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生命の灯火が聞こえるか


「折角九州に来たのに、全然それっぽいことしてない」
「遊びに来てるわけじゃねえからな」

 絶賛指名手配されている敵連合のメンバーである名前と荼毘が、人の溢れた街の中をうろちょろと歩き回れるはずもなく、2人は日の当たらぬ影の中でこそこそと動いていた。
 お腹から音が鳴る。そういえば、おにぎりも食べずにここまで来たのだ。欲というものは、何故自覚すればするほど、深みにハマってしまうのか。ぐーぐーとなるお腹を抑えていると、隣からうるせえと零された。

「荼毘先輩、何か食べに行こうよー」

 何処か遠いところから香ばしい匂いがする。美味しそうだなあ。食べたいなあ。そんな欲に釣られてふらふらとしていれば、襟元を掴まれて引き戻された。最近、彼からの扱いが雑になった気がする。

「荼毘先輩、お腹すいた」
「少しは我慢しろ。脳無の襲撃で街は今警戒態勢に入っている。特に今は無闇矢鱈に動けば捕まるリスクが高くなるぜ」
「ちぇー」

 ぐー。お腹が鳴る。荼毘の眉が不愉快そうに動いた。ため息をつかれる。早く帰れ、だって。でもドクターとなかなか連絡がとれないのだから、どうしようもないのだ。仕方がないだろう。

「九州と言えば、福岡だとラーメンに焼き鳥、明太子、熊本だと辛子蓮根、太平燕に、……」
「言うな。余計に腹が減る」
「荼毘先輩だってお腹すいてんじゃん!」

 ぶすっとしながら文句を垂れる。すると、あ"?と低い声が唸った。あれ、と思った時にはもう遅い。気づけば、名前の襟首を掴んでいた手が上に持ち上がっていっていた。それに釣られて、足は自然とつま先立ちになる。それでも、首は締まる。苦しい。

「死ぬ死ぬ死ぬ!!荼毘先輩!!」
「俺が調達していた飯を猫に盗まれたり、転けて海に落としたり、鳥の糞まみれにさせたのは誰だ?言ってみろ。言えるもんならな」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

 これはマズイ。不機嫌を通り越して、確実に怒っている。また首を燃やされてしまうと、名前はじたばたと暴れた。
 しかし、荼毘の言葉は正に事実であり、どう反論しようもなかった。過去は変えられない。つまり、今の名前に出来ることは、ひたすら誠心誠意を込めて謝ることだけだ。

「いつか幸運で返すから!ね!ね!早まるのはやめよ!?」
「お前の幸運=俺の幸運というわけでもないんだぜ、これが。わかったら、動くな。静かにしてろ。不運を勃発させるな。幸運も無駄に浪費すんな」
「あ、はい」

 ぱ、と荼毘の手が離れる。ようやく確保出来た気道に、コホ、コホ、と咳が漏れた。自然と目に涙が溜まっていたからか、視界は歪んで見える。
 荼毘はそんな名前に目もくれず、辺りをキョロリと見回し、スタスタと歩みを進めて行った。しかも、まだ噎せている名前を置いてだ。名前は慌ててその薄情な背中を追いかけた。

「荼毘先輩、どこに行くの?」
「寝る」
「寝るってどこに?もしかして野宿!?」
「それもいいが、襲撃される可能性もある」

 すると、荼毘が足を止める。それに釣られて名前も立ち止まった。その目の前にあるのは。

「……ラブホ?」





 目に刺さるようなネオンの光が、老朽化した建物を隠そうと躍起になっている。そんな光の中に身を潜める彼の後を戸惑いながら名前はついていった。
 ホテル内には、人の姿は見受けられず、部屋の写真が映し出された大きなモニターが2人を出迎えてくれた。それを平然と見やる荼毘の隣に、名前はそわそわとしながらも立つ。
 ここ、どう考えてもラブホだよな。
 そんな確信にも近い疑念が頭を渦巻く。ドクドクと胸が忙しい。体も妙に落ち着かない。好きな相手とラブホ、なんてそりゃあ挙動不審にもなるに決まっているだろう。

「適当でいいか」

 そんな名前の内心など気にする素振りもなく、はたまた興味なんてなさそうに、荼毘は手馴れたようにタッチパネルを操作して部屋を選ぶ。そんな彼の腕を引っ掴んで、ちょっと待ったー!!と声を荒らげたのは、混乱と我慢の限界を迎えた名前であった。

