机の上に添え付けられた灰皿は、これでもかという程の煙草の吸い殻で埋め尽くされている。決して広いとは言えない控え室の中はゆらゆらと発ち昇る紫煙で充満していた。
ソファにどっかりと座り部屋に据え付けてある小型のモニターを睨み付けながら、ボリスはいかにも苛々とした雰囲気を放出している。
今画面に映し出されているのはNEOBORGと他のチームの試合の中継を録画した映像だ。その様子を、苦虫を噛み潰し、加えて無理に嚥下したような顔でボリスは睨み付けている。
この頃ボリスは全くと言っていい程に試合に出させてもらっていなかった。
キャプテンであるユーリが出るのは当たり前だ、しかしそうなると決まって(時折気紛れで辞退することもあったが)カイが次の選手として選ばれる。
元よりボリス自身カイを認めていた訳ではないため、それがボリスにとっては面白くない事実であっても仕方がない。
その冷徹な性格からは想像出来ないが、今まで生きてきた環境故かボリスはずっとチームワークを重んじていた。
それとは対照的に、ただタカオを倒すためだけにNEOBORGへ移籍し、一個人の持つ力だけを頼りにしているカイ。
なんとも自分勝手な考えではあるが何かしらユーリと通ずるものがあるらしく、そんな理不尽とも取れる選択にボリスは不平不満を洩らす事も出来ずにいた。
何故なら自分達にとってユーリという存在は絶対なのだ。
だからこそ時折、こうして爆発しそうな思いを喫煙するという行動で無理矢理押さえ込んでいた。
「なぁボリス…そろそろタバコ、止めたらどうだ?幾ら何でもそれ以上吸ったら体に悪いぜ…」
そんなボリスの様子を隣で見ていたタカオが、見兼ねたように声を掛けた。
純粋にボリスの体を心配してのことなのだろう。しかし今の彼にとってそれは逆効果でしかなく、元来他人に干渉されるのが嫌いなその性格故に、余計苛つかせる原因となってしまった。
「煩ぇ、一々オレのすることに口出しすんじゃねえよッ!」
固く握った拳で力任せに机を殴り付ける。ダンッと派手な音を立てその振動に灰皿が引っ繰り返り中身をぶち撒けた。
ギリリと奥歯を噛み締め睨み付けながら吐き捨てると、タカオは肩を一瞬震わせ、次に酷く傷付いたような表情(かお)を見せた。
「……、」
小さく開いた唇はブルブルと戦慄き、しかし何を言葉にするでも無く目尻に涙を溜め、駆け出すように控え室を出ていってしまった。
後に残ったのは少しだけ表情の曇ったボリスと、変わらずに煙を燻らす煙草だけ……
勢いのまま飛び出たタカオは、ボリスと同じNEOBORGの仲間であるセルゲイの部屋へ訪れていた。
同じホテルの部屋を与えられ何人かで一時の生活を共にしている他のチームと違い、どんな権力があってかBORGのメンバーだけがそれぞれに個室を与えられている。
セルゲイは幼い頃からチームの皆と共に生活し、ボリスのことを良く知る者の一人であった。その為タカオは真っ先にセルゲイに相談に来たのだ。
扉を開けた時、セルゲイは泣きじゃくるタカオに驚いていたがそれでも何も言わず部屋へ招き入れてくれた。
「ック…ひっ…ひでぇよ……ォレ、ほ…きでボリスのこと…心配なのに……」
「………」
ボロボロと大粒の涙を流しながら話すタカオの頭を、その大きな掌で撫でながらセルゲイは話に耳を傾けていた。
(全く困った奴だ、全然成長していないと見える。先が思いやられるな……)
そう思う反面
心の奥底ではこの状況を最高のチャンスだと思う自分が其処に居ることをセルゲイは自覚していた。
そう、少なからずセルゲイもずっとタカオのことを想っていたのだ。
何時も陽の光のような笑顔で周りを明るくし、その魅力で誰をも引き付けるこの少年が。以外にもずっと一途で健気なこの少年が。
―…ずっと、恋い焦がれていた
真っ直ぐな言葉で、真っ直ぐな心で自分達を受け入れてくれた子供。
どれだけその存在に救われたことだろうか。
出来うるならば奪ってでも手に入れたいとも思っている。
しかしそんなことをすればタカオが傷付くのは目に見えているし、なによりチームの輪を乱すことも避けたかった。
…しかし今、目の前に絶好のチャンスが転がっている。
こんな機会をみすみす逃す程、セルゲイは馬鹿ではなかったしお人好しでもなかった。
「ぉ、オレ……セルゲ‥を、す…好きになれば…良かった……!」
きっとその言葉は本心ではなくて。でも、零れる涙を手の甲で必死に拭いながら、胸が締め付けられるような悲痛な声で告げられた仮令話に
セルゲイの中で、今まで積み上げてきたナニかが派手に 音を立て壊れた。
「木ノ宮」
不意に、頭を撫でていた手が頬へ移った。その感触に伝う涙もそのままにセルゲイを見上げる。
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