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 白いお城。花が咲き乱れる広い庭。
 たくさんの侍従と兵士。
 立派な王冠をかぶった王様と、笑顔が優しい王妃様。
 そんなキラキラした世界に囲まれるおとぎ話の王子様――。

 前を歩く王子の背中を見ながら、そんなお城みたいな家を思い描いていた。




王子様の秘密 2




「え?」
 俺は、雨で錆びた階段をカンカン鳴らして上がっていく王子を見上げていた。
 崩れかけのブロック塀。ぼうぼうに伸びた雑木林みたいな小さい庭に囲まれた――おんぼろアパート。
 1階と2階に4つずつ並んだ扉はどれもとってつけたみたいなトタン屋根みたいなドアだ。
 2階に上がった王子が、一番左のドアの前でポケットを探って、ドアノブに鍵らしきものを差し込んで回した。
「おい」
「あ、え?」
「早く上がって来い」
 2階から王子に冷たい目で促されて、慌てて階段を上が――。
 うわ、揺れてる!
 駆け上がりかけた歩調をそろそろ徐行に変えた。
 俺を待つことなくさっさとドアを開けて中に入る王子を慌てて追う。
「お、お邪魔します……」
 暗い室内に顔を覗かせた瞬間、ドサッという音にびくっとした。
 王子が、肩にかけていた黒いリュックを床に投げ出した音だったんだ。
「入れば」
 言われて、右足、左足、と玄関に上がる。
 後ろ手にドアを閉めながら、部屋の中に目を泳がせた。
 入ってすぐ右側に台所……と呼べる大きさじゃないシンク、錆びた水道の蛇口1つとコンロが1つあって。小さい冷蔵庫が1つ。
 キッチンとの間仕切りもなく、部屋は1つだ。小さい白い机1つ、箪笥が1つ。その奥に畳んで置いてある布団が1つ。
 それだけだ。全部、1つ。
 もしかして、もしかしなくても……これが王子様のお城、か……?
「適当に座って」
 顎でしゃくって言いながら、王子がこっちに歩いてくる。
 片手で学ランのボタンを外しながら冷蔵庫を開けると、麦茶のペットボトルをダバダバと1つのコップに注いでいる。
 あれ? ……また、1つだ。
「ちょ。俺の分は?」
 王子は、一口ごくりと飲むと横目で俺を見た。
「手土産のない奴は客じゃねえ。ほら、早く訊きたいこと話せよ」
 んだよ……。
 俺は、口を曲げながらスポーツシューズを脱いで部屋に上がった。
「清田とどーいう関係なんだよ」
 しらっとした王子の表情。
 俺は、構わず続けた。
「なんでみんなに嘘ついて王子様みたいなフリしてんの? 二重人格? なんでキ……キスとかしたんだよ……!」
「質問はひとつにしろ」
 ごくっと音を立てて王子が麦茶を飲む。部屋に上がった俺の尻を膝で小突いて言った。「突っ立ってんなよ。ただでさえ狭い部屋が余計狭いだろが」
「座布団とかないの」
「ふざけんな叩き出すぞ」
 胡乱な目で言われて、カーペットの床に正座で座る。カバンを抱えて小さくなった。部屋のいろんなものが古めかしいけど、掃除は行き届いてて清潔だ。
「そこまで小さくならなくていいだろ。嫌味な奴だな」
 王子が、折りたたみの黒いローテーブルを挟んで俺の正面にどさっと座る。麦茶のグラスをテーブルに置きながら立てた膝に肘をついた。
 ……こうやって見てると、本当に王子様なんだけどさ。部屋とのギャップがひどい。
 なんでここに住んでるんだろ。
「質問が増えました、って目だな」
 意地悪そうに口端を上げながら言われて、俺は睨み返した。
「……増えたよ、10こくらい」
「質問なんだっけ。清田とどういう関係かって? タダで教えてやると思ってんのか」
「キスしただろ!」
「あほ、俺の方が金もらいてえわ」
 膝についた手で頬杖しながら王子が続ける。「寝てる」
 一瞬、呼吸を忘れた。
「き、清田と……おまえ、が?」
「ああ」
「な、なんで!?」
「脅されて」
「そ、そんな――」
 頭の中がグルグルする。
 どうしよう。そんなことになってるなんて。
 だってこいつ、いっつもキラキラ笑ってたから。
「い、いつから? 脅すって……なんて言われてんだよ、弱味握られてるとか?」
 質問ばっかりだ。もう後から後から。
 王子が俯いて黙る。