「待って待って待って荼毘先輩!!私まだ心の準備ができてない!!」
「あ?」
「まずは段階を踏んでいこう、荼毘先輩!まずは、手を繋いでデートして……」

 そこまで言って、名前は気づく。2人で遊園地に行ったことがあるな、と。それが、デートかどうか双方の認識はさておき。

「抱きしめたり、キスしたり……」

 してるな。しかも、つい先程。
 手を繋ぎデート、抱きしめ、キスとなれば、次はーーー。
 たどり着いた答えに、名前は顔色を青くしたり、赤くしたりと、忙しなく変えた。

「でも流石に今は無理!!だって勝負下着じゃないもん!!上下バラバラのだもん!!荼毘先輩との初めてがそんなのなんて、無理無理無理ー!!無理だからー!!!!」

 どうか考え直して、あと下着を今から買いに行かせて、と半泣きの状態で腕を引っ張る名前に、荼毘は心底冷めた眼差しを向け、そしてここ最近一番と思われる大きなため息をついた。そして、容赦なくパネルの操作を再開させた。

「ンギャー!!!!」
「うるせえ」
「ヤダって言ったじゃん!!荼毘先輩のバカ!!」
「お前の下着を見なきゃいいんだろ」
「え?着衣のまま?それとも、目隠しして……?私、初めては普通がいいんだけど……でも、荼毘先輩がそれを望むのなら、頑張るからね!!」
「頑張るんじゃねえ。寒い勘違いをそろそろやめろ」

 操作を終えた荼毘は腕に引っ付いた名前を連れて、そのままエレベーターに向かった。そして、ついでと言わんばかりに、名前の頭にフードを被せる。

「ヒーローたちは今No.1ヒーローを圧倒した脳無と突如姿を見せた俺に意識を向けてんだ。男一人でラブホに来ようとは思いもしねえだろうさ」
「うーんと、それって、つまり?」
「自惚れるんじゃねえってことだな」

 小馬鹿にするようにニヤッと笑う彼の横顔がフードの奥底に隠された。それと同時にチン、と音を立ててエレベーターの扉が開く。
 すると、外の扉が開く音が聞こえた。そちらに視線を向けると、小太りしたおじさんと綺麗な女性の2人が腕を組んで、ホテル内に入ってきていた。体はあんなに密着しているのに、何処かよそよそしい距離感を感じさせる。そんな2人をぼうっと眺める名前の肩を抱き、荼毘はそそくさとその小さな箱の中に身を隠した。

「脳無のニュース怖かったですね。もし鉢合わせちゃったりしたらどうしましょう」
「まあ、何かあってもヒーローが何とかしてくれるだろうさ。今回も何とかなったんだしな」

 閉じられていく扉の隙間からそんな会話が漏れていた。所詮は他人事なのだろう。下手すれば、今夜ベッドの上で盛り上がるためのネタにでもなるやもしれぬ。呑気なもんだな、と荼毘は嘲笑っていた。





 目が一気に覚める。覚めた、というより、引き戻された、が正しいのかもしれない。
 ふー、ふー、と獣のように息が口から溢れているのを自覚したのは、隣からのんびりとした規則正しい呼吸音が聞こえたからだろうか。それに合わせて、不器用に息を整えた。すると、少しずつ酸素が体を巡り、頭が冷えていくのを感じた。
 腹筋を使って、上半身だけをゆっくりと起き上がらせる。ぎし、とベッドが音を立てた。額から流れる汗を大雑把な手つきで拭った。
 電気を消し、カーテンで外との世界までも遮断し、真っ暗となった狭い一室。自身をジリジリと灼くように責める光は一切なく、深い闇に包まれたこの空間には不思議と安堵した。

「チッ……」

 爛れて何とか繋ぎ合わされた皮膚がじわじわと熱を持って痛みを訴えてくる。皮膚の表面というより、体の奥底から炙られるように痛むのだ。思わず腕の皮膚を手で摩った。それも気休み程度にしかならぬ、意味の無い行為だ。
 たまに、こういう時がある。この身に宿った憎悪が溢れ出すように。少しでも忘れてくれるなと追い立ててくるように。痛みがこの身を穿く。
 恐らく、あの"男"に会ったからだろう。

