「――で、ここが講堂」
でけー、って久留米が口を開けている。
「まあ、主な教室は大体こんなとこかな」
「美人多いんすか」久留米が冗談ぽく言う。
「まあね。理系は女子が少ないから、文系がおすすめー」
深森さんが、涼しい顔で続ける。「学食食う?」
「あ、行きたいっす!」
久留米は、本気で白習院大の受験を考えているらしい。
そわそわと構内を歩いて行く久留米の背中を見ながら、俺は小さくため息した。
「浮かない顔だなー」
「え」
急に話を振られて、隣の深森さんを見上げる。
横目に見下ろされて、思わず目を逸らした。
この人の視線……鋭くて、なんとなく怖い。
「俺、勘違いしてたよ」
「なにをですか?」話の成り行きがわからずに、きょとんとしてしまった。
俺の顔を見て、深森さんが吹き出す。「俺、西村とまあまあ仲良くてさ」
「あ、親友さんだったんですか」
「親友さん、っていうか……まあそれはいいとして。性悪な弟を想像してたんだけどさ」
「な、なんで性悪?」
「君の兄貴、君の知らないところで相当振り回されてるからな。なんでそこまでするんだ、ってぐらい」
たしかに、去年のクリスマスの時も、俺が独りになってしまわないように兄さんの友達の弟妹たちまで招待してくれた。毎日時間のやりくりで手一杯のはずなのに、そこまでしてくれたことが嬉しかったけど……それ以上に、俺は兄さんの負担になってるのかもって不安になった。
「……優しいんです、兄は」
――胸が痛くなるくらいに。
「なるほどね……西村が言ってた意味がちょっとわかった」
「え?」
「君、箱入り息子だろ。どっかで騙されて女に乗っかられたりしそうだよなあ」
思わずカッと頬が熱くなる。
「あれ。もしかして、童貞?」
「……初対面でいきなりそういう話します?」
面食らってると、深森さんがおかしそうに笑った。「兄貴と女の子、どっちが好き?」
「は、はい?」
次々とムチャクチャを言い出す人だ。
「なあ、どっち」
「そんなの……考えたことないです」
深森さんが、喉の奥で笑う。「……こっちも相当なブラコンか。西村といい勝負」
「は、あ……?」
即、ブラコンの判を押されて、呆気にとられて深森さんを見上げる。
「年頃の男が、女の方が好きに決まってる、って即答しないことが既に普通じゃないよ?」
あ、と口を開いて、慌ててつぐんだ。
「おまけに嘘がつけない性格、か。いい子すぎて嫌味ー」
どうにも棘を感じる。俺は、それがなぜなのか知りたくて、深森さんを見上げた。
質問しようと口を開きかけたよりも早く、深森さんが目を細めて言う。