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 どちらかというと、苦手だ。
 話したことは、ほとんどない。自分とは、合わない人種だとも思う。
「なのに、よりにもよって……」
 俺のひとり言に"そいつ"が、離れた席から言った。
「どうかした?」





 王子様の秘密 1





「あ。いや、なんでも」
 慌てて首を振る。
 ついつい口に出してたか。俺、テレビに向かって話しかけちゃうタイプだからな……。
「折るの、手伝おうか」
 爽やかな声で話しかけられる。
 俺は、目の前のサラの状態のプリントの束を見た。……まだ、200枚くらいある。
「元々こっち、少なかったから」
 王子様(そういうあだ名の奴なんだけど)は、俺の窺うような視線を受け止めると、音もなく立ち上がってこっちに来た。俺の机の上のプリントの山を半分持って、目を細める。
「これ、持っていくよ?」
 きらっと白い歯がのぞいて、色素の薄い髪が5月の夕日に輝いた。
 ただ、学ランが似合っていない。多分、ブレザーの方がしっくりくるタイプだと思う。
 オーラ負けした俺は、よろしくーって苦笑いした。

 この、すらっと背の高い奴の名前は、『王子雅輝(おうじ まさき)』。
 俺だったら絶対名前負けする名前に全然負けてない、脅威のクラスメイトだ。
 去年のバレンタインデーにチョコを64個もらった逸話の持ち主で、我が中学の文字通り「王子様」。
 ……俺の好きな美貴ちゃんもこいつにチョコをあげてて――放課後まで期待してチョコを待ってた俺は、ちょろっと涙が出た。
 正直、王子には勝てる気がしない。
 誰にでも優しくて、女の子だけにいい顔したりもしない。
 そんなだからもうモッテモテで、うちの中学の女子の心は、ほとんどこいつに持ってかれている。
 王子に、ツッコミどころがあればまだ救いがあるけど、今のところそれも見当たらないので、俺はただ、早く王子と違う学校に通えることを願って受験勉強中だ。

「……真(まこと)君、もう少し手伝おうか」
「え!?」
 俺が、束の半分折ったか折ってないかくらいのタイミングで、また王子が言った。
 驚いたのは、王子の作業の早さもだけど。
 俺の、『篠田(しのだ)』っていう苗字の方じゃなくて、名前の『真』を知ってたことで。
「も、もう終わったのかよ?」
「単純作業、得意なんだ」
 王子が、きらっと笑う。
 ……仕事もできる奴。うぐう。

