見上げれば筆で抄いたような青空が広がっていた。ふわふわとした綿飴のような雲が漂い風が心地よく通り過ぎていく。
 試合も無くやっと与えられた久々の休暇、こんなに天気がいい日は絶好の外出日和だと言うのに……


「なぁボリスー、そろそろ止めて外に行こうぜ?」

「……」

 己に向けて話しかけられた声にも無反応で黙々と作業に集中している少年に、声を掛けた方の少年はぶすくれたように顔を顰めた。

 その日タカオがボリスの部屋に訪れたのは、丁度昼の十二時が過ぎた辺りだった。
 前もってこの日はボリスに予定が入っていないことを確認していたし、軽く昼食を取ってから二人で何処かへ遊びに行くつもりだったのだ。

 彼の好きなシルバーアクセサリーを見るのもいい。タカオ自身は装飾品にはあまり興味が無いため詳しくはないが、それでもボリスの趣味がいいのだろうということは分かっていた。
 丁度新しいアタックリングが欲しいとも言っていたし、時間があれば新しいパーツを見に行くのもいいかもしれない。

 こうして何でも無い事を考えているだけでワクワクするのは、ボリスと一緒にいられるのが嬉しいからだ。まるで幼い子供が遠足の前夜に興奮して寝付けないような…そんな感覚にも似ていた。

 だが別段、無理して出かけなくたって構わないとも思っていた。二人で一緒の空間を分け合えるのなら、久しぶりの休日を二人で穏やかに過ごせるのならそれだけで充分だと考えていたのだ。


 だからと言ってコレはあんまりではないだろうか?確かに出かけなくても構わないと思ったのは本当だ。
 しかしボリスはタカオが部屋に訪れた当初から、ベイの調整に忙しいのだとまったく相手にしてくれなかった。

 それでも最初は軽い返事や相槌を打ってくれていたのだ。その内にそれも段々と面倒臭くなったのだろう、仕舞いには手元に意識を集中させタカオを無視すると決め込んでしまったらしい。


 仮にも自分は恋人という立場に立っていて。他の人よりずっと大事にされて、想われていると自惚れてもいいくらいの関係は造り上げてきたつもりだ。
 そんな風に思ったって罰などは当たらない筈、だと言うのに………

 なのに、この仕打ちはあんまりではないか?


「ボリスの馬鹿野郎!もう知らねぇ!!」

「あ、オイ…」


 そう叫ぶと、ボリスが止めようとするのも聞かずにタカオは勢い良く部屋を飛び出していってしまった。

 別にずっと構えと言っている訳ではない、初めからボリスがそういった戯れあいが苦手なのは知っている。それでもまるで其処に誰もいないような扱いを受けるのが、どうしても嫌だった。


「…チッ」

 所在無さげに宙に浮かんだままだった手を下ろすと、小さく舌打ちをしてボリスはまた自分の相棒であるファルボーグへ向き直ったのだった。


 形だけであれ、ボリスが自分を呼び止めようとしたのにも気付かずタカオが逃げ込んだのは、最近よく話し相手をしてくれるようになったセルゲイの部屋である。
 その顔を見て何があったのかおおよそ見当がついたのだろう、セルゲイに招かれるまま部屋に入りソファに腰掛けると、一息つく間もなくタカオは勢いのままに話しだした。


「……でな、でなぁ!!ボリスの奴ずっと人のこと無視しやがるんだぜ!酷いだろ?酷いよなァッ!!」

「…そうだな」

 興奮したように喚きながら身振り手振りで相手に同意を得ようと懸命に説明を施す。実際それは支離滅裂であまり意味を為してはいないのだが、それに律儀にも返答をするセルゲイはとことん真面目か馬鹿なのか。


「木ノ宮、少し此処で待っていろ」

 僅かに考え事をした後、まだ何か話しだそうとするタカオにそう言い残し、セルゲイは部屋を出ていこうと立ち上がった。

「何だよ、お前までオレを邪魔者扱いするつもりなのか?」


 まだ僅かに涙の残る瞳でジト…ッと相手を睨む。
 それに苦笑を零し、セルゲイは違うと首を横に振った。


「すぐに戻って来るさ…それまでちゃんと大人しく待てるだろう?」




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