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地獄の花道



「名前がいない」
「はあ?」

 死柄木の元にそんな情報が舞い込んできた。名前がいないのはいつもの事だ。彼女は不運で常にトラブルと隣合わせ。ここまでよく生きてこられたなと死柄木も感心するほど、その不運ぶりは凄まじいものなのだ。

「また迷子じゃないのか」
「道端に黒霧から頼まれていたお使いの品が落ちていた。それと一緒にGPS付きの防犯ブザーも」
「待て、防犯ブザーなんて渡していたのかよ」
「死柄木、お前が名前の迷子ぶりをどうにかしろって言ってきたんだぞ」
「言ったけど。防犯ブザーって、子供かよ」

 面倒なことばかり持ち帰ってきやがって。ガリガリと首元をかく。ハア、と大きくため息をつけば、報告しに来たスピナーはそそくさと部屋から出ていった。どうやら空気を読んだらしい。あるいは、名前を探しに出ているのか。防犯ブザーも意味をなさないのなら、体内にGPSを埋め込むしかないか。そんな物騒なことを考えているとき、「忙しそうだね、弔」とモニター越しに聞こえる声が死柄木の思考を止める。その声で死柄木は現実に戻ってきた。

「先生、悪い。今仲間のうちの1人が変なことに巻き込まれているみたいで」

 モニター越しに話している相手。それは、死柄木が師として仰ぐオール・フォー・ワンであった。

「噂のラッキーガールのことかな」
「覚えていたのか」
「少し前に零していただろう。最近は口にしなくなっているみたいだけどね」

 オール・フォー・ワンの言葉に死柄木はぐっと言葉を詰まらせる。彼の言うとおり、死柄木は変なやつが来たと愚痴をポロリと零したことがある。その話題が徐々に減ってきたのは、無闇矢鱈にこの師の耳に名前の情報を与え、「弔、その子は必要ないだろう」と切り捨てられるのを恐れていたからだ。そのことに死柄木は今ようやく気づいた。要は名前に情が湧いていたのだ。手放すのを惜しく思えるくらいには。
 それを自覚した死柄木は項垂れた。最悪だ。心の中のつぶやきは、まさに口から漏れていた。

「恐らくなにかのトラブルに巻き込まれている。荷物だけ道端に落ちていたらしいから、襲われたか、攫われたか」
「そうか、心配なのか」
「べ、別にそういうわけじゃ、ない」

 力なく否定の言葉を並べるが、死柄木の心情は手に取るようにわかる。口は素直ではないが、体は正直というべきか。先程から名前のことが気になって仕方ないのか、ソワソワと落ち着かないのだ。

「先生、悪い。少し出てくる」
「ああ」

 モニターを切る。横で見ていた黒霧は「難儀なものですね」と他人事のように呟いているが、死柄木は知っている。名前の行きそうなところに目処を付け、個性を使い仲間たちをその場に送って探させていることを。どの口が言うのやら。なんて、その言葉も死柄木にとってはブーメランであることを本人は自覚していない。

「そういえば、最近名前が話していましたが」
「何を」
「後ろから人の気配がすると」
「は?」
「最近外を歩くと誰かに追いかけられているそうです」
「どう考えてもそれが原因だろ!」
「そうですね」

 その話を聞いておいてなお、何故その状態である名前をお使いに行かせたのか。理解に苦しむ。

「いい機会だと思いまして」
「何が」
「これで目障りな虫を一気に叩き潰せます」
「それを狙って……?」

 名前の話を聞き、彼女の身の上を案じていたのかと意外に思うのと同時に、それにしても荒療治であると呆れる気持ちが織り交ぜになる。何はともあれ厄介なことになっているのに変わりはない。死柄木はそっと重い腰を持ち上げた。




 目が痛い。体も痛い。暗く閉ざされた視界の中、名前はただその身を震わせることしかできずにいた。目は布のようなもので覆われ、手足はしっかりと縛られている。身動きひとつもとれやしない。何が起きているのかさっぱりわからず、名前はただ涙を流した。
 脳内黒霧がこういう時にこそ冷静に状況を判断せねばならないと諭してくる。名前はふー、ふー、と息を整え、何とか冷静でいるように努めた。幸いなことに、今は名前の身に危険が及ぶことはなさそうだ。唯一塞がれていない器官、耳で得られる情報からでは、今のところ自分の荒い息以外の音は聞こえない。さて、今のうちにここまでの経緯を整理しよう。