 俺は、この3年の1学期、不幸にも王子と一緒に抜擢されてしまった広報委員の任が早く解かれますように、と小さく祈った。


 ◇◇◇


「まあ、並んで歩きたくはないな」
 渋い顔しながら東野(ひがしの)が言う。
「あれは、別次元だろ。二次元だ二次元」
 箸を振り回しながら、山下が言う。
「1学期って、あと何ヶ月……?」
 ……これは、俺。
 机を合わせて、給食を食べてる。
 周りはわいわい騒がしい中、俺たちはひそひそ話しこんでいた。
「なあ、俺のせいじゃないよな? くじのせいだろ? 俺が広報委員引いちゃった時の女子のがっかりした顔見たかよ……一生忘れられねえ……」
 俺が、やけくそ気味にごはんをかきこむと、東野が気の毒そうに言った。
「王子様にトラウマもらっちゃったなー」
「うるせ」
「篠田、王子に傷物にされちゃったなあ」
「山下、変な言い方すんなっ」
「真君」
「ぎゃあ!?」
 飛び上がった、と言っても大げさじゃない。いきなり肩を叩かれて、俺は盛大に机の脚にひざをぶつけた。
「……おーいー、篠田ぁ」
「味噌汁こぼれたじゃんか」
 ぶつぶつ言うこいつらよりも、俺は、肩を叩いた王子の方が問題で。
「ごめんね、驚かせた」
 王子が、また、キラッと苦笑いしてる。
「いや、いやいや、全然いいけど」
 ……今の話、聞かれてなかったよな?
 膝をさすりさすり、ギクシャクした調子で愛想笑いしたら、後ろで東野と山下が盛大に吹いた。
 ……覚えてろよ、おまえら。
「保健の先生に言われたんだ。教室に貼ってほしい大判のポスターがあるから、取りに来てほしいって」
「あー、じゃあ俺、後で行って来る」
「いや、2人で行こう。他のクラスの広報委員にも配ってほしいって、たくさんありそうだから」
 続けて、後ろで2人が吹く。
 並んで歩きたくないって言った東野の発言が、俺の元で現実になろうとしてるからだ。
 正直、昼休みに王子と並んで廊下を歩くのは憂鬱だ。
 理由は簡単、比べられるから。
 王子と、ちんちくりん――想像しただけでも、げっそりする。
 俺が、複雑な顔をしていると、王子が困ったように笑った。
「用事があるなら、先に行ってるよ」
「あ、違う違う! 行こう一緒に!」
 俺は、王子のこと苦手ではあるけど嫌いなわけじゃない。
 こいつは、すごく空気を読んでて優しくて、良い奴だってことも知ってる。
 だから、さっきの俺たちの話が聞こえてたとしたらきっと気にしてるだろうし……俺は、王子を不愉快な気持ちにさせたいわけじゃないんだ。
 2人で早く終わらせちゃおうぜ、って言ったら、王子は少しほっとしたような顔で、じゃあ後で、と席に戻って行った。
 ……なんか悪かったなあ。
「なんだ、おまえら仲良くやってんじゃん」
 山下が、意外そうに言ってくる。
「くそ、笑ってんじゃねえよっ」
「いやだって、篠田、テンパりすぎだから」
 ロボットダンスみてえだった、ってまた大笑いされる。
「驚いたんだよ!」
 王子の話をしてたところだったし、しょうがないだろ。
「王子って、できすぎてて近寄りがたいよなー」
「一歩引いてるっていうかさ、素を出さねえだろ。冷めてる感じだよな」
 冷めてる……?
 そうか?
「篠田と話してるところ見ると、王子にも表情あるんだなって思うよ」
「え? あいつ、いつも王子スマイルじゃん」
「作り笑いな。感じ悪いわけじゃないけど、気ぃ遣われてる居心地悪さはある」
 ……意外だった。
 王子の印象が、俺とこいつらとじゃ微妙に違う。
 王子といえば、あの物腰柔らかスマイルだし、それを作り笑いなんて感じたことはない。
 あんまり優しく笑うから、いつも気恥ずかしくなるぐらいで――。
「王子様、裏があるかもな」
「え」
「篠田、猛獣使いかも」
「王子は猛獣じゃねえだろが」
 どっちかっていうと、白馬だ。草食動物。
「いやいやいや。ああいうのに限って絶対、腹ん中真っ黒なんだぜ」
「あのなあ!」
 思ったよりでかい声が出て、2人が目を丸くしている。
「……なんだよ篠田、なに怒ってんだよ」
「べ、別に俺は――」
 なに怒ってんだ?俺。
「真君、言い忘れたけど」
「どわあっ!!」
 また王子に肩を叩かれて、今度は、ひじを強く机にぶつけて悶絶する。
 東野と山下は、今度こそ、ゲラゲラ大笑いしだした。
「王子ぃ……急に話しかけんなよぉ」
 涙目でにらむと、王子が苦笑いした。
「いつも驚かせてごめんね」
「もうちょっと気配出してきてくれよな」
「話のジャマしちゃいけないと思って」
 ふふっ、と笑った顔が一瞬冷たい……感じがしたような。
 東野たちが、あんなこと言うから、そんな風に見えてしまう。
「保健室に行く前に、少し寄ってほしいところがあるんだけど」
「え? 俺も?」
「うん」
 有無を言わせないような雰囲気でいる王子様に、俺は、わかった、と頷くしかなかった。
 席に戻っていく後姿をなんとなく不安な気持ちで見送る。
「……もー、おまえらが変なこと言うから、なんか怖ぇじゃん」
 俺は、冗談っぽく2人に抗議した。
 でも、東野は、真面目な顔で。
「裏があるってのは、的外れではない気がするけど」
「はあ?」
「王子様の秘密、何かわかったら教えてくれよ」
 面白がって言う2人に、俺は、冗談じゃねえよ、とひきつったセリフしか返せなかった。




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