これは幾分やり過ぎた―と、シルバーはその精悍な顔を歪め、今更ながら沸き上がる多少の罪悪感と共にこれからどうするべきかを思案していた。

 己の膝の上、向かい合うように座る涼がニコニコと笑っている。その円い頬だけでなく項に至るまでをまるで林檎のように紅く色付かせ、酒気に潤み不可思議に揺らめく瞳で男を見つめていた。

 酒気に…と言うように、涼は酒を呑んだ所為でこのような状態に陥っている。勿論自ら率先して口に運んだのではなく、この子供に酒を呑むよう煽ったのは他の誰でもないシルバーだ。
 明確な日付などは覚えていないが、一番初め悪戯のように酒を勧め、その強さに驚いたのは未だ記憶に新しい。その後も何度か杯を酌み交わした事で、涼が所謂笊と呼ばれる部類に入るのは熟知していたし、酩酊するだけの量の限度も知っていた筈だった。
 子供相手に何という事を…と、十分理解している為に悪いのは全て自分の所為にさせている。

 先程も食後の口直しにと勧めたのは本の軽い度数の、シルバーから言わせればジュースや水と変わらないような代物だった。
 しかし今日に限って、たったグラス半分程しか残っていなかったアルコールに涼は強かに酔ってしまったらしい。


 そう言えば総合学習だか何だかの調べ物が捗らず、あまり寝ていないと零していた気がする。
 勿論毎回涼は飲酒を断ってはいる。唯それを良いように言い包めシルバーが何度も杯を重ねさせるのも毎回のことだった。
 先程も散々断り、結局は強引にグラスを持たされてしまった涼であったが、シルバーが小用にふと席を立ち数分も空けず戻ってくると其処には既に出来上がった子供の姿があった。

 くたりと身体を投げ出し、天井を見上げる瞳は何処か焦点が合わずぼんやりと蕩けていた。
 珍しいものだと近づけば、此方に気付いた涼に手を引かれるままソファへと身を沈ませ、乗り上げてきたその身体を支える事となってしまったのである。

(今迄の付けが回ってきたか…)

 何処か流暢に構えながら、しかしシルバーはこの状況を楽しんでもいた。
 人間は酔った時にこそその本質を見せると言う。さて、この少年は果たしてどうなるだろうか…と。
 好きなようにさせようと大人しくしていると、涼は男の首に両腕を絡め唇を押し付けてきた。
 飽きることなく唯触れ合わせるだけの口付けを繰り返し、その位置が首筋へと移った瞬間、シルバーはこれから起こるであろう事柄を幾つか予想し引き離すように肩を押すと、その両手首をグッと抑え込んだ。

「……?」

 掴まれた手とシルバーの顔を不思議そうに交互に見比べて、むぅと唇を尖らせる。未だふっくらと幼さの残る頬を膨らませて、涼は不満げに男を睨め上げた。…とは言っても、その視線には大分甘さが含まれている為に恐ろしくもなんともないが。


「嫌なのかよ…」

「嫌ではない。が、駄目だ」

 好きなように、とは思っていたが、まさかこんな風に絡んでくるとは頭の片隅にも置いていなかった。精々くっついて離れなくなったり、日頃の不平不満を聞かされ説教されるくらいだろうと軽く考えていたのだ。
 シルバーとしてもこんなに積極的な涼を見たことがなく、嫌であるどころか寧ろ願ったりな状況ではあるのだが、グタグタに酔っ払った者を犯したところで後々碌な事態にならないだろう事は十分に予測出来た。

 だからこそ、とっととこの子供を寝かしつけてしまおうとその身体を抱き上げるよりも早く。ぐぅと伸びるように身を寄せてきた涼が、ちろりと唇の端を擽るように一舐めして囁いた。

「俺は今アンタに触れてほしいのに」

 これには思わずシルバーも声を失くす。
 掴んでいた手の力が緩んだ隙を見逃さず、するりと抜け出した涼は甘噛みのように顎に齧りつき、這わせる舌を下降させていく。

 その合間にも、熱っぽい吐息の中で尚も繰り返すのだ。

俺は今アンタに触れたいのに
アンタに…シルバーに触れていてほしいのに


 覚束ない手つきで男の着ていたワイシャツの襟を寛げ、子供と成人の間を彷徨うしなやかな指先で胸肌に触れる。
 そうして吸い付いた唇にチリ、と灼けるような熱を残されては降参するしかない。身体の奥から燻りだした情欲にわざとらしく嘆息してみせて、胸元から悪戯に見上げてくる瞳に向かってニヤリと口角を上げて見せた。

「其処まで言うのならば、存分に触ってやろう」

 擦り寄る身体に腕を回し、口付けるために頬に手を伸ばそうとしたところで、しかし意外なことに誘ってきた本人からの制止が掛かった。

「駄目、駄目。今は俺が触る番なんだから」

 ふふふと弾むように楽しそうに笑うその顔は、まるで幼い子供そのものだ。
 その発言に片眉を吊り上げ憮然とした表情を作りながらも、矢張りシルバーは涼の勝手にさせるべく緩慢な動きで腕を下ろした。

「なぁ、知ってる?傷って性感帯になるんだって」


 クスクスと漏れる微笑を隠しもせず、涼はシルバーの肩にゆるりと顔を寄せていく。
 肩口から胸元を抉るように斜めに大きく走る四本の傷痕。かつて涼が刻み込んだその傷は、意図せずに彼がこの子供の所有物であるという証に他ならない。
 その傷に指を沿わせると、子供は満足そうにニッコリと微笑んだ。








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