竜が二匹で酒を飲む

※番外編「妖精たちのクリスマス」と同時刻の話


「うん、ぼちぼち上がっちゃっていいわよ」
「ありがとうミラさん!ここまで片付けたら上がるな」
 さて、魔導士ギルド妖精の尻尾には一般人も入ることができる。もちろん見学だとか堅苦しい枠ではなく自由に。こなしている役割は酒場といえば一番近いだろうか。もともと魔導士連中は酒やら宴が大好きなものでギルド内で飲食物の販売を行っており、それを一般市民も利用できるのだ。そしてそうなると、繁忙期というものも存在する。季節ごとのイベントや祭りの日なんかがそうで、クリスマスである今日も例外ではない。むしろ一番の稼ぎ時と言ってもいいだろうか。まあここに来る連中なんて、イベントだから騒ぐんじゃなく、イベントという口実を見つけて騒いでいるだけなのだが。
「もう店仕舞か」
「あらラクサス!いいえ、まだやってるわ」
 酔い潰れた大人がそこかしこに転がる地獄絵図の中バーカウンターまでやってきたのはラクサス。今日はいつも一緒にいる雷神衆の姿が見えない。
「もう一つ頼む。それとこいつもう上がりだろ、借りる」
 ギルドのメンバーということで差し出されたいつもの酒を呷りながら彼は皿洗いに勤しむアルテを指さした。
「え」
「うふふ、アルテちゃんご指名よ」
「そんなサービスないよな!?」
 驚きを隠せていないのはアルテだ。何度か同じクエストには行ったことはあるし、話もする。が、例えば常に顔を合わせているとか、同じチームを組んでいるとかではないのだ。
「む…何の用事だよラクサス」
「そう固くなるな、同じ第2世代だろ」
 膝を打ったのはミラジェーンも一緒。元々人とあまり付き合わないラクサスにしては珍しい、と不思議に思っていたところだったのだ。
「あんまり飲みすぎないようにね、これ強いから」
 彼女はそう言ってラクサスの注文通り、グラスに薄い青色をした酒を注ぎアルテの前に置いた。
「お前そういえばグレイ達と一緒じゃないのか」
 一番に騒いでいそうなメンバーがいないことに首を傾げ彼はそうアルテに問う。
「あいつらはルーシィの家でパーティ。一応誘われたけどクリスマスは稼ぎ時だしな、こっちに来た。あと正直嫌な予感がする」
 本当にアルテの予想通りパーティは酷い有様になるのだが、それはさておくとする。


「傷跡?ああ…外科手術で埋め込みやがったから消えやしない」
 ブラウスのボタンを外しがばりと開いた胸には縫い合わせた跡が残る。滅竜魔導士にするための魔水晶を体内に埋め込む際についたものだった。腹にまで細かな縫い跡が見える辺り、余程非道な状況にあったのだろうと推測することは難しくない。
「お前、酔うと随分しおらしくなるんだな」
 人間アルコールを摂取すると変わってしまう場合がある。饒舌になる、笑い上戸、泣き上戸、キス魔などなど。アルテはそれらとは逆と言ってもいいだろう、アルコールで鎮静化させられるタイプ。普段から表情は無に等しいが、それに加え口調にハリがなくなる…つまり普段の無鉄砲で男勝りな喋りから、言葉回しは基本変わらないものの少々女性らしい落ち着きが見られるようになる。
「そうか?気のせいだろ…あ、それとも何だ、まァた夜のお誘いか?」
 また、とアルテが言ったのは、ラクサスが少女に粉をかけるような言動を過去に数度したことがあるからだ。別に特別入れ込んでいるわけではない。最初は新顔がどんなもんかと気になっただけだったのだが、それでアルテが靡かないのがわかってからは、完全に面白半分、からかっている。
「やめとけ、見たろ?こんな傷塗れの小娘、抱く方が損だ」
 普段の言動からは想像もできないほどの自己否定がアルテの口から飛び出す。自分なんかが、という抑え込んでいるネガティブ思考が、少々出やすくなっていた。
「傷も化粧も変わらんだろ。抱くときにゃ見ねえヨ」
「全女性を敵に回したなぁ…お前一応モテるんだろ?」
「知らん、勝手に寄ってくるだけだ」
「へぇ」
 カラン、とグラスの底で音を立てた氷を、アルテは口内に流し込む。
「で、どうなんだ」
「何が」
「お前の言った通りの『お誘い』だ」
「…馬鹿だなぁ、散々言ってるだろ。それとも気でも狂って『本当に』私を口説いてるのか?」
 ガリリ、と奥歯で氷を噛み砕きながら、アルテはラクサスに怪訝な目を向けた。散々自分が胸像状態になっても死なない化物じみた姿を、先程も胴体に刻み込まれた醜い傷跡を見せたというのに、冗談でなく私にそんな感情を(たとえ肉体だけが目当てだとしても)抱いているというのならば、それは愚か以外の何物でもない―そうアルテは思うのだ。
「どうだろうな」
 その思考を下らん、と一蹴でもするように鼻で笑ったラクサスは、突き放すような返答をした。
「……口が上手いなァ、何人オトしてきたんだか」
「その内の一人になるつもりは無えのか」
「ハ、何度も言ってるだろ。お前にとって損なんだよな?正直こうやって喋ってるのすら許されないような人間だ。正直さ、ここにいさせてもらえるのも身に余る。グレイの中からも私は死んだままの方が良かったんだ」
「…確かにこのギルドにゃそぐわねえ考えだ」
「いいだろ、飲ませたのも、話を聞きたがったのも、ラクサス、お前だ。責任くらい取れ」
「言うじゃねえか。おい、勘定」
 ラクサスはじゃり、と金貨を数枚置き、そうカウンターの向こうに声をかける。そうしてミラジェーンが金貨を数えお釣りを渡す前に半ば崩れるように座っていたアルテを片手でひょいと抱えてしまう。
「っあ?ラクサス、どういうつもりだ」
「どうせろくに歩けねえだろうが。部屋に放り込むくらいはしてやる」
 小脇にまるで麻袋のように抱えられたアルテは、言葉とは裏腹におとなしくしていた。言われたとおり、確かに自分一人じゃ歩けないなと確信があったのだ。
「…よく考えたら今日はやけに優しいな。悪いモンでも食べたのか?」
「家の方角を教えろ。文字通り放り込んでやる」
「悪かった悪かった、助かるよラクサス」
 バチバチと髪の毛が浮くほどに帯電を始めたこの大男は、本当に言葉通りやりかねない。

「あの二人…案外『でぇきてるぅ』?なのかしら…?」
 さて、この一部始終を見ていたミラジェーンから噂が広まったのは言うまでもない。
 


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