(※未成年の喫煙、飲酒をほのめかす表現がありますが、それらを促すための物ではありません)



 初めてアイツの眸を見たとき、氷みたいですごく綺麗だと思ったんだ。
 視線がかちりと合わさって、見つめられた時沸き上がった焦燥。どう表現したら良いのか……あの時の感情を、今も上手く表せないでいる。





―麗らかな日射しについつい眠気を誘われる。
 珍しく試合のないこの日、タカオは日当たりの良い会場の裏庭で陽なたぼっこをしていた。
 争いのない穏やかな時間。普段タカオは仲間達と共に和気あいあいと過ごしていることが多い。良くも悪くもタカオの傍には常に人が集まってくる傾向があり、それこそ敵だろうが味方だろうが、初対面の相手ですら惹き付ける…それだけの魅力を持っているのだ。

 それは幼い頃から自然と培われたものだし、所謂人柄だとか性格が深く関わってはいるのだが…だからこそと謂うべきなのだろうか。仲間達と集ってベイバトルをするのも魅力的ではあるが、タカオは誰にも邪魔されずに1人で過ごす時間を特に愛していた。


(うあー…もうこのまんま寝ちまおうかな……)

 心地よさに身を任せて微睡みかけたその時、フッと目の前に影が落ちた。
 今迄気持ち良く浴びていた日光を遮られ、多少の不愉快さと一体何が起こったのかという疑問に重い瞼を開ける。其処には思いがけない人物が立っており、驚愕にタカオの瞳は目一杯に開かれた。

「先客が居たか…」

「ボリス?」

 逆光で上手く表情は見えないが、陽に煌めく銀髪を風に攫われるままに、長身の男が此方の様子を伺うように首を傾けタカオを見下ろしていた。
 太陽の位置により濃い影になっている所為で表情の窺い知れないその顔は、きっと面倒くさそうに顰められ眉間には皺が刻まれているに違いない。

 どうやら先程の台詞から推測するに、この場所はボリスの指定席になっているらしかった。

「隣借りるぞ」


 返事をするより早く、ドサリと音をたてて乱暴にタカオの横に座り込み徐に懐から煙草を取り出す。

「…あぁ、お前煙草駄目か?」

 流れるような一連の動作を見つめていたタカオに気付いたのか、ボリスは握っていた煙草の箱を軽く左右に振って見せ、問うた。

 余りにも凝と睨め付けるように見ていたからだろう、実際に嗜好品の中でも煙草を毛嫌いしている人は多い。だからこそタカオも煙草を苦手としている、若しくは嫌いなのだろうと思ったのは至極当然のことなのかもしれない。


 褐色掛かったパッケージには、勿論読めない所為で何と書かれているかは知らないが、恐らくロシア語だろう文字の羅列がプリントされており一匹の黒い蝶が舞っている。

 巻き紙やフィルター自体の色も一般的に見られる白ではなく、黒み掛かった珍しい色をしていた。

 実際の所、ボリスが煙草を取り出す仕草があまりにも似合っていて、格好いいなぁ……なんて見とれてしまっていたものだから突然降り掛かってきた言葉に一瞬怯む。

「えっ、あ、いや…大丈夫だけど……お前まだ未成年…だよな?」


 それでも何とか、自分の抱いた疑問を率直にぶつけてみた。
 体格や身長、身に纏っている雰囲気は大分違えども、年齢はそれほど変わらない筈なのにどうしてこの男はこんなにも大人びて見えるのだろう?

「別にいいって、今更だし……酒だってコレよりも前からやってるしな」


 銜えた煙草に火を点け、ボリスはサラリと―それはまるで今日はいい天気ですねと日常会話をするが如く恐ろしい程自然に―とんでもない事を言ってのけた。

「うわ…おっまえ絶対その内体壊すぞ?て言うか捕まるって!」


 信じられないといった風に呟いたタカオの言葉に、それでもボリスは気にしていない風でからからと笑ってみせた。

 今でこそ隣に座っている彼は笑っているけれど、タカオは初めてボリスを目にした時、身体の奥底から沸き上がる言い知れぬ恐怖を覚えたものだ。

 何か得体の知れないモノのような…緊張感というか、ピリピリとした威圧感が表に溢れていて近付く者を許さなかった。誰をも拒み牙を向くそんな態度が、まるで"手負いの獣"のように思えて仕方なく、しかし恐いと思いながらもその存在が気になって仕方なかった。


 ボリスがゆっくりと吐き出した紫煙が空へ上がっていく。お互い特に会話もなく、唯ぼんやりと隣同士座って時を過ごしていた。そこでタカオはふと、何故だろう唐突に初めてボリスと会話した時のことを思い出していた。


 あれは確か…そうだ、世界大会が始まって間もなくの頃で。こんな切っ掛けで仲良くなるなどとは微塵も思ってもいなかったのだ。


 世界中から集まったベイブレーダー達のために主催者側から用意されたホテル。その廊下で、タカオは一人路頭に迷っていた。

「やっべぇ、此処何処だ…!?」

 叫んだ言葉は左右の壁に反響し、虚しくこだまする。『探険だ!』などと言って兄達が止めるのも聞かず部屋を飛び出したのはいいが、あちこち彷徨った挙げ句に同じような造りが繰り返されるホテル内の道に迷ってしまったのだ。お陰で同じ場所をうろうろと行ったり来たりしている。

 最初の内はまだ良かったのだが、あれだけ居た筈の他のチームメンバーに出会うこともなく段々と心細くなってきてしまった。



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