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二度あることは三度ある



「名前、ちょっといいか」
「ん?なーに?」

 死柄木に呼ばれ、名前は彼の元に駆けていく。その後ろ姿を先程まで隣にいた荼毘がじっと見つめていた。

「荼毘、しばらくこいつを借りる」
「……勝手にしろ」
「私?」

 なぜ俺に聞くんだと言わんばかりに、死柄木の問いに対して荼毘は首を横に振る。当人である名前に至っては、顔をきょとりとさせるばかりだ。

「ついてこい」
「う、うん!分かった!」

 手の隙間から見えた紅い瞳が鈍く光っている。物陰に隠れ、獲物を狙う肉食獣。仕留めるその時を今か今かと待つようなそれを見て、名前は何故か不安になった。

「お前、今日なにか不運なことはあったか?」
「不運?えっと、落ちてた缶に躓いて転んで、鳥の糞が大量に落ちてきて、階段から落ちて頭から血が出て、さっき小指ぶつけてすごく痛い」
「ふっ、相変わらずか。じゃあ、いいことはあったか」
「えー、うーん…あったかなあ…」
「上等だ」
「え?」

 死柄木は歯を見せて笑う。それはもう、楽しそうに。だけど、なんでだろう。嫌な予感がする。

「いいか。お前は無事にもう一度ここに戻れること、この話し合いが無事に終えること、その2つを望むだけでいい」
「え?ど、どういうこと?」

 死柄木の口から零された不穏な言葉に、名前は顔を固まらせる。横から見えた口がニヤリと歪な形を作っていた。彼はこれから一体何をしようとしているのだろうか。

「俺はお前の運を信じてる」

 敵連合が名前の運を信じるとき。その時はここぞと言う時の踏ん張り時であったり、大勝負に出る時であったり、追い詰められている時であったりする。今回もそうなのだろう。
 名前はちらりと横に並ぶ彼の姿を盗み見るが、視線は一切交わる事がない。死柄木はただ前を真っ直ぐと見つめていた。どこへ行くのか、何を考えているのか、湧いて出てくる疑問を飲み込んで、名前は「うん!」とただ頷くことしかできなかった。

 死穢八斎會の所有地。そこが、今回死柄木に連れられて名前が訪れた場所だ。まず最初に目に入ったのが、大きくそびえ立つ立派な屋敷であった。大きな建物の割には、そこからなんの気配も感じない。音も、話し声も、何も聞こえない。そのことに妙な違和感を覚えた。
 屋敷のあまりの大きさに名前は萎縮していたが、中に入ると迷路のような地下道をずっと歩かされた。屋敷だけでなく、その下までもがこの屋敷のテリトリーと思うと、あまりの広さにぞっとする。掃除が随分と大変そうだと、見当違いなことを考えていた。一種の現実逃避である。
 1歩前を歩く死柄木は少し不機嫌そうであった。歩いても歩いても辿り着けない目的地に苛立っているようだ。名前も目が回るくらいにあちこち歩かされるものだから、少しげんなりとする。まるで蟻になった気分だ。小さくそう呟けば、「違いない」と肯定する声が前から聞こえてきた。

「名前」
「ん?」
「俺から離れるなよ」
「うん、わかった」

 その言葉の通り、歩数を増やして彼の隣に来る。そっと距離を縮めると、死柄木は「いい子だ」と満足気に笑った。それに対して、名前も少しほっとしたような心地になる。どうもこの屋敷に入ってからは、背筋がゾワゾワとして仕方なかったのだ。本能というものだろうか。嫌な予感がしてたまらない。
 聞けば、死穢八斎會という組織はヤクザだという。コンプレス曰く昔裏社会を取り仕切っていた恐ろしい団体らしい。ヒーローによりその力は衰え、今では敵予備軍として扱われている。そして、皮肉げにこうも言った。時代遅れの天然記念物だと。
 とはいえ、名前からしたら恐ろしい存在であることには違いない。今死柄木と名前の2人を案内する男達も、普通ではない空気を感じる。死柄木がいなかったら泣いて発狂していた自信があるくらいだ。
 それでも、必死に耐えて死柄木のあとをついていっているのは、彼らがマグネの命を奪い、コンプレスの腕までも奪ったと聞いたからだ。名前は彼らを恐怖しているが、それと同時に激烈な怒りをも覚えていた。そんな彼らの前でしっぽを巻いて逃げるようなことはしたくない。これは、名前の意地のようなものであった。

