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 女子生徒たちは、言葉を失っていた。
 彼女たちの蕩けた視線の先に人影がある。廊下の壁に背を預けている、詰襟の男子生徒だ。
 長い手足、小さな顔。黒髪の先が、抜けるような白い頬に呼吸に揺れる影を落としている。遠目にでもわかるその絶世の端整さは、冷えた冬夜を思わせた。
 何より、彼の気だるい佇まいと蜜を含んだ空気は、官能的に脳に訴えかけてくる。
 女子生徒たちは、惹きつけられた目を離せないでいた。
「あの人……誰……?」
「知らないの? 黒海(くろみ)先輩だよ」
 彼の赤い唇が自分の喉を這う錯覚が、一人の女子生徒を襲う。
 呼吸が上がって、頭がぼおっとしてくる。体がぐらぐらと揺れて今にも壁に頭を打ち付けてしまいそうだ。
 その様子を後ろから見ていた友人が、肩を持って揺すった。
「ねえ……ちょっと、大丈夫?」
 肩を揺すられた女子生徒は鬼の形相で振り向き、友の手を弾いた。全員が、ぎょっとする。
 そんな空気に構わずに女子生徒が、再びうっとりと廊下の先に目を細める。
「邪魔しないで……先輩に……咬んでもらうんだから」
 彼女の友は、したたかに打たれた手を撫でて恐ろしげに口を開いた。
「……あの話、本当なのかも……」皆の困惑した視線が向けられる中、血の気の失せた唇を震わせる。
「黒海先輩が、"吸血鬼"だって噂」




BLACK BACCARA
−ブラック バカラ−





  
※本作は、血の表現を含みます※




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