雨だっていいじゃない

「…雨、やまないね」
 アパートの窓から灰色に沈んだ街を見下ろす。残念そうな彼女の横顔を一瞥して、またふいと顔をそらした。
「仕方ないよ」
 本来なら今日は、彼女と少し遠出して大きな公園に行く予定だった。彼女もお弁当の準備だってしていたし、僕だって兄弟に感付かれないようにしてきた。なのに、雨。
「っほら、お弁当食べよう」
 ローテーブルの上に、プラスチック容器に詰められた彼女お手製の料理が広げられた。
「わぁ…」
 思わず声が出た。美味しそう。外の景色とは正反対な彩度と輝きに、少しは気持ちが晴れたような。
「いちまつくん、”いただきます”」
 僕の反応を見てにへら、と笑顔になった彼女に安心して、ふ、って息が漏れた。
「…いただきます」
 彼女が催促したように手を合わせて律儀にそう言うと、彼女は幸せそのものみたいな顔するから、こっぱずかしくなって、誤魔化すようにそそくさとサンドイッチを手に取った。つぶしたたまごの、至ってシンプルなやつ。
「…どう?」
 美味しくて夢中で一切れ平らげて、二切れ目に手を伸ばそうとしたときに丁度目があった。僕より先にいただきますしたくせにまだ一口も食べてない。
「まあ、いいんじゃない」
 ぼそりと、本心でもなしに照れ隠しでそう呟いた。素直じゃなくてごめん、めっっっっっちゃ美味しい。
「そっか、よかった」
 これ以上どう幸せを表現できるんだ、って顔で彼女はそう言って、たまごサンドに手を伸ばした。僕はハムとレタスのやつにした。あ、これもめっちゃ美味しい。
ふと彼女を見ると、小さなサンドイッチを両手で持って食べてて、小動物みたいで、やばいありえないくらい可愛い。しばらくじっと見てると、彼女が小首を傾げて少し考えたあと、頭上に豆電球を浮かべた。
「いちまつくんいちまつくん…はい、あーん」
 そう言って可愛らしいパステルカラーのピックに刺さったたまごやきを僕の目の前に差し出した。彼女の言葉と状況をようやく飲み込んで、ぶわりと顔が熱くなった。ちょっと待って、あーん、って、ねえ、ねえ。
「…恥ずかしい?」
 ちょっと困り顔をする彼女に慌ててそんなことないと首を横にぶんぶん振った。握りしめてる左手の手汗がすごい。
「じゃあもっかいするね…はい、あーん」
 天使みたいな笑顔で言うもんだから、余計にどきどきする。ふるえながら目を瞑って、口をあけた。彼女のふふ、って可愛い笑い声が聞こえた。たまごやきが口に入ってきたのを確認して口を閉じる。思わずピックまで噛んでしまって、歯がじんじんした。
「いちまつくん、かわいい」
 目を固く瞑ったまま味わっていると、そう言って頬をぷにぷにされた。ごくん、と飲み込んで小さくうるさい、って言った。美味しいけど言ってやんねぇ。
「ごめんって、あ、いいこと教えてあげようかいちまつくん
 同じようにピックにささったプチトマトをつまみながら、嬉しそうに言う。
「いちまつくんさ、美味しいときとか嬉しいときとか、目がきらきらってしていつもより開くよね」
 さっきもそうだったよ、って続けられた。
「っうるさいもうこれ全部僕が食べるからね」
 腹いせに両手にサンドイッチを握って言うと、彼女ははいはい、って微笑ましいとでも言うように笑った。あーもう調子狂う。外はまだ相変わらず雨だけれど、たまにはこういうのもいいかもしれない。おいしいごはんと、彼女がいればもう満足だ。



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