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「兄貴に何も言ってこなかったのかよ」
「あ、うん……」
 白習院大学のオープンキャンパス説明会場から出てきた学生たちの流れに乗って、久留米とレンガ舗装を歩く。
 久留米が、訝しげにため息をした。「なんかおまえら仲悪くなってないか。ケンカしてんの?」
「してないよ」
 ちなみに、兄さんとすれ違いの生活は相変わらずだ。
 でも、これでいいんだ。そして少しずつ、離れていくのがいい。
「あ、来た来たー!」
 正司くんのお姉さんが校舎の前で大きく手を振っている。その周りに何人か女の子がいて、こっちを見て目を丸くした。
「こんにちは……」
 今日はよろしくお願いします、って頭を下げると、女の子たちのマジマジとした視線が絡みつく。
「西村くんの弟くん?」
「似てなーい!」
 あっという間に大学生のお姉さんたちに囲まれた。「もちろんうち受けるよね」
「まだ、わからないです」
 久留米は、苦笑いしてる俺を横目に見て言った。
「おまえ、なんでこんな人気者なんだよ」
「俺じゃないよ……兄さんだよ……」
 ワイワイ盛り上がる女子大生たちの輪の向こうから、男子大学生っぽい人たちが顔を出す。
「あ、深森くーん」
 男子大学生たちの中から、深森、と呼ばれた人が眉を上げた。スラッと背が高くて明るい色の髪を自然に掻き上げている。
「見て見てー、西村くんの弟くんだって」
 ふと、深森っていう人の表情が変わった気がした。強張ったというか、なんとなく雰囲気に棘を感じた。
(なんだろう……)
 深森さんは、不穏な空気をすぐに消して微笑んだ。「あー……噂の」
「そうそう噂の!」
 ――噂の……?
 なんのことだろう。
 久留米も同じことを思ったらしい。「なんですか、噂の、って」
 正司くんのお姉さんがすぐに答えてくれる。「西村くん、ブラコンで有名なんだよー」
「えっ」
「そうそう。俺が噂広めた張本人」
 お姉さんたちの輪を割って、深森さんが近くに来た。空気の圧を感じて思わず後ずさる。
「……ありゃ、もしかして怖がられてんの、俺」深森さんが、俺に目を細めながら言った。
「深森くん目つき怖いんだから、優しくしてあげないと」
 周りのお姉さんたちの茶々で、雰囲気が緩んだのがありがたい。
(なんだろうこの人……兄さんとどういう関係なんだろう)
 なんだか緊張してきて、俺は奥歯を噛んだ。
「まあいいや。弟くん、今日は友達とふたりなのか」
「っす。久留米っす」
「西村は?」
「兄さんには、何も言わないで来たので」
 ふーん、と深森さんが鼻を鳴らす。「よし。俺が学校案内するわ」
「えー! わたしたちがしたいのに」
「やめとけ、ひん剥かれて頭からバリバリ食われるぞ」
 深森さんが周りに聞こえるように言った内緒話に、お姉さんたちがひっどーいと声を上げた。
「ほら、行こうぜ。ここにいたら更にお姉さんたちが集まってくるぞ」
 それは困る。騒ぎになって兄さんに迷惑をかけるのも嫌だ。
「よろしくお願いします……」
 頭を下げると、深森さんが、ひょいと眉を上げた。さっきまで険を含んでいた空気が、一瞬薄らいだ気がした。




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