「ぐえっ!?」
「……おい、なぜ何も無いところで転ける」
「う、うう」
「まあいい。そのまま不運は貯めておけ」
「いや、起き上がらせてくれない!?なんで上から見下ろすだけなの!?トム部長冷たいでしょ!!」
「自分で何とかしろよ。置いてくぞ」
「いやだぁぁぁぁぁ!!待ってぇぇええええ!!」
「うるさいぞお前ら!」

 やんややんやと騒いでいるとヤクザの1人に怒られた。ひえっと死柄木の背後にしがみついて隠れたが、彼はフンと鼻を鳴らすだけだ。ヤクザはそんな死柄木の態度が気に入らないのだろう。舌打ちを零し、グチグチと何かしら呟いていた。ピリッとした空気がこの場に流れる。いつまでこの空気に耐えなくてはならないのだろう。本番はまだだというのに、これからの話し合いというものが不安で仕方ない。

 そして、30分ほど歩いたところでようやく1つの部屋にたどり着く。人目のつきにくい扉だ。それが、キイ、と音を立てて開かれた。部屋の中は必要最低限の家具しか置かれていないようで、よくいえばさっぱりとしていて綺麗、悪くいえば面白みのない部屋だった。
 そして、扉を開けた先、ソファに座っている男を見た時、名前は息を飲んだ。

「殺風景な事務所だな」
「ゴチャついたレイアウトは好みじゃないんだ」

 なんでもないように、至って普通に話す男。それは、名前がここ数日の間に2度顔を合わせた男であった。鳥のくちばしのような面をつけた、下まつ毛の長い男。その2度の邂逅でも、彼の得体の知れなさに恐怖を覚えた記憶がある。まさかその彼が死穢八斎會の若頭、オーバーホールとは思いも寄らなかった。
 周囲を見渡すが、あの女の子の姿は見えなかつた。彼女はどうなったのだろう。あの二人のヒーローにより助けられたのだろうか。
 
「地下をグルグル30分は歩かされた。蟻になった気分だ!どうなっているんだヤクザの家ってのは」
「誰がどこで見ているか分からないし客が何を考えているかも分からない。地下からのルートを幾つか繋げてある。この応接間も地下の隠し部屋にあたる」
「八斎會が今日まで生き残っているのもこういうせせこましさの賜物さ」

 そのせいであちこち歩かされていたのかと名前は納得する。とはいえ、わざわざ此方まで訪問したお客人に対してその対応は果たしてどうなのだろうかと疑問に思うが。
 死柄木はどかっと遠慮なしにソファに座り込む。名前もそれを真似て、彼の隣にちょこんと腰を下ろした。ふとオーバーホールと目が合う。彼の目が小さく細められたのを見て、名前は慌てて目を逸らした。少女を守ろうとした時、彼に啖呵をきった記憶が蘇る。彼もそれを覚えているのかもしれない。名前はビクビクとしながら、突き刺さるその視線に耐えていた。その姿を死柄木が静かに横目で眺めていることに、名前は気づかなかった。

「でだ!先日の電話の件本当なんだろうね。条件次第でウチに与するというのは」
「えっ!?なにそれ!?」

 そんなこと、名前は聞いていない。信じられない思いで彼の方へと振り向けば、膝を蹴られた。

「いった!何すんの、トム部長!」
「黙ってろ」

 すると、とんでもない圧でこちらを睨みつけてくる死柄木と目が合ったので、名前はきゅっと口を引き結んだ。彼に言いたいことはある。聞きたいこともある。それでも、それらをぐっと喉の奥の方へと飲み込ませた。
 しかし、名前にはわからなかった。だって、仲間の命を奪った相手だ。そんな彼らと手を組むなんて、名前は純粋に耐えられる気がしなかった。今だって叫びたくなるのを必死に堪えている。何故なのかという疑心と反発心が心の中で荒れ狂う。死柄木が何を考えているのか、さっぱり分からない。納得ができない。それでも、名前は何も言えなかった。
 体をプルプルと震わせながらも大人しくなった名前を確認してから、死柄木はオーバーホールの方へと意識を戻す。