「……んんー」

 隣からこれまた力の抜けそうな唸りが聞こえる。そちらに目をやると、シーツの中で丸まって眠る名前がいた。お腹を空かせて寝たからか、口をもごもごと動かしている。夢の中でなにか美味しいものでも食べているのかもしれない。その顔は酷く幸せそうだった。
 ドキマギとしながらこの部屋に入った彼女は、ソファに追いやろうとしたが、荼毘先輩だけベッドはずるいと駄々を捏ね、荼毘の眠るベットに侵入してきた。蹴飛ばしてベッドから落としてやっても、平然と戻ってくるという行為を繰り返し行い、折れたのは荼毘の方だった。こんなくだらなきやり取りをするくらいなら、さっさと眠って体を休ませた方がいい。ニコニコと勝ち誇ったような顔をした名前には、非常に腹が立ったが。
 さて、改めて言おう。ここはラブホである。つまりは、"そういった行為"に耽る場だ。仮にも荼毘と名前は男と女だ。ラブホ、2人きり、ベッドの上。舞台は整えられていたにも関わらず、2人の間には何も無かった。ポップコーン片手にこっそりとこちらの様子を監視していた氏子も「なぜ何も無いんじゃ!!」と憤慨するほど、何も無かったのである。
 しかし、それも致し方ない。名前が久々のベッドだー、と目を閉ざして数秒の間に熟睡してしまったのだから。確かに現在の敵連合は十分に体を休める環境にはいないため、あっさりとその身をベッドに預けるのも理解はできる。しかし、流石の荼毘も、危機感が春巻きの皮よりも薄い、幸せな脳みそを持った名前には呆れを通り越して、こいつ本当に大丈夫かと引いてしまっていた。
 だから、何も無い。読んで文字の如く、名前と荼毘はラブホで寝た。ただそれだけのことである。

「だ、びせんぱい……?」

 危機感は春巻きの皮よりも薄いが、それなりに気配には敏感ではあるらしい。荼毘の様子が変わったからか、はたまた彼からの複雑な視線を一身に受けていたからか、名前は目を開けた。
 ぼんやりとした瞳に、荼毘の姿が映る。いつも光を吸収して輝いているその目も、今じゃ暗くて全くもって見えない。それが、少し残念だった。

「どーかした?」
「……なんでもない」
「ねれないの?」

 無言は肯定の意。名前はそれを察したのだろう。ふにゃふにゃとした意識のまま、だびせんぱい、と呼ぶ。不思議とその声に意識を囚われそうになった。

「こっち、おいで」

 身体が痛いから。今は闇に隠れて何も見えないから。彼女の声に妙な引力があるから。そんな言い訳を心の中で並びたて、荼毘はこちらに伸ばされた手に身を寄せた。
 名前の手が荼毘の頬を包み込む。するり、と優しく撫でた。爛れて繋ぎ合わされた不安定な荼毘の皮膚に気を使う彼女は、いつもこうして荼毘に触れる。それが気に入らないのに、どうにもいつも抵抗する気を失せてしまう。

「よしよし、だびせんぱい」

 まるで、子供に言い聞かせるみたいな甘い声。それに眉間に皺を寄せていると、名前は撫でていた荼毘の顔を自らの元へと引き寄せた。
 その瞬間、ふわりと柔らかな感触が荼毘の鼻を埋める。ミルクのような優しい香りが荼毘を満たした。
 名前の手に導かれ、荼毘の顔が着地した場所。そこは、名前の胸元であったのだ。

「おい、寝ぼけてんのか」
「ううん、おきてる」

 とろとろと蕩けそうな声は、全くもって説得力がない。意識の半分はまだこちらに戻ってきていないのだろう。
 抵抗の意志を示すように僅かに身じろげば、頬にさらに柔らかな感触が当たり、なんとも言えない気持ちになった。しかも、名前が荼毘の頭を抱え込むように抱きしめてくるものだから、荼毘の顔は更にその柔らかな感触に埋められる。
 なんだコイツ、誘ってんのか、と。荼毘がその柔肌に歯を突き立てようとしたとき。名前の手が、荼毘の頭を撫でた。

「きこえる?」
「なにがだ」
「しんぞーのおと、きくとおちつくんだって」

 心臓の音。荼毘は自然と耳をすました。すると、とく、とく、と。彼女の生の音が、確かに聞こえた。
 焼けた心と体を慰めるように。温かなミルクを喉に通し、その熱が胸に広がっていったように。それはまるで、ゆりかごのようだった。母から子に与える無償の愛。それに、類似していた。そんなの荼毘からしたら暴力と同義だ。
 なのに、その癖して、荼毘を抱きしめる手は愛にしては身勝手だった。それが、せめてもの救いであったといえよう。

