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 ◇ ◇ ◇


 紘くんは、私の底意地の悪い接客術をその純真さで巧みに躱しながら常連になってくれた。
 来る度、笑顔が増えていって。
 シャンプー台ですっかりその体を預けてくれた時、はじめてお客様をシャンプーした頃の自分を思い出して、胸が切なく疼いた。

 不思議な子だ。
 会う度に、いつも新しい気持ちにさせてくれる。
 嫌なことがあっても、その爽やかでひたむきな声を聞くと忘れてしまえる。
 時々見せる計算なしの甘えたような表情は、私の中に巧みに隠してあるはずの男をくすぐってたまらなく気持ちがいい。
 そして紘くんが帰る頃には、この疲れた体の中は新鮮な空気でいっぱいになっている。

 可愛がってるつもりが、日を追うごとに独り占めしたくなった。
 この子をどうしたらエスに惹きつけておけるか、手練手管を動員して必死になっている。
 こんな強い感覚、今まで味わったことがない。
 ……もしかして。話に聞いていた、恋って、これ?
 まさか。初恋してるわけ?
 男子高生相手に?
 いい年の男が……寒イボものでしょ。
 これって……かなりヤバい気がするんですけど。




 ◇ ◇ ◇




「紘くん、高校生なのよねえ」
「なに、いきなり」
 やっとタメ口もきいてくれるようになった頃。
 素直な髪をクシで梳いて、指先で髪束を挟みながらぼやく。
 大事なお客様に手を出すほど鬼畜ではないし、何より純真無垢な男子高校生相手に……どうしたものか。
 ついこの間まで、男相手にこんなことになるなんて考えてもみなかった。もしかして、オネエ言葉にした影響で心まで――。いや、そんなまさか。
 一方、そんな私の気も知らないで、紘くんはすくすく育っている。
 背も、初めて会った時より10センチくらいは伸びた。
 最初は、追い越されるかと思ってビクビクしていたけど、目の高さまで伸びた所で止まっている。
 あらら、止まっちゃった? なんてからかうと、紘くんはいつもふくれる。相変わらず、かわいい。
「笠井さんって高校は制服?」
「うちは公立だったから私服ー」
「へー、うらやましー」
「毎日大変よ、着ていくもの考えるの」
 どんな人がタイプかとか、彼女はいるのかとか――そんな質問に何百回と答えてきたけれど、紘くんとの会話では必要ない。
 通われ始めて2年が過ぎた今は、物足りない気がしてる。会話にもう少し、色恋の気配が香ってもいいんじゃないの、って。
 前に回りこんで前髪を切る。シャキリと刃先が音をたてた一瞬後、紘くんが私の名前を呼んだ。
「笠井さん」
「んー?」
 生返事をしながらまた前髪にハサミを入れると、その子は息を潜めているような気配になる。
 視線を向けると一瞬目が合って、紘くんが慌てて視線を床に投げた。
 そのぎこちない感じがおかしくて首を傾げる。
「なーに紘くん」
「……呼んでみただけ」

 ……こら、男子高校生。
 そーいうのは、かわいいからやめなさいよ。
 食っちまうぞ。
 





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