×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


幸運は貴方を呼ぶ


トガはずっと気に入らなかった。この電話の向こうの相手が。

「ズルいです」
『は?』

その不満をそのまま伝える。すると、間抜けな声が返ってきた。トガの電話の相手、スピナーは突如電話をかけられた上、またそのようなトガの不躾な態度に、少し戸惑っているようだった。それさえも気に入らない。トガの機嫌は更に下降する。

「私が名前ちゃんと一緒にいたかったです」
『ああ…』

スピナーは何処か納得したような声を漏らした。
トガの心情を知ってか知らずか、彼は名前と行動を共にしている。トガも名前の不運はしっかりと理解しており、彼女を1人にすることはたしかに不安だと思っていた。かといって、何故行動を共にするのがスピナーであるのか。何故自分ではないのか。しかも、スピナーを選んだのが名前自身というではないか。それが心底気に入らなかったのである。

『それなら変わるか?』
「許してくれるなら今すぐにでもしたいです」
『いえば許してくれるんじゃないか。むしろ俺は変わりたい』
「そんなの無理だって知ってるじゃないですか。もういいです。名前ちゃんに代わってください」

苛立ったように言うが、返事はかえってこなかった。むうっと唇を突き立てる。無視だなんて酷い。名前を独り占めにするつもりだろうか。

「なんで無視するんですか」
『いや、すまない。今は無理だ』
「なぜ?」
『名前がどこかに行った』
「え?」

そういえば、とトガはそこで気づく。いつもと比べてスピナーの声色には焦りが滲み出ており、何処か慌ただしく感じていたのだ。スピナーは、すまない、ともうひと言謝罪を付け加えた。

聞けば、2人で一緒にご飯を調達しに行っていた途中だったらしい。それなのに、少し目を離した隙に名前の姿がなくなっていた。慌てていなくなった彼女を探すが、それがなかなか見つからない。表立って動くことはスピナーの立場上難しい。そのためコソコソと周囲の目を気にしながらも、あのトラブルメーカーの姿を探す必要がある。それは、なかなか骨の折れる作業だ。
横でスピナーとトガの会話を聞いていた黒霧は「苗字名前の不運の恐ろしいところは、その不運に慣れてきた頃に油断してしまうところです」としみじみと呟いた。日頃から彼女の不運っぷりを見守ってきた彼だから言えることなのだろう。

「何してるんですか」

トガの声が刺々しくなった。責め立てるように、冷たく突き放すように、呆れているように。スピナーはそれに対してなんの反論もできないのだろう。トガの言葉に対して返ってきたのは沈黙だ。

トガは焦っていた。彼女の脳裏に浮かぶもの。それは、ヒーローたちに襲撃される前。怯えるように、責めるように、複雑そうな目をこちらに向けてくる名前の姿。そして、爆豪とじっと見つめあうあの光景。そのとき、爆豪も名前も互いに相手を気遣い、強く意識していたように見えた。あの時、トガは名前がこの敵連合から逃げ出すのではないかと、あの男に盗られるのではないかと、恐ろしく思ったのを覚えている。

「名前ちゃん、私たちのこと嫌になってないかな…」

ぽつりとそうつぶやく声は酷く落胆したものだった。電話からスピナーの息を呑む声が聞こえた。隣にいたMr.は肩を落とすトガを慰めるように、その背中を優しく撫でてあげていた。

「名前ちゃんとこれまで一緒にいましたよね。逃げられる前に、ちゃんと引き止めてください」
『あのな、あいつの不運を考えろ。あいつの意思で離れたかもしれないが、ただ迷子の可能性もあるだろう』
「でも……」

トガは理解していた。イカレながらも、冷静に名前のことをしっかりと見ていたのだ。
彼女は自分たちとは違う。普通になりたいと願う自分とは違い、名前は願わずとも、なにをせずとも普通の人だった。誰かを愛し、愛され、笑い、泣き、怒り、抱きしめ、キスをする。そんな人。不運だけど幸せな人。
そんな普通の人だけれど、名前はトガのことを否定せず、ニコニコと一緒に笑ってくれた。妹のように可愛がってくれた。ぎゅうっと抱き締め返してくれた。
だから、思った。普通である名前と共にいれれば、トガも"普通"でいられる。そんな居心地のいい場所を手放したくなどなかった。

「大丈夫だ」

すっと、手が伸ばされる。先程まで沈黙を守っていた死柄木のものだ。彼の手はトガの握る携帯を攫い、自身の耳にあてた。

「スピナー、そのまま名前を探せ。あと、名前に最近幸運なことはあったか?」
『わかった。……いや、特になかったと思う。階段から落ち、犬に追いかけられ、川に落ち、鳥に突かれたり、なんて不運なことばかりは続いていたけど』
「その調子なら幸運がそろそろ働く頃だな。アイツ、なにかしたいことは言ってなかったか?」
『確か、荼毘に会いたいって言ってたな………あっ!』
「なるほどな。スピナー、名前だけでなく、荼毘も一緒に探しとけ」
『あ、ああ!悪い、ちゃんと見とけばよかったんだが』
「いや、いい。ついでに荼毘も連れてきてくれ」