「くぅ、くぅ」

 寝息が聞こえる。どうやら半分だけ戻していた意識もすっかりとまた飛ばしてしまったらしい。彼女の手は未だに荼毘を抱きしめている。耳には彼女の音が静かに響いていた。
 ゆらゆらと揺れて、体が燃えたように熱い。なのに、先程みたいに痛くなんてなかった。それが、不思議で、分からなくて、気持ち悪くて、目を閉ざした。
 随分と昔にこの身も、心も、燃やし尽くして、灰になったはずだ。なのに、その燃えカスはどうやら何処かに隠れて残っていたらしい。小さく震えて、荼毘に控えめに主張する。
 多分、それはきっとーーー。
 ああ、眠い。





「よく寝たー!」

 起きた名前はぐーっと体を伸ばした。清々しくも気持ちのいい起床だった。久々にしっかりと体を休められたからかもしれない。隣で眠る荼毘は、寝起きからうるせぇ、といつも通り悪態をボソボソと零しながらも、いつもよりも緩慢な動きで起き上がっていた。

「荼毘先輩こそ新しい一日の始まりの割には全然元気ないじゃん」
「誰もがお前みたいに一日の始まりを祝福出来るほど元気がありあまってるわけじゃねえんだ。分かったなら少し静かにしろ」
「機嫌悪っ!」
「いつもだ」

 つっけんどんな態度は確かに常だが、今はそれに更なる冷たさが宿っている。なるほど、彼はどうやら朝に弱いらしい。ちなみに名前は朝からでもいつでも元気なタイプな人間である。

「荼毘先輩、おはよう!今日こそ美味しいラーメンを食べに行こうね!!」
「……行く途中の不運にお前が耐えられたらな」
「うっ!!」

 途端に渋った顔を見せた名前を横目で見やり、荼毘は首を回した。ゴキ、と音が鳴る。それと同時に通信機から声が聞こえた。

「おはよう諸君!ラブホで致すことなく本当に寝るだけ寝たおふたりよ、気分はどうじゃ?」
「最悪だ」

 荼毘は即座にバッサリと答えた。通信機から声をかけてきた氏子は楽しげに笑っている。

「そろそろ移動する頃かと思ってのう。あまりにも気持ちよさそうに寝ていたものだから、起きるまで声をかけなかったワシに感謝すると良いぞ」
「ありがと、ドクター!」
「お前、本当に素直だな」

 名前のお礼に氏子は機嫌が良さそうだ。荼毘はそれにうんざりといった顔をして、ベッドから立ち上がった。

「氏子さん、こいつを返品する」
「なんじゃ、もういらんのか」
「寧ろ、迷惑だ」
「えっ」

 ガーンとショックを受ける名前に、荼毘は一瞥もくれない。靴に足を入れて、床をとんとんと蹴っていた。

「それなら、戻すとするかのう」
「え!ラーメンは!?焼き鳥は!?」
「ほら、ジョンちゃん、いくぞ」
「折角荼毘先輩と九州旅行楽しもうと思ってたのにー!!」
「旅行じゃねえ」

 荼毘先輩のばーか!!あんぽんたん!!という、可愛くない悪態を残して、名前は消えた。脳無のワープにより、死柄木たちの元へと戻されたのだろう。これでいつも通り動けると、ようやく肩の荷が降りた。物足りなさを感じるのは、気のせいだと思いたい。
 まあ、とりあえず、だ。

「ラーメンでも、食べるか」

 ずるい、と。ぶすくれた彼女の声が何処からか聞こえた気がした。



リクエストして下さった方へ

この度はリクエストして頂き、ありがとうございました。また、折角リクエストして頂いたにも関わらず、大変遅くなってしまい申し訳ございませんでした。荼毘と主人公の旅行といった内容で、随分と前からこのタイミングでのお話にしようとは考えておりましたが、ラッキーガール!をここまで進めるのに随分と時間をかけてしまいました。本当に申し訳ございません。書き終えてしまえば旅行らしくないなと思いますが、荼毘や主人公にとって束の間の休息となれたのではないかと思います。ご希望に添えられたお話になっていれば幸いです。この度はありがとうございました。