本気なのか。
遊びなのか。
答えのない問いを、もう何回も頭の中で繰り返している。
目でなぞるばっかで、黙ったままの番号。
ため息混じりに携帯の画面から目を上げると、美咲が、整った眉を寄せて睨んでいた。
制服とスーツ
「うわっ」
「人の顔見てうわ、はないんじゃない?」
俺――小野寺健太は、窓際の自分の席で仰け反った。
親友の美咲が、腕組みして机の横に仁王立ちしていたからだ。
気づかない内に昼休みに入ってたみたいで、周りがざわついている。
「ごめ……ちょっとぼーっとしてて」
「清水さんでしょ」
ぎくっとした。
なんで美咲は、こんなに勘がいいんだろうか?
「なによ。どうしたの? 何かされたの?」
「ばっ、変な言い方すんなよっ」
ムキになって庇うみたいな言い方したせいで、ますます美咲の眉間が狭くなった。
……美咲相手に、隠し通すのも無理な気がする。
しゃがむようにジェスチャーして、距離が近くなった美咲に重い重い口を開いた。
「キ、ス?」
美咲は、思った通り絶句している。
そのままずるずる続く沈黙にいたたまれなくなった。
「……待ってよ、いつの間にそんなことになったの?」
混乱気味の美咲を宥めて、話をする。
何度か電車で会って、少しずつ打ち解けたこと。バイト先で偶然会ったこと。一緒に食事した帰りのこと――ひと通り話した。
「本当にゲイだったなんて――」
「バイだよ」
美咲がため息して続けた。
「ほどほどのつき合いにはならなかった、ってことなのね」
「まあ……そういうことになる、よな?」
思わず目が泳いだ。釘を刺されてただけに居たたまれない。
美咲が、俺の机の上で腕組みして小声になる。
「……それで?」
「え?」
「キスされただけ?」
「えーと……携帯番号渡された」
「いつ」
「キスした日だよ。1週間前」
そう返事した途端、美咲が、目を丸くした。
「もしかして、それから1回も連絡してないの!?」
「できるわけないだろ!?」
「なんでよ」
「なんでどうしてって質問ばっかすんなよ」
「他には? なにか言ってなかったの?」
「……深入りされる前に逃げてくれた方が助かる、って」
美咲が、赤くなって、ぱっと顔を両手で覆っている。
「やだ、そんなこと言われたの? 色っぽい〜……! 大人だね」
「大人だよ。だから、俺とは釣り合わないだろ」
恐る恐る言うと、美咲が、ぎゅっと眉根を寄せた。
「え」
「清水さん、俺のことからかってんのかな」
「ストップ」
美咲が、慌てたように言う。「なにその暗い顔。キスされたの嫌だった? 無理矢理だったの?」
「そうじゃないけど――」
1週間、俺も、ぼーっとしてたわけじゃない。
「……悩んでるんだよ。ありえなさすぎて」
「2人で話してるところは、十分ありえそうに見えたよ」
「清水さんだったら他にいくらでも釣り合う相手いるだろ」
「卑屈だなあ」
「卑屈にもなるだろ。あんなすごくちゃんとした大人の男が……俺、高校生のガキだぞ――」
「……好きなんだね、清水さんのこと」
何も言えなくなった。
美咲が、少し考えてから口を開く。
「確かに清水さんくらい大人なら、自分に好意を持ってる高校生を手玉に取るのなんか簡単だろうけど」
ぐさ、と胸に来た。
全てはそれ。
俺が、高校生だってことが問題なんだ。
「引っかかってるのは、そこかあ。でも、遊びなら今頃とっくに頂かれちゃってるんじゃない?」
今度は、こっちが赤くなる。
「そんな簡単に丸めこまれたりしねーよっ」
「キスされただけで、一週間ぼーっとしちゃう人が言う?」
ぐうの音も出なかった。
「2人っきりの空間でキスまでしたのに、家の近くまで送って、自分の番号だけ教えて帰ったんでしょ? 健太が、次どうするか決めてってことじゃない。尊重されてるんじゃないの?」
「なんか、清水さん、余裕じゃんか」
……俺には、清水さんが遊びか真剣かなんて判断つかない。
「じゃあ清水さんに余裕がなかったらいいの? もっとガツガツしてたらいい?」
「そういうわけじゃないけど」
思わず大きくため息をして、頭を抱える。「清水さんは、リーマンで……男だろ。つき合うとか好きとか、普通じゃないし」
「なんだ、世間体を気にしてたのかあ。健太、真面目だからね」
困ったように美咲が言った。
「……遊びかも、しれないだろ」
「遊ばれるのは、嫌だね。こっちが本気であればあるほど」
お互いに黙った。
世間はどう見るかとか、清水さんは本気かなんて悩んだところで、誰にもわからない。
あれこれ言うだけ無駄かもしれないけど。こんなの未知のこと過ぎて。
素直な気持ちが湧いてきたから、そのまま口にしてみる。
「……このまま会わないのかって思うと、それも嫌なんだよ」
「うん」
「電車でもバイト先でも探したりして、偶然に頼ってるし。……怖いんだよ、自分からなんかするのが」
……たぶん俺は、清水さんのことが、好きだ。
もっと会ってたい。
でも、世間的にないよなとも思ってる。
遊ばれるのも、嫌だなって思ってる。
だから、あることないこと心配してしまう。
清水さんは、俺に選ばせて、大人扱いしてくれてる。
でも俺は、それに答えられるほど大人じゃなくて――自信がない。
頭を抱えてる俺を見かねたのか、美咲が小さくため息した。
「……これは、私の個人的な意見なんだけど――」
心配そうな顔で、言い辛そうに。
「清水さんは、やめておいた方がいいと思う」