「都合のいい解釈をするな」
「トム部長、足!」
「黙ってろって言ったろ」

 死柄木はドンッと机に足を乗せる。あまりにも行儀が悪いので、注意したが鋭い言葉でまた圧を掛けられた。名前は「うっ、」と口を再び閉ざす。しかし、どうしても気になるのか、机に乗せられた足をチラチラと見ている。その視線に気づきながらも、死柄木はそれを黙殺した。

「そっちは敵連合の名が欲しい。俺たちは勢力を拡大したい。お互いニーズは合致しているわけだろう」
「足を下ろせ。汚れる」
「『下ろしてくれないか?』と言えよ、若頭。本来頭を下げる立場だろ」
「トム部長、足はやっぱり……」
「黙れ」
「うぐっ!」

 オーバーホールの眉がぴくりと動く。その視線の先はやはり机に乗せられた死柄木の足だ。

「まず"傘下"にはならん。俺たちは俺たちの好きなように動く。五分、いわゆる提携って形になら協力してやるよ」
「それが条件か」
「もう一つ。お前の言っていた"計画"。その内容を聞かせろ。自然な条件だ。名を貸すメリットがあるのか検討したい。尤も…」

 死柄木がコートの中に手を忍ばせた時。名前は首に鈍い圧迫感を得たのを感じた。その勢いのままソファに押さえつけられ、身動きが取れなくなる。

「調子に乗るなよ」

 気管が緩やかに締めあげられていくのが分かる。苦しくて仕方ない。じわりと視界が滲んだ。その歪んだ視界の中に映ったのは、小さな生き物が大きな手を生やして名前の首を押さえつけている姿であった。

「自由すぎるでしょう色々」
「さっきから何様だチンピラがあ!」

 助けを求めるように死柄木の方へ視線を向ければ、彼は後頭部を銃で押さえつけられていた。「トム部長、」と泣きそうな声で名前を呼べば、彼の苛立った瞳がこちらに向けられた。ちっ、と舌打ちが聞こえる。

「そっちが何様だ?ザコヤクザの使い捨て前提肉壁と敵連合のオカマ。その命は等価値じゃないぞ。プラス腕1本分だ。多少は譲歩してくれなきゃ割に合わない」

 怒っている。大切な仲間を奪われたこと、傷つけられたこと。死柄木は、そのことに怒っているのだ。彼も、名前と同じなのだと、そこでようやく理解した。

「クロノ、ミミック、下がれ。折角前向きに検討してくれて来たんだ。最後まで聞こう。話の途中だった」

 オーバーホールのその言葉で名前の首元から大きな手が離れていった。ケホッと咳を漏らす。ひゅーひゅーと音を立てて息を整えるが、生理的な涙はどうも止まりそうにない。ここ最近首を絞められてばかりだと、ふと気づく。とはいえ、それは嬉しくない気づきだ。
 すると、滲んだ視界に指が入ってきた。それは、名前の目元を優しく拭い、さっさと離れていく。死柄木の手だ。

「こいつが関係してんだろ」

 死柄木がコートから出したもの。それは、小さな注射針のようなものであった。

「こいつを撃ち込まれた直後からMr.コンプレスは"個性"がしばらく使えなくなった」
「えっ」

 この注射針がコンプレスに打ち込まれた時。それは、名前や荼毘、スピナーが連合メンバーと合流する前の話なのだろう。恐らくコンプレスが腕をなくし、マグネが殺された日のことだ。
 そういえばあの日から暫くコンプレスがよく見せてくれたショーはなりを潜めていたと気づく。話は直接聞かなかったが、個性が使えなくなったからなのだろう。

「なんだこれは?これで何するつもりだ?教えろ」
「理を壊すんだ」

 理を壊す。その言葉の意は大きすぎるがゆえ、どこかぼんやりとしているようにも聞こえた。だが、彼の瞳は本気だ。見れば分かる。何か、とんでもないことを考えている。そんな気がしてならなかった。
 その時、あの小さな女の子の怯えている姿が、ふと脳裏に過ぎったのは。きっと気の所為じゃないと思った。