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罪と×




 暗闇。
 目を開けても、同じ闇が続いている。
「……あなたは天才ね。本当に良く出来た玩具」
 粘った吐息が耳を撫でて腰に蛇が絡みつく――違う、これは冷えた脚だ。
「ねえ……動いて」
 絡んだ脚が締まって、生温い感触に引きずり込まれる。寒気に身が竦んだ。
 今、抱いているのは、本当に女だろうか。悪魔ではないのか。
 喉に残った灼けるほどの甘味が、勝手に性器に熱を集める。
 次の瞬間、目の前が歪んで暗い道が現れた。
 地面には穴が開いている。よく見れば、堕ちてくる者を喰らおうと牙を剥き、舌なめずりしている悪魔の口だ。
 ……また、幻覚だ。頭の端で、これは薬物が見せる光景だとわかっている。
 きっとこの道を歩いて行った先には、地獄がある。
 汚れきっているこの身には、似合いの場所だ。
 ふと、傍らを一人の青年が通った。その華奢な背中をよく知っている。
 悪魔の口が耳障りに蠢いて、青年を待ち構えて口を開ける。
 ――いけない。
 どっと汗が噴き出す。
 行ってはだめだ――声が出ない。
 足早に彼を追って、腕を掴む。
 彼が、ゆっくりと振り返った。
 薄く開いた唇。全てを知って受け入れている憂いの目。
 ……よく似ている。記憶の中の、神聖で淫らな像に。天使に撃ち抜かれ絶頂に仰け反る聖女の表情が。その、しどけない美しさが。彼に重なった。
 胸が掻き毟られた。そこに、自分が求めるすべてがある。
 汚したい。
 今すぐに抱きすくめて。穢して。
 一緒に堕ちてしまいたい――。
 信仰と欲が同じに思えた。たまらずに細い腰に手を回して引き寄せると、彼が首を振る。
『……ダメ』
 ――なぜ?
 桜色の唇が戦慄く。
 その唇を吸おうと頭を掻き寄せると、震える手でこの胸を押し返してくる。
『徹は綺麗だから、ダメだよ』
 重い瞼を開けると、白目を剥いてうねる女の痴態があった。上擦ったあえぎ声。性器を包む生温い感覚が陸に揚がった魚のように動いて、背中に冷や汗が噴き出す。
 その一瞬後、自分の下で喘ぐのは彼に変わっていた。
 現実を拒むと、こうして自在に幻が押し寄せてくる。
 我慢しきれないように跳ねる細い腰も、もうやめてと懇願する唇も。すべて彼のものだった。女のように抱かれる快感に戸惑って、頬が赤く染まっている。
 強張っていたはずの自分の腰が、途端に蕩け始めた。
 もっと貪りたい。穢れのない無垢な身体を。
 もっと乱れさせたい。何も知らない純粋な心を。
 沸き上がる衝動に任せて蜜を練るように腰を揺らすと、彼が背中をしならせる。
 ――これは、赦されないことだ。
 そう理性が声を上げれば上げるほど、彼の恥態に夢中になる。
 数分後には、共に達することしか考えられなくなっていた。
 細い腰が、私の凶暴な熱を求めて激しく揺れ始める。
 止まらない。
 頭の中に掛けていたはずの鍵が、弾け飛んだかのようだった。
 恥じ入って閉じようとする膝を乱暴に割り開いて、強く揺さぶると途端に甘い声が上がる。腰から下が境界を無くして、華奢な身体と一体になっていく。
「ああ、イイ……っ」
 女の声で、現実に引き戻された。
 快楽を貪るようにだらしなく開かれた脚の間で、熱が引きそうになる。
 ……彼の身体でなければ、萎えてしまいそうで。
 悪夢を終わらせたい一心で、快感に泣く彼を穢す錯覚に耽った。
 無駄のない腹を撫で上げ、膨らみのない胸を揉みしだく。切羽詰まった声が一段と高くなる。
 震え始めた彼の身体を見下ろしながら、酷い焦りに似た快感に支配される。
 ――出したい。中に。
 膨らみ、張り詰め。
 融ける――。
 ドクリと強く性器が脈打った。逃げようとする細い腰を押さえつけて全てを注ぎ込む。
「ぅあ、ぁ……空良(そら)……っ」
 思わず声を零したのは、快感のせいか後悔のせいかわからなかった
 熱の解放と共に幻覚が遠のく。
 自分の下で満足気に震えているのは、やはり闇の中の女だった。
 ……また汚した。幻覚の中で、何度も。
 大切にしていた、つもりなのに。
 それをたった数グラムの毒薬で、頭の中で簡単に壊す。
 最も恐ろしいのは、彼を汚すことに恐ろしいほどの快感を伴うことだ。困惑する彼をなだめすかしながら犯し続ける自分。
 ……吐き気がする。
 彼に牙を突き立てるのは、悪魔じゃなく私だ――。

 震える指先で、胸に十字を切る。
 彼の肩に手を掛ける前に。
 この十字架が、きっと我が身を切り裂いてくれるようにと。
 




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