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 ――友達として言わせてもらうけど、清水さんと居たら、健太、傷つくと思う。
 清水さんがダメってわけじゃなくて、それ以外の偏見とかなんとなく後ろめたい気持ちだとかで健太は傷つくと思う。
 健太が傷つくのは見てて辛いし、傷つかない恋愛を清水さんとしようと思っても、難しいと思うよ。

 一息にそこまで言って、美咲は黙った。
 俺も、黙って考えた。
 そうこうしてる内にチャイムが鳴って、午後の授業が始まって……その間もずっと、考えてた。
 浮かんで来たのは、清水さんの顔ばっかりだった。


 ◇◇◇


 電車に揺られて、バイト先を目指す。
 夕日色になってきた空をぼんやり見ていた。
「やめといた方がいい、か――」
 美咲に、言われたことの意味はわかる。
 けど、何をどうやめるんだろう。
 こうしてる一瞬にも、会いたいな、とか思ってるのに、こういう気持ちって失くそうと思って失くせるものなんだろうか。
 ――このもやもやの解決方法は、ただひとつ。
 清水さんに、俺のことをどう思ってるのか訊くことだ。
 好きなのか。からかってるのか。
 面と向かって訊くしかない。
 それがはっきりしなきゃ、その後のことは何も決まらない。
「……うだうだしてんのは、らしくないよな」
 バイト先の最寄り駅に降りて、清水さんの携帯番号を表示させる。
『清水直樹』
 名前を見た途端、心臓がドキドキと強く鳴り始める。
 すう、と震える息を吸って。
 発信ボタンを押した。


 ◇◇◇


 バイトが終わって店から出たら、丁度、道の向こうから黒のTOYOTAが走ってくるのが見えた。
 緊張が襲う。もう条件反射だ。
 バイトが始まる5時間前、電話したらすぐに清水さんが出た。

『はい』
 清水さんの声だった。どきっ、と体が揺れる。
「あ、の」
『健太?』
 落ち着いた低い声が、じんっと体を震わせて、体の中をゆっくりと落ちていった。
「今、話して大丈夫ですか」
『2,3分なら平気だよ』
「清水さんに訊きたいことがあって……会ってもらえないかな、って」
『そうだな……じゃあ――』

 近くの店舗を覗いた帰りに寄る、って、俺のバイト先に顔を出してくれることになった。
 その後、バイトに身が入らなかった。
 お客さんはいつもより少なくて、それがありがたいとも思った。……バイト失格だ。

 20メートルくらい先の路上に車を一時停止させて、清水さんが降りてくる。
 濃いグレーのストライプの細身スーツに、サーモンピンクのネクタイを嫌味なく締めてしまう辺りが、やっぱり男前だ。
 清水さんは、こっちに歩いてきながら俺を見ると目を細めて言った。
「勤労学生は、今日は早いんだな」
 今は、夜の9時だ。
 夕方、店を空けていた店長が戻ってきて、俺一人で頑張らせたからって早く上がらせてくれた。
 ちらっと罪悪感を感じたけど、その言葉に甘えた。
「すみませんでした、急に」
「こっちこそ。店長に挨拶してくるから、車で待っ――」
 言いかけて、清水さんが俺の顔を見て止まった。「……気軽に乗るなって言った手前、軽々しくどうぞとは言えないよな」
 清水さんが、自嘲っぽい笑いを浮かべる。
 少し困ったような笑顔に、じんときた。
 この人が、高校生を手玉にとったりするだろうか……?
 こんな、清潔そうで、精悍な笑顔をする人が。
「メシは?」
「えっと――」
「話が先か」
 清水さんの、こういう察しの良さとか、敵わないと思う。
「まあ……乗っててもらうか。ここに止めたまま話そう」
 店の前で話そうと言ってもらえて、ほっとする。
 別に、清水さんが変なことするんじゃないかとか疑ってるわけじゃない。
 けど、けじめとして、今は、適度な距離を持っておきたかった。
 清水さんが、歩いて店内に入っていく。
 その広い背中を見送って、俺は助手席に乗り込んだ。
 ドアを閉めると、外の音がなくなる。
 ……清水さんの香りだ。
 香水か、整髪料か――爽やかで微かに甘さも感じる香りに急に切なくなる。
 早く戻ってきてほしい。話したい。
 チカチカと、ハザードランプが道路に光を飛ばしている。
 その明かりを見つめながら、ドキドキと体が揺れるのを感じていた。
 ……うまく話せるかな――思いながら、はあ、と深く息を吐き出した。俺、すごい緊張してる。
 10分くらいして、店から清水さんが出てきた。
 あっという間に運転席側のドアが開いて、俺は、持ってた指定カバンをぎゅっと抱えた。
 清水さんが、運転席に乗り込みながら言う。
「店長は、相変わらず元気そうだな。バイトのシフト増えたんだって?」
 こく、と頷いた。
「うち、母子だから……店長が気ぃ遣ってくれてるんです」
 清水さんが、ふと笑った。
「頑張ってんだな」
 柔らかく頭を撫でられて、胸がギュッとなった。「何が訊きたかったの」
 清水さんの雰囲気は、優しい。
 ……言えそうな気がした。
 すっと息を吸う。

「俺、清水さんのこと、好きです」

 膝を見つめたまま、一息に言う。
 躊躇しないように、ごちゃごちゃ考える前に言った。
 清水さんの顔が見られなかった。
 けど、気配で様子を窺われてるのがわかる。
 本題は、ここからだ。
「……でも、俺、清水さんになんでキスされたのかわからなくて」
「え?」
「その、なんで俺なんか……恋愛対象になるのかな、って――」
 しまった、声が小さくなった。
 大事なことだ、ちゃんと確認しろよ、俺。
「……俺、清水さんに、遊ばれちゃうんじゃないかと思って」
 清水さんが、隣で吹き出す。
「あ、え?」
「いや……悪い」
 思わず目をやったら、男っぽい手で目元をつまむように押さえて笑っていた。
 俺、変なこと言ったかな――。
「はは……遊ばれる? 俺に?」
「清水さんモテそうだし、実は遊び人だったらどうしようか、って」
 全部、正直に言うことにした。
 変化球だらけの大人に勝てる方法なんて、直球で投げることしかないんだ。
「清水さんが、高校生の俺を相手にしてくれることなんて、気まぐれか遊びでぐらいしか思いつかなかったから」
 思ったままをぶつける。
 車内に沈黙が降りて、嫌な緊張に襲われた。

 ……どうしよう。
 怒らせた、かな。さすがに失礼過ぎたよな。謝ろっかな……。

 恐る恐る、運転席の清水さんを見た。


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