「清田が言ってたのは、"ハメてる写真"。俺たちがセックスしてる写真持ってこいって意味だよ」
「は……はあ!?」
ばっかじゃねえのあいつ……ほんとバッカじゃねーの!?
「清田、ほんっと変態だ!」
「そーだよ。その変態に目をつけられてんだよ、おまえ」
言われて、ゾクッとする。
「……それ、ほんとに……?」
「こっちが聞きてえよ。おまえ何か清田に気に入られるようなことしたのか」
王子が尋問するみたいに覆いかぶさったまま訊いてくる。
ぶんぶん首を振ったら、すごく疲れた感じで王子がはーっとため息する。
「……ところ構わず愛想振りまいてるから、こういうことになるんだろ。ちょっとは自覚しろよ」
「ところ構わずなんてしてねえ! それを言ったら王子の方が愛想振りまいてるじゃないか」
「俺の愛想とおまえの愛想は違う」
「何が違うんだよ」
王子がなにか言いたげに見つめてくる。
この体勢でそういう顔されると、なんか……気まずくなってくるんだけど。
「お……王子?」
空気に耐えられなくて、恐る恐る声をかけると、王子が体を起こした。
さっきみたいに座って麦茶を飲んでる。起き上がる俺を見もせずに言った。
「一人になるなよ。ひと気のない所には行くな」
「そんなのいちいち気をつけてらんねえし」
「気をつけろ。おまえは簡単に言いくるめられて清田に食われそうだからな」
じとっと疑い深い横目で言われて、睨み返す。
「そんなことない」
「今日、2回も男にキスされた奴が言うセリフかよ」
うっと言葉に詰まる。
……こいつの口、マシュマロみたいだったなー。
むにゅっと?
ふわってして、柔らかいっていうか。
王子って、ああいうの慣れてんのかな。そうだよな、すげえモテるし……もっと先の経験も、あったりして。
胸の中がモヤモヤっていうか、ムカムカする。
「おまえ、顔エロいんだけど」
また呆れたみたいに言われて、我に返った。
「えっ?」
「人の口元見ながら、唇舐めてんじゃねーよ」
「し、してない!」
「思い出したんだろ、キスされた時のこと」
ばくっ、って心臓が跳ねた。
「思い出してない!」
「顔真っ赤」
慌てて手で頬を隠す。
「おまえ、そーいうこと言うから! 意識するだろっ」
王子の目が、じっと俺を見てる。
色っぽい感じっていうか。濡れてるように見えて緊張する。
え。なに、これ?
この雰囲気。心臓ドキドキするんですけど。
王子が、俺の前に手をついて顔を寄せてくる。
「な……なになに!?」
「もっかいする?」
え、って言ってる内に、きれーな顔がぐっと寄ってきて。
ビンタでも食らわせられる気になって、ぎゅっと目を閉じた。
ふ、と鼻先に息がかかる。
続けて、ふーって。麦茶の香り。
目を開けたら、至近距離の王子があの意地悪な顔で笑ってた。
「ほらな。簡単に食われる」
こいつ……!
「おまえ、やっぱ腹黒王子だ!」
「でかい声出すなっての」
☆
「王子、夕飯なに食べんの?」
帰り際。玄関で靴を履きながら王子を見上げて答えを待つ。
「さあ……なんかてきとーに食うけど」
なんだかんだで話し込んでしまった。っていうか、一方的にからかわれ続けたというか。
あれ以降、ひとつも質問には答えてもらえなかったけど。まあ、とりあえずこのブラック王子にも慣れてきた。
「夕飯、うちに食べに来ねえ?」
言ったら、王子が訝しげに俺を見る。
「なんで」
「え。なんとなく、だけど」
「なんとなく……じゃねえよ」
王子が頭を掻く。「もう6時半だろ。おまえの親、メシ作り終わってんじゃねーの」
「ううん。帰ってから俺が作るから」
王子が一瞬目を大きくした。
「なんで」
「なんでって……うち共働きで、今日は自分で作って一人で食べる日だから」
王子が心底驚いたように俺を見てる。
「料理すんのおまえ。意外」
毎日、ママの手料理食べてるタイプだと思ってたって言われて、どしっと拳で胸を殴ってやる。
「なあ、一緒に食べない?」
そう言って王子の顔を覗きこんだら、王子が一瞬動揺したのがわかった。
「あー……」
「いいじゃん。な?」
王子が手で口元を覆いながら天井を睨む。
ん? なんか照れてる?
