もかけて日本へ帰るのだろうか。
「それにしても早いだろ、まだ九時にもなってねぇぞ」
腕時計を見ながら常磐はそう言った。
久遠は何も言わずにエレベーターの階数の表示を眺めていた。
常磐はふと気付く。
朝からずっと一緒だったため、久遠はまだ処理をするための準備が出来ていないのだ。
大方社長室に入る前に、トイレかどこかで慣らすつもりなのだろう。
そう思っていると、エレベーターが十三階に到着した。
扉が開き、周りに社員がいないことを確認すると久遠は堂々と降り立った。
しかしすぐに廊下の向こうから金髪が美しい男女の社員が歩いてきて、久遠は自分の後ろに続いていた常磐の陰に急いで隠れた。
金髪の女性社員は、男性社員から赤い包みの小さな箱を渡されて喜んでいる。
「おい…朝から口説いてるぞ…すげぇなニューヨーク」
「朝から処理させるどっかの日本人の方がすげぇと思うけどな」
常磐は金髪の二人を眺めてから、後ろにいる久遠に目を向けた。
「お前、今からトイレで慣らすつもりだろ」
「………」
久遠は答えない。
「この階のトイレは個室が一個しかなくてな。ちょうど今はマークっていう黒人の社員がいつも頑張ってる時間帯だ」
「おい糞…、そういうことは早く言えよ…」
「あそこの資料室なら誰も来ない上に、内側から鍵も掛けられる」
常磐が目を向けた部屋は、社長がいる部屋のちょうど反対側だった。

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