「あ、ご……ごめん! 訊きすぎた……よな、なあ、話せることだけでもいいから」
 でりけーとな問題だもんな。質問攻めにしたらダメだ。「王子、やっぱり誰かに相談しよ? こんなの絶対ダメだって。おまえが言いたくないんなら代わりに俺が先生に相談――」
「くっ……」
 王子?
 泣いてんのか……?
「くっくっく……」
 肩を震わせて……笑ってる!?
「王子おまえ! なに笑ってんだよ!」
「いや……簡単に騙されるなと思って。篠田、顔が必死すぎ」
 心底可笑しそうに笑ってやがる。
「なっ、この……っ、嘘かよっ!」
「決まってんだろ、なんで俺が清田と寝なきゃいけねえんだよ」
 そう言って、王子が声を出して笑い始める。
 いつものキラキラ笑顔じゃなくて、おかしくてたまりませんって感じの。
 でも、俺の顔を見た王子がすぐに笑い声を引っ込めた。
「……なんで泣いてんの」
「ばかやろー!」
 こぶしを握って、王子の肩を殴る。「冗談でも言っていいことと悪いことあんだろ!」
 そのまま学ランを掴んで揺さぶる。
「今日はなあ! おまえからわけのわかんねえことたくさん聞いたんだ! この流れで……そういう話、信じちゃうのが普通だろ!」
「なんで泣くんだよ。万が一にも本当だったとしても、おまえには関係ないだろが」
「関係なくねえ!」
 王子が、怪訝そうに俺を見つめる。
「関係……なくねえんだよ、だって……!」
 そうだよ。王子は……俺のクラスメートだ。放っとけないじゃんか!
「本当だったらひでえ話だろ、おまえが……そんな目に遭ってたんだったら!」
 ぐっと腕を掴まれる。
「篠田、本当にアホだな」
「は、はあ?」
 じっと真っ直ぐ見られて居心地が悪い。
 こいつ王子様顔すぎるんだよ。
「あと、声でけえ。壁薄いんだから声半分で話せ」
 言われて、ぐっと喉が詰まった。
「それと、質問に答えたんだからおまえも俺の質問に答えろ」
「……え?」
「タダで教えないって言ったろ」
「……王子が俺に質問なんかあんの? 興味ないだろ」
 王子が呆気にとられた顔をした。
 あれ……なんか変なこと言ったかな。
「興味ない、ねえ」
 王子は、ひとつため息してテーブルに頬杖をついたまま俺を見て言った。「おまえ、ホントにキスしたことあんの」
 ぎくっとした。
「あ、ある、って言ってんじゃん……」
「わかりやすっ。目ぇ逸らしてんじゃねーよ、嘘吐くな」
「じゃあおまえも絶対嘘吐くなよ!?」
「吐いてねえだろ。はーやーく答えろって」
 ……言いたくない。本当はないんだ、なんて言ったら絶対笑われる。
「……いよ」
「聞こえねーよ」
「おまえが小さい声で話せつったんだろ」
 王子が、ずいと顔を寄せてくる。
「わ!」
「もっかい言え。この距離なら聞こえるから」
「や、やめっ、わかった! ちゃんと言うからっ」
 俺が胸を押し戻すと、王子は素直に離れた。
「……ない。したこと」
「へえ。昼間は嘘ついたのか」
「そうだよ! バカにされると思ったから」
「バカに、って……ガキかよ」
 王子が呆れたように見てくる。
「バカにする雰囲気だったろ!」
「経験の有無をバカにするような暇人じゃねえんだよ」
 一瞬、王子の顔を見つめてしまった。
 ……こいつ、やっぱり王子様らしい時があるなあ。
 まあ、一応? こういう、でりけーとなことを変にからかってこないのは尊敬できるっていうか。大人っぽくていいと思うけど。
 でも、やっぱり腹黒なところは嫌いだ。
「じゃあ、今日の俺としたのが初めてってわけか」
「……そーだよ、悪いかよ」
「ふーん。あっそう」
 王子が、史上最強に悪そうな笑みを口に浮かべて俺を見る。「清田は諦めてねえぞ」
「え」
「あいつ、俺とおまえがキスしたくらいじゃダメだって言ってたし」
「うん……言ってたな。なんか持って来いって――はめを外した写真、だっけ?」
 王子がため息した。
「もしかしなくても、そっから説明必要なのか?」
「んだよ……わっ!?」
 ぐいっと腕を引かれて床に倒れる。
 王子が俺の顔の横に手をついて見下ろしてきた。なんか、屈辱的な体勢。





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