「おまえってさー……」
「うん」
「まあいいや。なに作るの」
「チャーハン」
「そんなところだろうと思った」
「ってなんだよ、チャーハン舐めんな」
王子がふいに背中を向けて、部屋の奥に向かう。
何をするのかと思ったら、おもむろに学生シャツを脱いで上半身裸になったから、ギクッとした。
いやいや落ち着けって。同じ男の体じゃん。
同じ、って言っても王子の方がタッパも背もあるんだけどさ。もう男っぽい筋肉ついてて羨ましい。
箪笥の引き出しを開けて、青のTシャツとジーンズを取り出すと手際よくガバっとTシャツをかぶった。
……わ! 腹割れてんじゃん! すげえ……。
思わず自分の腹を触る。
……明日から腹筋毎日やろっかな。
首からすぽっと頭を出したところで、王子がこっちを横目で見た。
「おい、人の着替え見てんじゃねーよ」
「え。あ、ごめん」
俺が目を逸らす前にパンイチになってさっさとジーンズを履いてる。
王子は、カバンから財布と携帯を取り出して、ジーンズの尻のポケットに入れながら戻ってきた。
Tシャツにジーンズなんてラフな格好が意外と王子様には似合ってて、爽やかだ。
「チャーハン味見して、ケチつけてやる」
「ケチつける前提やめて!?」
一緒に食べてくれる気になったみたいで、胸の中がフワッとなった。
なんかすげー嬉しい。
王子が、俺の顔の横のドアに手をついて靴を履いてる。
何気なくそれを見てたら、王子が目だけこっちを見た。「篠田、おまえそれ、クセ?」
「ん?」
「人のことじっと見るの」
「あ、ごめん。王子、顔きれーだから見とれてた」
王子が、また固まる。
なんだろ。どした?
「ほんと、信じらんねーわ……」
王子が言いながら、ドアを開けて出る。
その背中を追いかけて外に出ると、腰でぐいっと横に押された。
鍵をかけてるんだ。その手元を見ながら、顔を覗き込む。
「もしかして王子って見られんのいや?」
「別に。っていうか、おまえが見過ぎ」
「そっかなー」
鍵をかけ終わった王子に、ほら、とポケットに突っ込んだ肘で押されて先に階段を降りる。
「おまえって誰にでもそーいう感じなの」
夕暮れで真っ赤な空の下、横に並びながら言われる。
「そーいう感じって?」
「あー……犬みたいな」
「犬ぅ?」
「こう、足元ぐるぐるまとわりついてんの」
「全っ然、おまえがなに言ってんのかわかんねえ」
「俺もなに言ってんのかわかんねえわ」
「王子、大丈夫?」
「それ、一番おまえに言われたくない」
んだと、って体ごとどんっとぶつかると、王子がヘッドロックで仕返ししてくる。
「ギブ、ギブ」
腕が緩んで、首に腕を回されたまま少し歩く。
こういう風に触られてんの嫌じゃないなー。
ずっと昔から王子と友達だったみたいに、同じ空気の中にいるのが自然で居心地いい。
みんなの王子様は、ほんとはブラック王子だったわけだけどさ。そういう王子を知ってるのが俺だけだっていうのも……なんか特別感があって気分がいいもんだ。
だから、そのままダラダラ歩く。
ふと、王子が立ち止まった。
どうしたんだろうって見上げたら、王子もこっちを見て。
「はー……」
急に、ぎゅって抱きしめられた。
「わ……!?」
サラサラした髪が鼻先で揺れててくすぐったい!
王子はお城に住んでなかったけど、爽やかないい匂いがする。
「ちょ、おい王子ー」
なんか甘えるみたいな抱きつき方してくるから、ちょっと心配になった。
俺の肩に顔を埋めたまま動かないから、そっと背中をポンポンしてみる。
「……王子? どした……?」
「ん……なんかたまんねー……」
ぎゅうぎゅう抱きしめられて、苦しいよってうめく。
あれ?
胸がドクドクいってるの、俺?
「……なー、篠田」
くぐもった声が、ちょっと切ない感じ。
「ん?」
甘やかすみたいな声出て、もしかするとこれが父性というやつなのか、なんて大人の階段をひとつ昇った矢先。
「俺とつき合って」
王子の言葉が、俺が頭の中で昇りかけた階段に、バナナの皮を落としたんだ。
つづく
2016/06/29
久賀