何時もより低く真剣味を帯びた声音に、タカオの体が強張った。


「…ボリスと共に居るのが辛いならやめてしまえ。無理をして傍に居ても…何にもならない」

 真摯な眼差しで見つめながら、そのままソッと頬を伝う涙を拭ってやる。


「私が傍に居てやろう…お前に涙など、流させはしない……幸せにすると今此処で誓う」

だから

「私の傍にいてくれ」

 そうして、酷く優しい動作でタカオを抱き締めた。


 力自体はそんなに強いものではない。寧ろふわりと羽毛で包むように優しいくらいだ。
 だが抜け出せる程弱いものでもなく……

 タカオは唯呆然とセルゲイの腕に抱き込まれながら、今聞いたことを頭の中で反芻していた。


好き……何を?誰が……

セルゲイ が、オレの事を


好き…?



 やっとのことで認識して。瞬間、弾けたようにバッと彼の顔を扇ぎ見る。
 其処には残酷なまでに優しく温かな光を湛える瞳があって。

 驚きで止まっていた涙が、また零れ出しそうになった。

 そのまま自分と彼との距離が限りなく0に近くなって―…


 タカオは力の限り、セルゲイを押し返していた。
 それでも体格差からか、背中に回された腕が解かれることはなく。

「ごめん…オレ、セルゲイのことは好きだけど……大好きだけど…ッッ!!」

 押し遣る時に胸に付いたままだった手が、カタカタと震えていた。

 何時も無口だけど、時折チームメイトに向ける優しげに細まる瞳が好きだった。
 落ち着いていて頼りになる性格も酷く好感が持てたし、彼の纏う雰囲気は荒れた心も酷く落ち着かせてくれた。

 でも、其処に存在する気持ちとボリスに向ける想いは、まったく真逆ではないけれどそれでも

似て非なるもの、で。


 だってオレが
「オレが、好きなのは……!!」

何時だって 心が


求めているのは



――俯いて必死に言葉を紡ぐタカオを、セルゲイは哀しげに見つめていた。
 そうして、フ、と

 腕の力を抜くと、そっとタカオを解放する。

「最初めから…理解っていたさ、そのくらい……」

ただあまりにもアレがお前を泣かせるものだから

「奪ってやりたくなっただけだよ……」


 そうして悲しそうに笑いながら、まるで慰めるかのようにゆるゆると指の背でタカオの頬を撫でていく。



 傷付けてしまった。本当はこんなにも優しい彼を、自分は己の感情だけをぶつけて苦しめてしまった。

「っ…ごめ、……ごめ…なさ…ッ!」

 両手で顔を覆ってみっともなく泣くことしか出来ない。

 だがどうしても駄目なのだ。

 確かに最初抱いた感情のまま接していれば、自分はセルゲイの事を好きになっていただろう。時折そんな事を本気で考えたりもした。

 けれど、あの男は何時も。何時だって。

 助けを求めるように、まるで許してほしいと言うように、縋り付くみたいな目でタカオのことを見るから。


 一度でもその手を取ってしまったら離れることなんか出来なくて…

 心が求めているのは、どんな時だって冷徹で自分勝手で我儘で、そのくせに寂しがりで傷つきやすい、まるで子供みたいなあの男だから。


「ボリス……!」

 泣きじゃくるタカオの頭を撫でて、セルゲイは苦笑いながら喋りかける。

「傍に行ってやれ……アレも、大概素直ではないから……」

「きっと今頃は泣きそうな顔でお前を待っているさ」


 そう促してやれば、タカオはバッと音を立てて立ち上がり、振り返ることなく風のような速さで出ていってしまった。

 最後に小さく、「ごめん」とだけ残して……



 パタリと扉が閉まる際に小さく立てた音を聞いてから、セルゲイは座っていたソファに大きく凭れかかった。

 天井を仰ぎ両掌で目元をぐ、と押さえる。


「やはり…適わなかった、な……」

 否、適うはずがなかったのだ。それは初めから知っていたのだから、この表現はあまり適切とは言えないのだろう。

 ボリスがタカオを想う気持ちは自分のソレよりもずっと強く、そして重い。

 何時かそれにタカオが潰されてしまうのではと危惧したこともあったが、あの少年はちゃんと人の気持ちを受けとめ前に進むだけの力と、それに見合う心を持っていた。


 だからこそ、その存在に惹かれ……そんな"二人"を見ているのが好きだったのだから。


「……ッ………」


 一筋、透明な雫が手の隙間から滑り落ち服に染みを作った。

 腕には抱き締めた存在の温もりが、未だ消えずに残っている…




 願わくば未来永劫、あの二人が倖せであるように。

 自分は唯、叶う事のないこの想いを抱いて二人の傍で生きていければそれだけで構わないから。



fin.
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