 名前はつい最近誰かに跡をつけられていた。追いかけられたこともあり、その時は必死に逃げた。恐らく今回の犯人もそれと同じであろうと予想している。
 今日は黒霧からお使いを頼まれた。ここ最近では他のメンバーと同伴で行っていたが、何故か今回は1人だった。その事に不安と疑問を抱きつつも、お使いを頼まれたお店もそこまで遠くなかったので、名前はそれを快く引き受けた。その道中で変なスプレーを吹きかけられ、あまりの痛みに目が開かなくなり悶えている所で身動きを封じられたというわけだ。そして、現在のようによくわからぬ場所に連れてこられ、放置されている。
 音や周囲の気配からして、犯人は複数人だろう。鮮やかな手さばきから、こういったことに慣れているのかもしれない。耳で得られる情報はほんのひと握り、いや、ひとつまみ程度なのだ。今、攫われてからどのくらいの時間が経っているのかさえも分からない。名前は何もわからぬ状態であるのだ。それが、何よりも怖い。
 今思えば感覚が麻痺していたのかもしれない。名前はこれまで数多くの不運に見舞われていた。だが、この敵連合に所属してからは、何かあっても荼毘やトガ、コンプレス達に助けてもらうことが多くなった。それで、何かあっても大丈夫だろうと油断していたのだ。彼らの優しさと力に甘えていた。その代償が罰となってこんな目にあったのだと、名前は深く反省した。

「う、うわああああああ!!やめろ!!やめろ!!」
「誰かあ!!誰か、助けてくれぇぇえええ!!」

 すると、少し遠いところから誰かの叫び声が聞こえてきた。必死に助けを求める声。底のない恐怖を蓄えた、耳にしたこちらまでゾッとするような叫びであった。
 何があったのだろうか。この声の持ち主は誰だろうか。耳以外の感覚器官を塞がれた名前にはさっぱり分からない。しかし、よからぬ事が起きているのは理解出来た。
 叫び声が止む。あれだけ鼓膜を揺らし、訴えかけるような強い叫びは跡形もなく空気に熔け、この場に残るのは心地の悪い静寂だけだ。名前はゴクリと唾を飲み込んだ。心做しか、酸素が薄くなった気がする。息をするのでさえも苦しい。
 逃げなきゃ。とりあえず動物の本能としての感情が動いた。何があるかわからないが、今この状況が名前にとって危険であることは理解できたのだ。縛られた手足で何とか身体を動かす。芋虫のように地面を這い、とりあえず動く。頬に触れるコンクリートがやけに冷たく感じた。

 カツン、カツン、カツン。

 誰かの足音が聞こえる。名前は動きをとめた。それと一緒に呼吸も一瞬とめた。その音は徐々にこちらへと近づいてきているようであった。何なんだ、このホラー演出。名前はホラーが苦手なのだ。唇をきゅっと噛み締めた。
 すると、足音が、止んだ。そこで一瞬気が緩む。しかし、ふと思い至った。この展開は、ホラーでは定番中の定番だ。足音が止まり、油断した時、扉の開く音が聞こえて…。

 そして、想像していたとおり、キイイイイ……と扉の開くにぶい音が聞こえる。

 「ぎ、ぎゃあああああああああああ!!!!」

 名前は叫んだ。腹の奥底からそれはもう恐怖を吐き出した。ジタバタと縛られた手足を動かし、必死にその場から逃げ出そうとする。傍から見たら、陸に打ち上げられた魚のようだろう。それでも名前は必死であった。