用件を伝え終わると、死柄木は通話を切った。そして、ポイッと携帯電話を無造作に投げてトガに返す。トガはそれを受け取り、不安そうな表情を浮かべた。

「コンプレス、荼毘に電話は?」
「繋がらねえよ。あいつ、何してんだか」
「もう一度しろ。しつこく、な」
「はあ……わかった」

Mr.は渋々と携帯電話を取り出す。何度この番号を見たことやら。肩を竦めながら、通話ボタンを押した。

「安心しろ、大丈夫だ」
「弔くん…」

落ち込むトガに死柄木が声をかける。慌ただしく動く周囲とは裏腹に、死柄木は酷く落ち着いていた。

「名前は俺たちを裏切らない」
「……どうしてそう言えるんですか?だって、名前ちゃんは…」
「そんなの簡単だ。あいつは俺たちのことが好きなんだ」
「好き……?」

パチリ、と。トガは瞬きをする。好き。名前は、自分たちのことを。
ぶわっと頬が熱くなったのを感じた。

「私も!私も名前ちゃんのこと好きです」
「ああ。それなら、奪われないようにしないとな」

憎々しいヒーローたち、彼女を愛する人達、また彼女に愛される人達、そして、何よりも彼女の幸運から。
決して逃がしたりするものか。






ポケットの中に入った端末が何度も繰り返し震える。何度目だろう。考えるのも億劫になってきた。荼毘はふうっと息を吐いた。
人の目につきにくい路地に身を潜ませ、ポケットから端末を取り出す。発信主は恐らく連合メンバーの誰かであろう。流石に音信不通を貫くのも期間が長すぎたかもしれない。さて、どうしたものかと、手のひらの中で震えるそれを遊ばせる。うぜえな、燃やしてやろうか。なんて物騒なことを考えながらも、一旦バイブが止まったのでそのまままたポケットの中に追いやった。すれば、また震え始めたので、荼毘は仕方なくそれに応えることにした。

「なんだ?」
『ようやく繋がった!お前なにしてんだ!』

電話口から聞こえる声は、想像していた人物通りであった。予想と違ったのは、その声がらしくもなく焦っていたところだ。どうやら放置しすぎたらしい。

「何してんだって仕事だろ。早く用件をいえ」
『定期連絡は怠んなよ!1人でも捕まると全員が危なくなること分かってんのか?』
「切るぞ」
『切るな!』

ブツブツと続くお小言に嫌気がさし、端末を耳から少し離す。すると、慌てたようにそれを制止するもんだから、荼毘は仕方なしに通話を続けた。
足はそのまま路地の中に進めていく。建物と建物の間に挟まれた狭い道は、夏だというのに日差しが通りにくく少し涼しい。

『用件は2つだ』
「2つもあんのか」
『全く連絡がとれなかったからな』

嫌味が耳に痛い。やっぱり切ろう。そう思った瞬間、荼毘はふと足を止めた。
目の先にある曲がり角。その先に人の気配を感じたのだ。

『まず、死柄木が集まりたがってる。だから1度戻ってきてくれ』
「ああ」

そこから先を覗き見てみる。そこには、荼毘が思い描いていた通り、敵の集団がたむろっていた。彼らを映すエメラルドグリーンの瞳に鈍い光が宿る。ああ、うんざりする。

オールマイトがいなくなったことで、敵の動きが大きくなり始めた。個性をもてあまし魔が差した者同士で徒党を組み、計画的に犯行を行う集団が目立つようになったのだ。赤信号みんなで渡れば怖くない。要はみんなで暴れ回れば、ヒーローなんて怖くないってことだ。なんの意志も持たない、ただ暴れるだけのゴミ。
仲間を集め勢力を大きくするという名目の元、敵連合は各地にバラけたわけだが、荼毘はこういった輩を何人も燃やし尽くしてきた。

それが、また今目の前にいる。相手にせずそのまま素通りするか、薪にしてやるか。さて、どうしてやろう。そう思ってその集団を眺めているとき、ふと荼毘は見つけた。

「あの!!私、お金とか持ってないんで!!全部秀ちゃんが管理してくれてるんで!!」

「あぁ!?こんな人気のないところにノコノコやってきて、何も持ってませんだァ!?」
「姉ちゃん、それはなにかとってくださいって言ってるもんだぜ!!」

彼女を見て思ったのは、声が出るようになったのか、という簡素な感想で。相変わらず不運な目に遭ってるもんだと、久方ぶりに見るその光景に妙な懐かしさを覚えた。身体のあちこちは包帯やらガーゼやら絆創膏やらでいっぱいになっており、小動物のようにビクビクとしながらも、なんとか負けまいと虚勢を張っている。いつもと変わらず、可哀想な状況に巻き込まれていた。

『あと、名前ちゃんが急にいなくなったみたいでな。荼毘、お前は見てないか?』
「……ああ、今目の前にいる」

何人もの敵の集団に囲まれ、半泣きの状態ではあるが。