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天気予報のばかやろう、だ。
「うわー……ずぶ濡れ」
そう言って、嶋沢が頭を振る。
嶋沢との店の下見が終わった帰り道、スコールみたいな雨に、2人そろって下着までぐっしょりやられた。
小さな酒屋の軒下で、どうにもならないシャツをつまむ。
「これじゃ、タクシーに乗車拒否されるかな……」
眼鏡を拭こうにも、どこもかしこも濡れてて無理だった。止みそうもない雨をにらむ。
「寄ってく?」
「え?」
「俺ん家近くだから」
濡れた茶髪を両手で掻き上げて、嶋沢が言う。前髪を上げるとずいぶん大人っぽくなる。19才には見えない。
「い、いいよ――」
「あからさまに嫌な顔するなよ、傷つくじゃん」
「……ごめん」
また失礼なことを言ったらしいことに気づいて、謝った。
「素直なんだよなあ。俺、凹んでる望見るの好き」
「性格悪い」
文句を言うと、嶋沢は、にっと笑って言った。
「早く行こうぜ。3分で着くよ」
自然に肩を引かれて、寂しい商店街のアーケードを歩いていく。扱いがまるで女子で、すごい違和感だ。
「あの、嶋沢」
肩を抱く手を離してほしくて、恐る恐る見上げる。
「ビビるなよ」
嶋沢が、苦笑いして続けた。「何もしねえから」
ちら、と甘い目が俺を見る。
……信じていいのかな。
軽そうだけど、悪い奴じゃない。こいつがバイじゃなくて、俺のことがタイプだなんてことも言わないごく普通の男だったら、仲良くなれているのかもしれない。
そういえば……俺、つい最近までこいつのこと、未来永劫関わり合うことのないタイプって言ってなかったっけ。
そんなことをぼんやり思いながら、俺は、嶋沢の一人暮らしの家へ向かうはめになった。
今更ながら。
バイ、とか、男同士、とかよくわからないけど、俺は、女の子並みに警戒をしておかないといけないんじゃないだろうか。
体格を比べると、力でこられたら多分勝てない。
俺より10センチくらい背が高い嶋沢は、意外といい体をしている。
思いっきりぶん殴ればなんとかなるか……。
頭の中でシミュレーションしている内に部屋についた。
「うわ」
すごい部屋だ。
広いし、モダンな照明は点いてるし。
嶋沢の趣味らしい黒い革張りの3人掛けソファが、部屋に対して小さく見える。
「テーブルが赤って……さらにホストっぽいな」
濡れたように光る赤いテーブルが、黒の革ソファとセットで置いてある。なんだか、いやらしい色だ。
マンションの外観からして高そうだなと思ってたけど、中に入って見ると、ますますため息ものだ。
15万は、するんじゃないかな。
都心でこれだけ広くてきれいな部屋なら、下手すると20万。
学生が、どこからそんな大金を出せるんだろうか。
さすが、医学部?
やっぱり……ホストなのかな。
「おーい」
ぼおっと考え事をしている最中に呼び掛けられて、慌てて振り向く。
嶋沢が、奥の部屋からタオルと服を持ってきた。下はジーンズに着替えたみたいだけど、首にタオルをひっかけて上半身は裸だ。
い、いい体だな。
焼けた肌に、腹筋もたくましい。
感心してまじまじと見てしまう。
タオルでがしがしっと髪を拭いている嶋沢の仕草が妙に男っぽい。
見られるための体、って感じだ。やっぱりかなり遊んでそうな気がする。
この部屋に女の子連れて来たこともあるだろうし、そればかりか、男だって――。
大体、男同士でどうやるんだ?
嶋沢は、俺にあんなこと言ってたけど、俺とどうなりたいんだろう。
なんとなく想像してたら、急に生々しいイメージが浮かんできて、体温が上がった。
慌てて話しかけて、誤魔化す。
「な、なんか、スポーツやってる?」
って、体のこと聞いてどうするんだよっ。
「ジム行ってるけど」
嶋沢が、言いながら歩み寄ってきて、服一式をこちらに差し出す。
その格好で、あんまり近づかないでほしいんだけど――。
「お言葉に甘えて」
受け取ろうとしたら、するっと近づかれて、耳元に吹き込まれた。
「見とれた?」
「な……っ」
弾かれたように、その肩を押した。
心臓がドクドクいってる。
嶋沢は、笑いながらキッチンに向かった。
「望がやらしー目で見るんだもん〜」
「ふざけんなよっ」
内心、茶化してくれて、ほっとした。
「下着も一応未使用の渡したからな。やるよ」
「なんかごめん」
「シャワーは?」
俺は、首を振った。
服を借りたら、すぐ帰るつもりだ。
服を受け取って、濡れたシャツを悪戦苦闘しながら脱ぐ。
「……あ」
ふと、気づいた。
男同士だからって、嶋沢の目の前で着替えていいのだろうか。
気にする方がおかしいのかもしれないけど、またデリカシーがないとかなんとか言われかねない。
ちら、とキッチンを見たら、嶋沢は、ペリエの瓶をあおりながら、ばっちり俺を見ていた。
「あ、気にしないで着替えて」
「気になるよ!」
俺は焦って、借りたカットソーを着た。
「ほっせーなあ。ていうか、ちっせーのか」
いつの間にか傍に来ていた嶋沢が、カットソーの襟首をちょいと引っ張る。
……確かに余ってるよ、悪かったなっ。
その指先が、何気なく俺の首筋を触るか触らないかぐらいの軽いタッチで、なぞり上げた。
「ひゃっ!」
くすぐったさに、背中がぞくっと震える。
「望、感度ばっちりじゃん」
「ば、ばかっ、やめろよ!」
慌てて離れると、例の甘い目が俺を見ていた。
「興味ある?」
「……は?」
「男同士って、どうすんのかなーとか、考えてるだろ」
自分で、耳まで赤くなったのがわかった。
「やっぱね、図星。俺の裸見て想像したんだろ」
「してないよ!」
「うーそ。目がエロい」
「嶋沢に言われたくないよ!」
「やっぱり。俺のこと意識してるじゃん」
何も言い返せなかった。逃げ場もなくて、歩み寄ってきた嶋沢に腰を抱かれる。
「ちょ……何もしないって言ったろ!?」
「俺も大人だからさ、全然脈がなさそうなら帰してあげようと思ってたんだけど」
「ない!脈なんかない!」
「ほんとに嫌だと思ってる奴の顔じゃないよ、望」
言って、嶋沢は抱いた俺の腰にぐっと自分の腰を押しつけてくる。
「あ……」
まだ濡れたパンツをはいてるから、わかる。
その……嶋沢が、すごく、熱くなっててーー。
耳元に口を寄せられて、息がかかる。
「……望の細い腰見たら、たまらなくなっちゃった」
「な、なに――」
「男ならわかるだろ?」
腰をしっかり抱かれたまま、嶋沢の手が、股関を這う。
「や、やめっ」
「心配しなくていいよ。女の子とするのと大して変わらないから」
言われて、胸が痛くなった。
なんだよ、これ。
その理由が分からないうちに、ここに連れて来られた時と同じように自然すぎるエスコートで、ソファに座らされる。
嶋沢が、手慣れた様子でソファの背中を押すと、ギギッと音を立てて背もたれが倒れた。
べ、ベッドになるのか、このソファ……。
手慣れた動作。誘い方。ソファベッド。嶋沢が、遊んでいる以外の要素が見つからない。
俺、雰囲気に流されてないか?
そうこうしてる内に、嶋沢が、今はベッドに早変わりしてしまったソファに、膝で乗り上げてくる。