「荼毘先輩ー!!トム部長ー!!トガちゃーん!!黒霧さーん!!Mr.ー!!」

 とりあえず思いつく限りの味方の名前を呼ぶ。先程の反省も頭から飛んだ。この恐怖から誰でもいいから助けて欲しかった。もはや半泣き状態だ。

「落ち着くんだ」

 ぴん、と空気が張りつめる。それは、びっくりするくらいに落ち着いた声だった。あれだけ興奮して混乱していた頭もすうっと冷えていく。名前は暴れていた体を止めた。

「だ、だれ……?」
「ああ、君は知らないのか」

 すると、ふと身体が軽くなったのを感じた。手足が自由に動ける。いつの間にか名前を縛っていた何かは解かれていたらしい。

「あの…?」
「さあ、行くんだ」

 はらり、と。目を覆っていた布も取り払われる。閉じた瞼越しに光が差し込んだ。

「泣いていたのか」
「うぇっ……その、こ、怖くて…」
「弱いな、君は」
「えっ」

 濡れた目の下を撫でられる。思わず目を開こうとしたが、激痛で開くことは叶わなかった。目を抑える。どうしよう。このまま目を開くことが出来なくなってしまうのだろうか。この暗い世界に閉じ込められたままになるのだろうか。そう想像しては恐ろしく思った。

「目が開けられないのか」
「あ、はい…痛くて…。このまま私、目が見えなくなっちゃうのかな」
「そうか。そのままに」
「へ?」

 目の下を撫でていた指が、次は瞼の上をなぞる。先程頬にひっついていたコンクリートのように、冷たい感触だった。しかし、暫くすると不思議と痛みが和らいでいくのを感じた。

「これでいいだろう。だが、まだ目は開かないがいい」
「あ、ありがとうございます!」

 瞼から指が離される。すうっと消えていく痛みと同じように、胸に巣食っていた不安も和らいでいく。不思議な感覚だ。この声の主の個性のおかげなのだろうか。

「君は確かに運はいい」
「へ?」
「君を攫った彼らの中にはいい個性を持っている者がいてね。礼を言おう」
「いい個性?」

 名前の問いに答えは返ってこなかった。ただ空気が微かに揺らいだのは感じた。多分、笑ったのかもしれない。

「さて、戻ろうか。弔も君を心配している」
「トム部長のこと、知ってるの?」
「君よりもね」

 こうして助けてくれているのだから、今目の前にいる人物が悪い人ではないのだろうとは思っていた。それが、名前の上司である死柄木の知り合いであるというならば尚更だ。聞き覚えのない声だが、もしかしたら新しく入ってきた仲間かもしれないし、まだ顔合わせをしていない仲間なのかもしれない。先程まで小動物のように怯えていた名前は、この姿の見えない味方の存在に、ほっと安堵した。

「あ、あの、」
「何かな?」
「手を、繋いでもらってもいいですか?」
「手を?」

 相手は心底不可思議そうな声を漏らした。名前はその声を辿って、なんとなくだが相手のいそうな場所に右手を伸ばす。

「目が見えなくて、歩けないから…お願いしてもいいですか?」
「……いいとも」

 名前の手が握りこまれる。名前の手をまるっと被えるくらいの大きさだ。しかし、やはり冷たい。名前はそれを温めるようにぎゅうっと握りしめた。

「ありがとうございます!」

 名前は繋いだ手に引かれながら、歩いていく。名前に気を使ってくれているのか、その足取りはゆっくりとしたものだった。名前が転けそうになっても、それを予知していたかのように素早く助けてくれる。まるで、何もかも見通されているみたいだ。怖いような、頼もしいような、複雑な気持ちになるのは何故なのだろう。カツン、カツン、カツンと靴を鳴らす音が2つ。それぞれで歪なハーモニーを奏でていた。

「私を攫った人達は…?すごい叫び声が聞こえましたけど」
「彼らのことか。今眠っているよ」
「眠ってる?何かしたんですか?」
「…………それは秘密だ」
「ええっ!なにそれ!焦らしプレイだ!」
「女の子がそんなことを言うんじゃない」
「ムウ、だって…」
「それよりも、足元には気をつけるんだ。滑りやすくなっているから」
「わわっ!」

 言われてすぐに名前はつるんと足を滑らせる。水かなにかだろうか。滑らかな何かに足元を掬われたのだ。しかし、傾いた体はすぐに腕に抱え込まれ、転ぶのは防げられた。

「君は聞いていた通りの不運の持ち主だ」
「う!すいません…」
「いい。その不運も意味があるのならばね」
「それ、褒めてる?」
「ああ、褒めているつもりだ」
「ならいっかあ!」

