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「へー。深森さんが塾の講師か」
 久留米が、隣の席で頭を掻く。
 今は、予備校で講義が始まるのを着席して待っているところだ。久留米は個人塾は行かずにこの予備校で頑張るらしい。
「……教えるのはうまいんだよ」
「でも、やりにくそうだな。西村の兄貴の友だちだし」久留米がエビアンをあおりながら言う。「で? 兄貴に同じ大学受けること伝えたの」
「いや……行ってみたいとは言ったけど」
「それで?」
「勉強、みてやるって」
「できた兄貴だなあ」また、どこか気の毒そうに久留米が見つめてくる。「俺の兄貴だったら、絶対来んなって言うだろうなー」
「久留米、兄さんいたっけ」
「いや、仮の話」そううそぶいて、久留米がエビアンを飲む。「深森さん、なんで急にバイトすることにしたんだろーな」
「さあ……」俺は、バッグからペンケースを取り出しながら首をかしげた。
「だってすごい確率じゃねえ?」
 俺は、ふと、手を止めた。「え……?」
「同級生の弟が通う個人塾なんてさ、偶然じゃないよな」
(――……そういえば、そうか)
 背筋が寒くなる。
 深森さんは、どういうつもりなんだろう。
 ――なにか、狙いがあるのか?
 その後の講義は、上の空だった。





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