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こひとうつしよ   1









「夕凪(ゆうなぎ)……てめえいい加減にしろや!」
 掴まれた胸ぐらを力任せに押されて、壁に強く背中を打つ。続け様に脇腹を蹴られて、早朝の畳の広間に転がった。
「ごほ……っ」
「まともに座敷に上がれねえ男娼が……この、ごくつぶしめ!」
 頭の上から、この店――『逢絢楼(おうけんろう)』のご主人のがなり声が降ってくる。
 剣幕に怯えてるのか、見習い達は遠くからこっちの様子を窺ってる。
 『逢絢楼』は、恋茶屋と呼ばれる遊廓だ。
 遊郭は普通、女が男をもてなす店をいうんだけど、この店は、男ばかりで女をもてなす。
 金持ちの未亡人やお嬢様のお客が大半で、近頃は、男色が流行っているせいか男客が3割に増えた。
「13でおまえを買って4年、食うだけ食いやがって……ろくに使いもんにならねえとはな」
「す、すみません、俺ーー」

 俺が、ご主人に蹴られることになった事件が起きたのは、昨夜だ。
 ずっと下働きをしていた俺は、17を目前にはじめて座敷に上がった。
 相手は、中年の男客。女人じゃない上に緊張もしてたけど……正直、嫌でたまらなかった。相手の気を惹くと言ったって、男相手にどんな色恋話をすればいいのかわからない。
 限られた時間、話相手になっていればいいんだから――そう思っていた。
 でも、そんなの甘い考えだったんだ。
 座敷に入って早々、突然、股関を握られた。
『ぎゃっ!?』
『なんだその声は。もっと可愛い声出せねえのかあ?』
『や、やめてください!』
 すごい力で畳に押し倒されて、体が竦む。『男客様と枕はやらないんです! 規則なんです!』
『規則だと? おまえの兄(あに)さんたちを見てみろ……客と寝てこそ、上に行けるんだろが』
 酒臭い荒い息に寒気がする。膨れた腹でのしかかられて、身動き取れない。
『俺はなあ、この辺の店で初物を三人は喰った。はあ、はあ……みんなそこそこになってるぜ? おまえも景気付けしてやろうじゃねえか』
 初物喰い――こういう質の悪い客のことは話には聞いていたけれど、はじめての座敷で引くなんて本当に運が悪い。
『はじめてを教えてやるってんだよ……尻出せ、ほら!』
『いや、いやだあ……っ!!』
 で、殴った。
 客を突き飛ばして、部屋を飛び出してしまったんだ。

「町衆だったから良かったものの……お役人や金持ちが相手だったら、店が潰れてんだよ!」
 髪を掴まれて投げ飛ばされる。畳に背中を擦った。
「いっ……」
 すぐに土下座の体勢をとって、ひたすら頭を下げる。「勘弁してください……!」
「いいや、勘弁ならねえ。客に手を上げた奴はどうなるか、よーく教えてやる」
 派手な足音でご主人に詰め寄られる。その血管の浮いたこめかみを見て思った。
(殺される――)
 ぞっとして、広い座敷の上を這いつくばるように逃げた。
「くそガキ、待ちゃあがれ――」




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