 名前は嬉しそうに繋がれた手をブンブンと振る。現金だ、と隣から少し楽しげな声が聞こえた。

「でも、私なんかがどうして攫われたんだろう?」
「……君が攫われたのは、この前宝くじを当てたからなのだろう」
「宝くじ?そう言えば…」

 彼の言葉通り名前はつい最近拾った宝くじで大金を当てた。それはもちろん名前が割ってダメにしてしまったバーの酒代として使い、ついでに皆でちょっとお高めの肉を買ったのを覚えている。
しかし、それが何故今回の件と関連しているのかさっぱりであった。

「そのあと、色々いいことがあったんじゃないか?」
「えっとぉ…」

 その言葉に引きづられるように、名前は思い出していく。猫に引っ掻かれていたら、その飼い主が何処かの社長らしく、詫びとして小切手を貰ったこと。道を訪ねてきた外人から礼として高そうなシャンパンを貰ったこと。まだまだ、たくさんある。

「君のもたらす幸運に目をつけたのだろう。彼らのついていないところは、君の不運には気づいていなかったことかもしれないがね」
「ん?これはディスられてますね?」
「好きなように受け取ってくれ」
「逃げた!!」

 それにしても、と名前は疑問に思う。名前は彼のことを知らないのに、彼は随分と名前のことを知っている。まるで、今まで名前の動向を見ていたかのような話ぶりだ。その事に違和感を覚えながらも、それも死柄木の影響かもしれないと思い直した。
 すると、ぴたり、と歩む足が止まった。名前はガツン、とおそらく背中だと思われる場所に鼻を打ち付け、少し唸る。

「さて、ここでお別れだ」
「え?なんで?」
「僕もそろそろ戻らなくてはいけないからね」
「一緒に戻ろうよ!」
「それは出来ないんだ」
「うぇ?うーん、そうなの?」

 名前の良いところは、相手がこれ以上突っ込んで欲しくないところを深く追求してこないところだ。男の言葉に名前は不服そうだが、渋々とそれを承諾した。

「そのまま足を10進めるんだ。すると、君の仲間に会える」
「うん、わかった」
「いい子だ」

 ぽん、と温かな感触が頭に乗る。撫でてくれているのだろう。その感触に名前は自然と頬を綻ばせた。

「ねえ、また会える?」
「ああ、いつか」
「そっか!じゃあ、またね!」

 すると、ふと相手が息を呑んだ音が聞こえた気がした。しばらく続く沈黙に名前は首を傾げる。

「……面白い子だ」
「え?何か言った?」
「いいや。それじゃあ、また。弔をよろしく頼むよ、ラッキーガール」
「え?」

 その言葉を最後に、繋いだ手と頭を撫でていた手が離れていく。名前は思わず手を差し伸ばしたが、それは何も掴むことなく空を切った。名前の温もりを分けて、少し温くなったあの感触を少し恋しく思った。

「名前、聞くの忘れてたなあ」

 名前は繋いでいた手をぎゅうっと抱きしめて、足を踏み出した。彼は10歩だと言っていた。名前は暗い視界の中、手探りのまま歩みを進めた。

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「名前ちゃん!?ここにいたのか!?」
「この声、Mr.?」
「探したんですよ!大丈夫ですか?」
「あ、トガちゃんもいるんだ!大丈夫だよ!たぶん!」

 本当に仲間と会えちゃった。あの人すごいな、と名前は感心する。やはりなんでも見えているのだろうか。もしかしたら、千里眼でも持っているのかもしれない。そう想像しては、顔がにやけた。
 どんな人なのだろう。声しか知らない、謎の人。でも、手を握る感触と、頭を撫でる温もりは何処か優しかったような気がする。ちゃんと改めてお礼も言わなくてはならない。また会いたいなあ、と名前は願った。






