どうしよう。いつまで経っても帰ってこない自分に仁達はいい加減心配…いや、怒っているかもしれない。

 いよいよ本気で途方に暮れ始め、その瞳に溜まった涙が今まさに零れ落ちようとした瞬間。突然グイッと肩を掴まれ、覗き込むように水色と銀色の溶け合ったような不思議な光彩の瞳に見下ろされた。


「…何やってんだこんなトコで」

 冷たい声、氷のような眸、遠くから見たことはあったけれど、こんなに近距離で対峙したこと等なかった人物。

 ボリスは怪訝そうにタカオの顔を伺い見る。
 べそをかいているその顔には明らかに「迷ってます、困ってます」という雰囲気が漂っていて、安易に声を掛けたことに後悔せざるを得ない。

 存外状況判断に長けているボリスにとっては、それだけで事の次第を把握するのは簡単だった。

(以前から餓鬼っぽい奴だとは思っていたが、まさかこんなホテルで道に迷うほど餓鬼だったとは……)

 呆れてフゥと溜め息を吐くと、肩を掴んでいた手を離しスタスタと先を歩き出す。

「え?あ…ま、待ってくれよ!」

 とにかく此処で途方に暮れているよりもずっとマシだと思ったタカオは、ボリスの後をついていく事にした。タカオが小走りに駆けよってきたのをちらりと横目で確認すると、一定の距離を開けて近付こうとも置いていこうともせずボリスは歩く。

 お前こそ何であそこに居たんだというタカオの問いに、ネオボーグの部屋があの階にあるのだとボソボソ話してくれた。

 それからは特に会話もなく、寧ろ共通となる話など有していないからそれは仕方ないことなのだが、二人して淡々と歩き続ける。


 そうして、最初小走りで後を追っていたタカオは、何時の間にかボリスの歩くペースがゆっくりになっていて自分が普通に歩いても大丈夫なことに気付いた。

(合わせてくれたのかな?)

……否、まさか。

 そんなことを考えていると急にボリスが立ち止まり、その背中にぶつかりそうになり慌てて急停止をかける。

「?」

 急にどうしたのだろうと思い、恐る恐るその顔を見上げる。
 振り返ったボリスはタカオを見ることはせず、「じゃあな」と一言だけそう告げると、そのまま元来た道を戻っていってしまった。
「え、おい…!?」

 何が何だか分からないままに立ち止まった目の前の部屋の番号を見て、それが他のチームの宿泊部屋が集った階だと気付き目を見開いた。

「あ…」

 呆然、と言う言葉が正しいのだろうか。今はもう遠くなった背中とドアプレートを見比べては、狐に摘ままれたような心持ちでタカオはそのまま廊下に立ち尽くしていた。

(もしかして…送ってくれたのか?)

 もしかしなくてもそう考えるのが妥当だろう。不器用過ぎる程の彼なりの優しさ、なのだろうか?
 何だか彼の本当の姿を垣間見たような気がしてタカオは少しだけ嬉しくなった。


 それからと言うもの、殆ど偶然ではあったがふとした機会で会うことが多くなり、軽い挨拶や会話もするようになった。何時だったか、試合の時に何となく眺めていたら目が合って、フッ…と一瞬だけ微笑んだのだ。

 見間違いだったのかもしれない。すぐに目は離されたから本当の所は今でも解らないのだが。
 けれど確実にその頃からだろう、ボリスをそれほど恐いとは思わなくなっていた。

 不思議なものだ、それが今迄どれほど敬遠していた人物でも、こうして少し優しくしてもらっただけで感化されてしまう。

 唯、ソレはタカオにとって決して嫌な変化ではなかったのだが。


「さ、てと…そろそろ行くかな」


 その声でハッと我に帰るとボリスはもう立ち上がり服に付いた砂などを払っていた。


「もう行くのか?」

「あと少しでトレーニングが始まる…時間に遅れると恐ぇーんだわ、うちのリーダー」


 冗談なのか、それとも本心か……本人が居ればきっと「心外だ!」と言って反論しただろう。

 タカオを見下ろして、悪戯っぽく笑って見せる顔はとても優しい。

 少し残念そうな顔をするタカオの髪をくしゃっと掻き回し、歩きだそうとする。
 それを、ズボンを引っ張るという動作でタカオが制した。

「あ?」


 一体何事かとボリスが振り返る。タカオは何処か気恥ずかしそうに俯いていて、ちらちらっとボリスを伺い見ていた。

「あ、あのさ…今度はオレともベイバトルしてくれるか?」


 恥ずかしげに、けれど真剣に紡がれた突然の言葉にポカン…としていたボリスは、しかしすぐにクスリと小さく笑った。

「あぁ、勿論だ」

 そう言って今度こそチームメイトが集まり始めたトレーニングルームへと向かった。最後に1度、手を上げてあの時のように「じゃあな」と言葉を付け足しながら。

 タカオは暫らく、小さくなっていく背中を見つめながら口元を綻ばせていた。



 ボリスの瞳は確かに冷たいけど…でもそれだけじゃなくて、あったかいモノがちゃんとあったんだ。
 氷みたいにキレイで、水晶玉みたいに脆くて、壊れてしまいそうで恐かった。

 オレは……多分、そんなボリスが


「  」


 今は言うつもりのない小さな呟きを口の中で転がして、タカオはにっこりと笑った。
 気付いたばかりの稚拙な感情は、それでもタカオの胸中を満たすには十分だ。
 何時しか笑って隣を歩ける未来を夢見て、そしてそのまま、暖かな微睡みの中へと落ちていく…




了.





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