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そして、少女は星を見つけた

 風がそよそよと音を立てて吹く。葉の擦れる音が心地いい。若葉の青い香りが鼻をくすぐった。真っ青な空には綿菓子のような白い雲が気持ちよさそうに浮いている。今日は気持ちのいい晴天日和だ。
 学校からの帰り道。その道中に小さな公園がある。休日や夕方は小さな子供たちの遊び場になっている場所だ。苗字も幼馴染と共によくそこで遊んだのを覚えている。
 そんな懐かしさを覚える場所には、四季を感じさせる木々たちが集まっていた。春には桃色の花を咲かせ、夏には青々しい若葉が芽を出し、秋には燃えるような紅葉に色づかせ、冬には葉を落とし寒々しい姿を見せている。名前はその木々たちを見て、四季の移ろいを感じるのが好きであった。
 なので、この日も公園を横切る際上を見上げた。空の青を覆い隠す緑の天井に目を細めていると、ふとある気配を感じて、そこから視線を下ろす。
 木の根元のところ。そこに、名前と同じ歳くらいであろう少女がいた。見慣れぬ制服を纏い、彼女はじっと木を見つめている。しかし、名前のように穏やかな気持ちではないらしく、何処か焦っているような、不安げな空気を纏っていた。それを見た瞬間、名前の体は勝手に動いていた。

「大丈夫?」

 彼女に声をかける。名前の声に気づいた彼女はパッと慌ててこちらに顔を向ける。その大きな目に名前の姿が映ったのが見えた。それが、不安定に揺らめいているのを見て、やはり声をかけてよかったと思った。

「どうかしたの?」
「……上」

 彼女が恐る恐ると指をさす。その先には木の上でにゃーにゃーとか細く鳴く小さな猫がいた。登ったのはいいものの、どうやら降りれなくなったらしい。

「…………」

 彼女はカバンをぎゅっと抱きしめながら、上を見つめている。眉を真ん中によせ、切なげにその瞳を潤ませていた。言葉なんてなくても、彼女の様子を見ればその心情なんて手に取るように理解できた。

「任せて!」
「え?」

 持っていたカバンを放り投げて、腕のシャツを捲る。彼女は戸惑ったように声を上げるが、名前はニカリと笑った。それを見た彼女は開いた口をきゅっと閉ざす。
 それを見届けて、名前は木の枝に手をかけた。よいしょ、と。声を出しながら、体を持ち上げる。それを繰り返しながら、木をどんどんと登っていく。
 しかし、その時。名前はふと思いついたように下を見てしまった。思ったよりも高い位置にいることを自覚し、なぜ下を見てしまったのかと、考えの浅い自分の行為に後悔した。

「ひえっ!?高い!!」
「し、下見たらダメ!」
「うん!!」
 
 彼女に言われた通り名前は上に視線を戻した。とはいえ、体は先程の恐怖を覚えているらしい。指はカタカタと情けなく震えていた。それでも必死に腕を上に伸ばす。頭の中でこの前の日曜日の朝に見たヒーローの言葉を何度もリフレインさせた。
"ヒーローは勇気のあるもの。決して諦めないもののことだ"
 そう鼓舞して、少しずつ木を登っていく。猫の声も近くなってくる。その鳴き声を頼りに、ヒーローの言葉を胸に、体を動かしていった。すると、徐々に恐怖心が薄れていくのを感じた。

「ほーら、おいで!もう大丈夫だからね」

 猫の元にたどり着くと、名前はそっとその体を抱き上げた。猫はミャーミャー鳴きながら、胸元に擦り寄ってくる。可愛い。自然と頬が緩むのを感じた。
 猫の首には首輪はなかった。野良猫かもしれない。しかし、それにしては人懐っこかった。
 これで、あとは下に降りるだけである。よし、と気合いを入れ直した名前は自然と視線を下に下ろした。すると、そこに映るのは、先程よりも地面から遠のいた光景で。心配そうにこちらを見上げる彼女の姿も先程よりも小さく見えた。ゾワッと足の下から薄れかけていた恐怖が這い上がっていく。
 それがよくなかったのだろう。竦んだ体は力が抜け、枝に支えられていた体がずるりと滑る。視界が大きくぶれ、体がふわりと浮いた。下にいる彼女の顔が驚愕に大きく歪む。近づいていく地面と、遠のいていく空の青。世界がぐるりと回転して、名前は思わず腕の中にいる温もりをきつく抱きしめた。

「ぐえっ!?!?」

 ドスン!と鈍い音が静かな公園一帯に響く。背中が痛い。じんとした痺れを帯びた痛みが背中から広がり、悲鳴をあげた。いや、あげざるを得なかったが正しい。
 そこで、名前はようやく自覚したのだ。登っていた木から落ちてしまったことを。 

「だ、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫ー」

 ヘロヘロな声でなんとかそう答える。そして、きつく抱きしめていた腕を緩めると、そこから温もりがモゾモゾと動き出した。腕の隙間からぴょこんと愛らしい顔を覗かせる猫。その姿を見て、彼女は頬を緩ませていた。

「ほら、この子も無事だよ!」
「……ありがとう」
「いーえ!」

 彼女は猫を抱き上げ、ふわりと笑う。猫も元気そうに鳴いて、彼女の頬をぺろりと舐めた。
 そんな1人と1匹の姿を見て、無理をしてでも助けに向かってよかったと、誇らしく思えた。

「怪我は?」
「ないない!へーき!!」

 名前はぴょんっと跳ねるように起き上がる。思ったより元気だ。名前は丈夫さだけがとりえなのだ。主に、並盛の風紀委員長様のおかげであるが。

「でも……」
「大丈夫!私ね、ヒーロー目指してるから!」
「……ヒーロー?」
「うん!ヒーロー!」

 名前がそう断言すると、彼女は不思議そうにその目を瞬かせた。

「だから、また困った時があったら教えてね!助けに行くから!」

 小さな白い手をぎゅっと握ると、彼女の白い頬は薄紅色に染る。そして、恐る恐ると首は縦に振られた。それを見て、名前は満足気に笑みを浮かべる。

「じゃあ、またね!……えっと…?」
「?」
「名前!名前はなんて言うの?」
「……凪…」
「そう!凪ちゃんね!じゃあ、またね、凪ちゃん!」
「……う、うん…また…」

 名前はブンブンと手を振る。凪と名乗った少女もおずおずとした様子で、しかし小さく手を振り返してくれた。
 






「ヒーロー…」

 ぽつりと呟いた彼女の言葉は新しい出会いを祝福するような爽やかな風に攫われて消えてしまう。腕の中の猫がにゃあと鳴いた。
 また会えるだろうか。少女の瞳に一筋の星が走った。