「目、どうかしたんですか?」

 目を閉ざしたままの名前に、トガは疑問をぶつける。ぎゅうっとだきしめたまま、彼女の身に何も無いか確認していく。

「うん!なんか変なスプレーをかけられちゃって」
「開きますか?」
「うーん、さっきの人はしばらく開けちゃダメだって」
「さっきの人?」
「うん、さっき助けてくれた人がいてね、トム部長の知り合いっぽかったんだけど」
「そうなんですか、その人はどこに?」
「分かんない、10歩前に離れたから」
「10歩前?」

 そんな一瞬の間にいなくなるなんてこと、出来るだろうか。トガとコンプレスは顔を見合わせた。
 名前がでてきたこの倉庫は、誰も使われなくなり、今では敵のたまり場として使われている場所だった。そこへ行く道のりは、トガとコンプレスが歩いてきた一本道しかない。しかし、2人は誰ともすれ違うことは無かった。
 それでは、ワープ系の個性を扱う黒霧だろうか。その考えに至ったが、名前の反応を見るに、どうも顔見知りではなさそうであった。
 怪しい。名前はいい人だったと笑っているが、トガとコンプレスはその顔を険しくさせた。
 それに、だ。

「血の匂い、すごくします…」
「ああ、そうだな」

 名前の背後から、死の匂いが立ち込めている。倉庫の中を覗き込めば、赤い足跡が転々と2人の目の前にまで残っていた。おそらく名前のものだろう。さて、この赤の正体を彼女がわかっているのかどうか。十九八九答えは否であろう。

「見てくる。トガちゃんはこのまま名前ちゃんを見ていてくれ」
「分かりました」

 状況が読み込めずにきょとんとした顔を見せる名前と、そんな彼女を抱きしめるトガを置いて、コンプレスは倉庫内を散策する。奥に行けば行くほどに、血の匂いは強くなっていく。敵であるコンプレスとトガは、こういった香りには特に敏感だ。名前は窮地の状態でそこまで気づかなかったのかもしれないが。仮面の下で顔を歪めながら、彼は名前の足跡をたどっていく。

「これは、」

 そして、たどり着いた先で見たものは、想像を絶するものであった。恐怖に顔を染めて絶命したもの、何が起きたのか分からぬまま血を溢れ出したもの、何とか生き延びようと懸命にもがいた跡の残るもの、それらの残骸が一面に散らばっていた。正に地獄絵図と言っても過言ではない。敵であるコンプレスでさえも、それを見て言葉をなくすほどだ。
 この地獄の花道を彼女は歩いてきたというのだろうか。何も知らずに、子供のような無邪気さのままで。それはなんて、残酷な仕打ちか。なんて、酔狂な遊びなのか。名前の目が見えなくなっていたことだけが幸運と言うべきだろう。

「これは、知らぬが仏ってやつだな」

 コンプレスの呟きは、鉄の香りの充満した空間にぽつりと落とされた。





「ラッキーガールに会ったよ」
「仲間に聞いた。先生だと思ったよ」

 モニターにはたくさんの管を繋げた男が映っている。その口は楽しげに笑みを浮かべている。それを見て、死柄木は息を吐いた。

「目は大丈夫そうかい」
「おかげさまで。いつも通りうるさいくらいに元気だ」
「それは何よりだ」

 コンプレスとトガと共に帰ってきた名前は、暫く目は使えなかったが、最近になって回復したらしく、今では元気に不運と幸運のタイフーンを巻き起こしている。
 名前からは「千里眼持ってる知り合いっている?」と、頓珍漢なことを聞かれたが、適当に濁しておいた。千里眼の持ち主とは、果たしてなんなのか。死柄木の敬愛する先生は名前の前で一体何をしたというのか。

「……先生、ひとつ聞いてもいいか?」
「いいとも」
「何故、名前を助けた?」
「そんな事か。答えは簡単だ、弔」

 オール・フォー・ワンは自身の左手を優しく撫でながら言う。

「弔が必要だと、大事だと、判断した人間だからだ」

ねこのうた様へ
この度はリクエストして頂き、ありがとうございました。また、折角リクエストして頂いたにも関わらず、遅くなってしまい大変申し訳ございませんでした。オール・フォー・ワンとの絡みはあまりなかったので、上手いことお話として出来上がっているか不安ですが、少しでもご希望に添えられていれば幸いです。