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お前の運を信じろ


Prrrrrr!
スピナーの懐から音が鳴る。そばにいた名前はきょとんとした顔で音の発信源を見つめていた。
義爛から支給された携帯電話。そこには、敵連合の仲間達やこの支給主から時折連絡が届く。とはいえ、定期連絡くらいなもので頻度はそこまで高くない。もちろん名前は不運を考慮し携帯電話は手渡されていない。落としたりなんかすれば、こちらの情報まで漏れてしまうからだ。

「誰から?誰から?」
「コンプレスからだ」
「Mr.から!」

そわそわと名前の様子が落ち着かなくなる。少しウザかったので、手でしっしっと追い払った。名前は叱られた犬のようにしょんぼりとしながら、スピナーに背を向けた。これは少し拗ねたかもしれない。後で慰めなくては面倒になるパターンだ。

「もしもし」
『 ブローカーには会ったか?』
「ああ。話は聞いた」
『ならいい。名前ちゃんは?』
「拗ねてる」
『ははっ。元気ならいい』

電話口から久方ぶりの仲間の声が聞こえる。名前はそれを聞きたいのだろう。名前も皆に会えず、寂しいのだ。義爛から1度みんなと集まれると聞いて嬉しそうにしていたくらいなのだから。
特にMr.は名前に甘く、名前はよくMr.に懐いていた。親戚のおじさんと幼い子供みたいな関係で、黒霧がよく甘やかすなと注意していたのを思い出す。

「それで?」
『ああ、トガちゃんには連絡がついた。あとは荼毘だけなんだが』
「見ていないな」
『そうか。名前ちゃんの幸運でも無理か?』

名前の様子を見てみる。名前はチラチラとこちらを伺いながらも、スピナーと目が合うとそそくさと逸らした。わかりやすいヤツめ。

「……微妙だな」
『それは妙だな。名前ちゃんなら、荼毘に会いたがっているだろう』
「それが、なんとも言えないんだよ」

名前はごそごそと背を丸めて何かを触っているようだった。何か変なことでもしてはいないか。ヒヤヒヤとしながら、その丸まった背中を見守る。拗ねた彼女はたまに突拍子もないことをやらかすのだ。

『どういうことだ?』
「さあ。女の考えることはわからない」
『女心と秋の空とも言うしな。まあ、なんとか説得してくれ』
「…………分かった」
『不服そうだ』
「進んで馬に蹴られたいと思うか」
『それもそうだ』

その時だ。パァン、と、耳が劈くような音が響き渡ったのは。
名前の体が後ろにひっくりかえり、頭を打ち付ける。それと同時にバリンと激しい音を立てて、窓ガラスが崩れ落ちた。

「バカ!お前何してんだ!?」
『なんださっきの音?大丈夫か?』
「悪い、切るぞ!」
『は?何が起きーーー』

スピナーは電話をきると、ひっくり返ってカエルのような体制をした名前の元に慌てて駆けつけた。名前は目をぱちぱちとさせ、何が起こったのか分からない様子を見せていた。その手には、義爛からの贈り物が握られており、苦い硝煙を漂わせている。彼女の足元には紙袋と、中身を散らばせた小さな箱が積み重なって置いてあった。

「勝手に発砲するな!危ないだろ!」
「だ、だって、使い方わかんなくて、」
「怪我は?」
「びっくりした」
「質問の答えになっていないんだが!?」

倒れ込んだ名前を起き上がらせる。どうやら怪我はないらしい。発泡した衝撃で体が倒れただけのようだ。よかった。そして銃口もこちらに向いてないようでよかった。下手すりゃスピナーが撃ち落とされた窓ガラスのような有様になるところであった。

「あ、Mr.は?」
「電話は切った」
「ええ!?なんで!?」
「誰のせいなのか胸に手を当ててよーく考えてみろ!」
「…………誰だろ」
「いや、分かれよ!」

胸に手を当てて名前はうーんと悩んだような表情を見せる。それに対して、思わずスピナーは突っ込んでしまった。ああ、いけない。名前のペースに巻き込まれてしまっている。

「Mr.はなんて言ったの?」
「トガとは連絡が着いた。あとは荼毘だけがつかないのだと」
「だ、荼毘先輩が……」
「まあ、あいつのことだから、何も無いとは思うがな。現に今あちこちで焼死体が見つかってニュースになってるわけだし」
「……うん」

名前は複雑そうな面持ちで頷いた。恋焦がれていた相手が冷酷で残忍な殺人犯だと知り、ショックなのだろうか。いや、それにしては今更すぎるな、と思い直した。
スピナーは前々から荼毘の情のなさは知っていたが、名前は荼毘のその部分を運良く知らずにいたのか、目を瞑って素知らぬ振りをしていたのか、酷く彼のことを慕っていた。そんな彼から殺されかけ、その恋心も儚く散らせたのかと思っていたが、それにしては妙におかしかった。
なんせ離れ離れになった今でさえも、名前は荼毘の名を聞けばソワソワと落ち着きをなくし、気になって仕方ありませんと言わんばかりに、耳を傾けてくるのだ。女心はやはり分からない。
名前も、荼毘も、互いのことをどう思っているのだろうか。

「お前の幸運で探すことは難しいか?」
「え、えええ……そう、言われても…」

名前は自身を無個性だと思い込んでいた。そんな彼女が自身に個性があることを知らされたのは、つい最近の話だ。未だに信じきれていないのだろう。死柄木からの説明を受けても、要領を得ない顔つきをしていた。

