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 この兎追いのお遊びは触れ合いが多く、座敷遊びでも珍しい部類に入る。
 手を握り合うことで距離が近づくしお酒もすすむ。そのまま朝までのお客になることが多いので、兄御は同衾もやぶさかでないと思った客にしか自分からやろうとは言い出さない。
 だから、お客からすればこの遊びを兄御から提案されることは、お目当ての兄御のお眼鏡にかなったということの証明で、とても喜ばしいことでもある。
 だから、玄人向きの座敷遊びなんだ。
 柏木兄さんが自分から言い出すなんてーー初めて見た。
 そういう事情もあって、俺はどことなく心がもやもやと晴れずにいた。
「もちつきーー」
 兄さんの声で、はっと我に返って慌てて臼をつくる。
 こういう時、兄御は大体お客の手の上に行くのだから、臼をつくるのは無駄なんだけれど。
 でも。
 とん、と手の上に重みが乗った。
「え?」
 柏木兄さんの手が、俺の手のひらの上に乗っていたんだ。
 驚いて目を上げると、兄さんのいつもの飄々とした顔が俺を見下ろしている。
「つ、つかまえ……た……?」
 手のひらの上から退かない兄さんの手を、恐る恐る握る。
 すると、兄さんの長い指が、逆に俺の指に絡むように握り返した。
 心臓が跳ねる。
 驚いて引こうとした手を、兄さんが許さない。
 俺は、とっさにこのえさんを横目に見た。お酒がすすんだせいか赤いほっぺたでこくりこくりと船を漕いでいた。
 指に絡んだ兄さんの親指の先が俺の手のひらを引っ掻いて、ゾクリとしたものが腰に走った。
「あ、兄さ……」
「この前は、ずいぶんつれない真似をしてくれたね」
 ためらいなく呟かれて、呼吸が凍った。
 手元を見たまま、お顔を見れない。
「おまけに、言い訳のひとつもしてこないなんてさ」
「そのーー」
 頭の中が真っ白で、ひとつも言葉が浮かばない。
「てっきり他で満足したのかと思ったよ」
「な……他ってーー」
「紅緑とかさ」
 ぎくと、と今度は嫌な汗が吹き出した。
「ああ、当たりか」
「ちが……」
「おまえたち仲が良いもんね。まさか……イイ仲にまでなってるとは」
「柏木兄さん!」
 意地悪だ。
 いつ起きるかわからないお客の前で、こんなーーなにもこんなところでその話を。
「し、知ってるくせに……そういうことを言うのは酷いです」
「なにがひどいの」
「俺が……っ」
 柏木兄さんに惚れ込んでるの、知ってるくせに。
「……俺を抱く気がないくせに、そんなことを言うのはいじわるです……」
 しん、と沈黙が座敷に落ちる。
 ふと、兄さんの絡んだ指が俺の指の腹を愛撫するように動いて、息を詰める。
 ……耳が熱い。
 その指の感触。
 兄さんの手ほどきを、思い出してしまう。
 廊下の向こうの座敷の盛り上がりが、遠く聞こえる。
 俺の心臓の音のほうが、大きい。
 今、言おうか。もう一度、『稽古』をしてほしいと……頭を下げようか。
 今言い出せなかったら、また言い出せなくなる気がする。
 ごくりと息を呑んで唇を開けようとした時。
 兄さんの、麗しい声が先に呟いた。
「夕凪」
「は、はい」
「……この御客様はね、おまえを目当てに来たんだよ」
 一瞬、意味がわからなくて目を上げた。
 兄さんが、いつもの何を思っているのかわからない表情で続ける。
「おまえの評判を聞いたらしくてね、店に来た時はおまえ目当てにおまえの名前もわからずに入ってきたようだよ」
「え……?」
「それを俺が間に合わせに入って、鞍替えさせたのさ。おまえにつくはずの客を俺が奪った、ってこと」
 兄さんが、目を細めて言う。
 なんでそんなことを、と口に出かかって、あ、と思う。
 すうと血の気が引く。
「おまえのその、時たま勘のいいところは気の毒でもあるし、かわいくもあるね」
 そして、柏木兄さんが続けた。




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