「最近知ったばかりだし、私、どうしたらいいか……」

名前は戸惑っていた。自身の個性に。
これまで不運だと思い込んでいた出来事が、またそれを帳消しにしてくれるほどの幸運な出来事が、まさか自身の個性によるものだとは思いもしなかったらしい。自分はこういう体質なのだと受け止めていた故に、個性としてそれを扱うことに頭が追いつかないのだと言う。それはまた不運なことに難儀なもんである。

「お前、自分の個性のことを本当に知らなかったのかよ?」
「う、うん。病院に行っても無個性だって言われたよ」
「……ヤブだったりしたんじゃないか?お前、不運だろ」
「確かにあの病院、すぐになくなった気がする」
「ほら見ろ。怪しすぎる」

ううん、と名前は唸る。自分の個性をしっかりと受け止め、それを利用するにはまだ時間がかかりそうだ。まあ、彼女の場合は使おうとしてどうこうできる代物ではない。いつも通り不運な目にあって、何かを望む。それだけで彼女の個性は十分な働きを示す。
スピナーの今回の仕事はその望みをどこに向かわせるか、だ。

「荼毘に会いたくないのかよ?」
「そういう、ワケじゃないけど…」
「なんだそれ。ハッキリしないな」
「うう……まだ顔を合わせにくくて」
「なんだそれは」

名前はもじもじとさせる。恋する女は酷く面倒だ。先を促すのも億劫になる。だが、しなくては、話が進まない。

「荼毘先輩、怒ってると思う」
「何に?」
「私のこと。爆豪くんを逃がそうとしたから」
「……そんなことしてたのか?」
「み、未遂だし!それにしようとはしてないよ!あくまで提案っていう形で!話しただけ!」
「あー、わかったわかった」

言い訳するように連なる言葉をスピナーは止める。そして、未だに名前の首に巻きついた白い包帯に視線をやった。なるほど。あの首についた火傷はそういう経緯の元で出来上がったわけかと納得した。

「だから、荼毘先輩に仲間と認めて貰えるように頑張ろうって思って…荼毘先輩にいつも守られてばかりだったから、そんな必要がなくなるくらい強くなれば、仲直りしてくれるかなって」

名前は自身の首に触れながら、ぽつぽつと言葉を零した。その目は確かにここにはいない蒼炎の彼を見つめていた。寂しそうに、恋しそうに、その目を細める。
ああ、やはり野暮であったではないか。彼女は変わらず恋をしている。身も心も燃やそうとした彼を、ただ一途に、ひたすらに。

「お前、趣味悪いな」
「なぬ!?」
「そうだろ。殺されかけたんだぞ。マゾだな」
「ち、違うし!!」

ポコポコと名前はスピナーを叩いてくる。鼻をつまんでやれば、ぴーぴー喚き始めた。これだけ無防備なのだ。スピナーが認められないのだから、その彼より強い荼毘が彼女の強さを認めるには、一体どれだけ先の話になることやら。

「お前、そんな調子だと顔合わせるのも随分と先になるぞ。お前も荼毘ももうじーさん、ばーさんになってるかもな」
「え、そんなに?」
「そんなに。もう少し現実を見たらどうだよ」
「うぐぐぐ!!」
「だから、気にせず会えばいいだろ」
「で、でも!」

元々名前に強さなんて求めちゃいない。死柄木も、スピナーも、もちろん荼毘も。彼女の役割はそこじゃない。

「言っただろ。お前は幸運だ。願えばいいじゃねえか。荼毘との仲直りも、あいつともう一度会って話すことも。お前が望めば叶うことだ」

名前がきゅっと息を飲んだのがわかった。その目が大きく揺らめいている。迷っている。
それを見て、スピナーは理解した。そうか、彼女は我慢してたのか。荼毘に会うことを。会ってはならぬと己の心を律していた。

「会っても、いいのかな…私、まだ弱っちいけど」
「そんなの俺たちは承知の上だ。それはあの男も同じだろ」
「また燃やされたらどうしよう」
「嫌いになればいいさ。それか離れるか?」
「やだよ!!」
「なら、それが答えだろ」

ぽい、と。スピナーは名前に刀を投げ渡した。それを名前は慌てて受け取る。その小さな刀はスピナーが所持していたもので、2人で手合わせする時に名前が彼からよく借りていた代物であった。名前はそれを確認し、不思議そうな顔をしてこちらを伺ってくる。

「それ、やる」
「えっ、でもこれ師匠のじゃ…」
「まだあるからいい。守られないくらいに強く、だろ。いつ襲われるか分からないから、肌身離さず持っとけよ」
「あ、ありがとう」
「ああ、ビビんな」

名前はぎゅうっとそれを握った。
少しは、強くなれただろうか。荼毘に認めて貰えないとは理解出来ているが、少しでも彼らに迷惑かけないくらいには。少しでも力になれるくらいには。
そう言い訳してるだけで、本当はただ怖かっただけかもしれない。また首を燃やされた時みたいに、拒絶されたらって思うと恐ろしかった。だから、拒絶されないくらいに強くなろうって思ったんだ。本当はそんなことしたって意味なんて無いことには、気づいていた。
名前は本当は荼毘に会いたい。会って、伝えたいと思っていたことがたくさんある。強くなくても、非情になれなくても、彼は話を聞いてくれるだろうか。名前と会ってくれるだろうか。

「うん…私、荼毘先輩に会いたい。……会えるかな?」

名前の問いにスピナーは面倒くさそうに頭を掻いた。

「さあ。お前の運次第だろ」